12 雑草を集めます
その時、私は庭に出ていた。
傍らには竹を編んだ箕。その中には、取り立ての雑草が種類別に置かれている。
「ちょっと小鈴! 草取りなんていいから、中入ってな!」
突如お養母さんに怒鳴られ、驚く。
お遣いがなくなったと思ったら、今度は草むしりもだめだなんて。
とてもじゃないが信じられなかった。
だってほんの少し前までは、食事の用意から洗濯まで、なんでもござれな生活をしていたのだ。
「草取り、違う。材料さがし」
「は? 『材料さがし』だって?」
怪訝そうな顔のお養母さんに、私は今抜いたばかりの雑草を誇らしげに掲げた。
***
当たり前のことだが、学生の頃の私にはお金がなかった。
だってお小遣いの全ては姉に捧げていたし、バイト代は姉の美容品に姿を変えていたからだ。
しかし学生がバイトをしたところで、稼げるお金はたかが知れている。
それに反して、市販の化粧品は恐ろしく高かった。化粧水は安くても一本千円。上を見れば限りがない。しかも化粧水だけではなく、洗顔料や乳液、クリームに美容液。果てには日焼け止めからリップクリームに至るまで。それらを本気で使おうと思ったら、各種を揃えなければならない。一つ千円の物をだ。しかも消耗品であるからして、物によってはひと月を待たずして無くなってしまう。
なので学生の内は、プチプラのブランドの中から気に入った物を選んで買うのが普通だ。少なくとも、友人の杉田はそうしていた。しかし姉は、それでは満足しなかった。
彼女は己の容姿に、一片の隙も許さなかった。例えばニキビなんて出来ようものなら、躍起になって排除したがった。シミやソバカスなんてもっての外だ。彼女はささくれにすら憎しみを抱いていた。
というわけで何が言いたいかというと、姉の美容を保つにはバイト代を全てつぎ込んでも全然足りなかったという話だ。
だって私が賄っていたのは基礎化粧品だけではない。他にもファンデーションやらマスカラやら、普通の化粧品だって買わなくてはいけなかったのだから。
他にも最新の雑誌を見て流行を勉強したり、新たな化粧法を取り入れてみたり。
今思えば、自分のためでもないのによくもまああんなに熱心になれたよなと思う。この世界では下働きに過ぎない私だが、それでも姉がいないぶん随分と気が楽だ。妓女達は蘭花と違って、マッサージすれば感謝してくれるのだから。
それはさて置き、私はお金がないのをさまざまなアイディアでカバーしていた。例えば毎月大量に出る雑誌は図書館で読んでいたし、他にも何か安く済ませられるものはないかと図書館の美容系の棚を読み漁った。
周りの人間には、奇妙な目で見られていたに違いない。受験勉強に励む学生に交じって一人、地味な外見なのに美容雑誌ばかり読んでいたのだから。
まあそれはいい思い出として、そんな私の辿り着いた最高にお金のかからない美容法。
それは『野草化粧品』だった。
野草、つまりは雑草である。
しかし驚くなかれ、雑草はしぶといだけあって、お肌や健康にとって驚くほどの有効成分が含まれている。
例えば春先に咲くハルジオン。貧乏草と呼ばれるあれである。それを水洗いして、花部と少しの根っこを焼酎に漬ける。そうするとあら不思議。三か月後には美白に効く化粧水が出来上がる。
焼酎は料理用のホワイトリカーを拝借していたので、実質的な費用は無料だ。それなのに、ちょっとびっくりするぐらい効果のある化粧水が出来上がる。これをやらない手はない。
もちろん人によって合う合わないはあるが、うちの姉に関して言えばアレルギーもなくめちゃくちゃ効いた。
他にも、ドクダミやヨモギ、クマザサなど。特別な物は何もいらない。ただ取ってきて洗って漬けるだけで、無添加化粧水の出来上がりだ。
野草は化粧水の他にも、お茶や入浴剤、果てには父の養毛にまで威力を発揮した。
私はお金がかからなくてほくほくだし、姉は肌の調子が良くなってほくほく。さらに父まで抜け毛が減ってほくほくしていた。一石三鳥どころか四鳥も五鳥もある最高の美容法だ。
ということで下働きが減って時間に余裕のできた私は、美容を気にする妓女達のためにその野草化粧水を作るつもりだった。ついでに雑草茶も。この夢の中でお茶は高級品なので、気軽に飲めるものではないのだ。
しかしそれを養母に説明しようにも、少ない語彙の中からどう説明すればいいのか。
とりあえず私は材料採取を途中で諦め、楼の中に入った。
ドクダミとヨモギのブレンドティーでも飲めば、お養母さんも少しは落ち着くだろう。




