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11 密談


 夜の帳も降りて、花酔楼で最も広い客間には燭台の炎がゆらゆらと揺れていた。


「それで、いい加減教えてはもらえないか?」


「そうはお言いになってもねぇ。アタシにはなんのことやら」


 女の妖艶な笑みを、その男はものともしない。


「皇太后陛下は、若返りの秘術を持つ者に金百貫を与えるとまでおっしゃっているのだ」


「そんなこと言われても、花酔楼にそんな者はいませんって。なにかの間違いじゃございませんの?」


 そう言いつつも、芙蓉は男に酒を勧めた。

 透き通ったそれは、皇帝が飲むのと同じ最高級の酒だ。

 すると男はそれを飲みもせず、くすりと小さく笑った。


「それにしては、ここ最近の花酔楼の女達の評判は、たいしたものじゃないか。その頬からは皺が消え、一回りも二回りも小さくなったとか?」


「ハン。二回りも小さくなったら消えてなくなっちまいますよ。楽しい酒も飲めないなんて、野暮なお方」


 そう言って、芙蓉の方が先に己の酒を飲み干す。

 ほうっと息を吐いた彼女は、まるで仙女もかくやというほどに美しい。


「私はお前のためを思って言っている。花酔楼の話が陛下の耳に入れば、その者は無理やりにでも後宮に連行されるだろう。お前達も隠し立てしたと罰を受けるかもしれない」


「仲間を売り渡して金を受け取れって? 黒曜様は下町の噂を知っておいでかしら。宮殿の北門から出る荷馬車には、聖母神皇の玩具の成れの果てが山積みだってね!」


「な、口を慎め! 誰がどこで聞いているか……」


「はん! 死ぬのが恐くて官吏相手に商売なんてできるかってんだ。気が削がれた。今日はもうお引き取り下さいな!」


 芙蓉はそう言い放つとさっさと見習いの少女を呼び、お大尽のお帰りだと嫌味たらしく告げてしまった。

 黒曜は溜息をつき、帰り支度を始める。

 彼は名家である黒家に連なる貴公子で、若くして科挙にも合格した英才である。

 少なくとも芙蓉はそう聞いていたし、実際金払いもよかった。

 しかし芙蓉は、この若くして将来有望の官吏があまり好きではなかった。

 彼は花酔楼の妓女達の美貌が増したと巷で評判になり始めた頃に、どこで聞いたのか突然やってきて、美の秘密を渡せと言い始めた。その美の秘訣を持つ者を宮廷に召し抱え、皇太后に捧げようと言うのだ。

 確かに小鈴のもたらす斬新な美容法は、皇太后を喜ばせるだろう。謝礼だって十分に支払われるに違いない。

 しかし養母や妓女達は、頑として彼に口を割らなかった。それはあの心地よいマッサージの担い手を惜しんだというよりも、小鈴を心配してのことだった。

 皇太后は確かに、気に入った者には気前よく褒美を取らせると評判だ。しかしその一方で、彼女のために後宮に入って、無事に戻った者はいないという。皇太后は飽き性で、飽きた玩具は物でも人でもすぐに壊して捨ててしまうのだ。

 先ほど芙蓉が言ったセリフは、それを痛烈に皮肉ったものだった。


「それにしてもあの男……」


 すでに黒曜が去った後、明かりを落として一人になった芙蓉は呟いた。


「小鈴を皇太后に献上しようと言うならてっきり取り入ろうとしてると思ったのに、それを皮肉って侮辱した私を咎めようとはしなかった―――……」


 一体何を考えているのか。

 そんな呟きは、誰にも聞かれることなく夜の闇にまぎれてしまった。



 


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