14 駆け引き
「……なに、言ってる? 俺、妓女違う!」
何かの間違いだと思って叫んでも、お養母さんの態度は変わらなかった。
「もう迎えがきてる。荷物を持ってさっさとお行き」
それだけ言うと、お養母さんは私に背中を向けて行ってしまった。
その肩が、意外なほど小さく見えた。いつもはあれほど背筋をぴんと伸ばしているのが嘘のようだ。
それと入れ替わりに、妓楼の中に屈強な男達が入ってくる。
彼らは私を逃がしはしないと言うように、ガッチリと取り押さえた。
その動きは訓練された軍隊のように規則正しく、逃げ出す隙など微塵もなかった。
「はなして! 違う! 俺違う!!」
もう何もわからなくて、必死に叫んだ。
やっと一年が経って、ここの暮らしにも慣れたというのに。
お養母さんや姐さん達とも、少しは仲良くなれたと思っていたのに。
(全部、私の独りよがりだったの? お養母さんは私を誰かに売り渡したの?)
意味が分からなかった。
どこへ連れて行かれるのか、そこでなにをさせられるのか。
何もわからないまま、私は馬車に押し込まれた。貴族様が乗るような立派な馬車だ。
身支度をする暇すらない。
からからと、車輪の回り出す音がした。
少しずつ、住み慣れた花酔楼の建物が遠ざかっていく。
「安心しろ、命の危険はない」
そばにいた顰めつらしい顔の男が、耳元で囁いた。
しかしそう言われたところで、ちっとも安心などできはしない。
大切なコスメボックスだって、寝床の下に隠したままだ。ドクダミローションだってなんだって、まだ仕込んだままなのに。
その時、遠くで聞き覚えのある声が聞えた。
「小鈴ーーー!!」
振り返ると、花酔楼の前で叫んでいるのは余暉だった。
長い髪を振り乱し、彼は馬車を追ってくる。
しかし馬車と一緒に歩いていた男達が、すぐに彼に駆け寄り取り押さえてしまった。
男達にもみくしゃにされている余暉が、少しずつ遠ざかっていく。
「やめて!! 余暉……俺大丈夫! だから無茶しないで!!」
男達に取り押さえられてもなお抵抗をやめない余暉が、私には申し訳なくて堪らなかった。
彼は何度も、私の名前を呼んだ。
「小鈴ーーー!!」
それは、彼のつけてくれたあだ名だった。
(私になんて関わらなければ、余暉はこんな目に遭わなくて済んだのに……っ)
驚くばかりで感慨など浮かびもしなかったのに、じわじわと目頭が熱くなってくる。
「やめさせて! 大人しく、する! 俺なんでもするから!」
先ほど囁いてきた男に縋りつき、頼み込む。
私と一緒に馬車に乗ったということは、この男は他の男達よりも身分が高いのだろう。
必死で懇願すると、男は溜息をつきそばを歩いていた男を呼び寄せた。そして何事か耳打ちすると、男は余暉のいる方向へ走って行った。
それを確かめてから、私はもう一度男に向き直る。
「約束、して。花酔楼にも髪結い師にも、手、出さない。じゃなきゃ俺、ここで死ぬ!」
そう言って口を大きく開き、舌を突きだした。
私の意図を悟ったのか、男は一瞬驚いた様に目を見開き、そしてすぐに眉間の皺を濃くした。
「……わかっている。そんなことをしていると舌を噛むぞ」
「本当か?」
「希望を聞いている内に大人しくしろ。まだ言うようならあいつらがどうなっても知らんぞ」
そう凄まれれば、もう黙るより他なかった。
そうして馬車は私を乗せて、もう塀の外にまで出てしまった。




