10 私の感覚では耐え難い
この夢の中の女の化粧は壮絶だ。
ここは私の夢の中の筈なのに、なぜこんな頓珍漢な化粧が流行しているのだろうか? それが不思議でならない。
妓女はそれぞれに化粧で個性を出そうと競い合っているが、私から見ればどれもピエロのメイクにしか見えない。
まずは額の生え際を黄色く塗る。なぜか黄色と思うが、分からない。芙蓉に聞いた所、額黄という化粧法だそうだ。仏教の影響だそうだが、それでなぜ生え際が黄色くなるのだろう? 初めて見た時は、本気で黄疸かと思って心配した。
そして白粉も、これまたたっぷりと塗る。しかも鉛白だというのだから、今までに鉛中毒を起こしたのは一人や二人ではないはずだ。花酔楼は私の説得でなんとかもち米原料のものかオシロイバナの種から採れる白粉が主流になってきているが、やはり鉛白の方が鮮やかで伸びがいいのにと、不満を漏らす妓女も多い。
そして白粉の上には、更に紅を塗り込める。
唇にではない。頬に額に全体に塗りたくる。血色を良くするチークということなのだろうか? おかげで妓女が汗をかくと、薄紅の汗なんて言うくらいだ。これが服につくと洗濯も大変なので、私はこの化粧法が一番なくなって欲しいと思っている。
次に眉毛。これにも多種多様な種類があって、柔らかくて薄いのから、尖って濃いのまで様々だ。中には眉間で眉を繋げる連山眉なんてのもあって、これをしている妓女に遭うとついつい吹き出しそうになってしまう。しかも眉毛は緑で描く。紅粧翠眉といって、緑の眉毛に赤い化粧が美人の条件だそうな。
最後に紅を引いて、それから口の両端に黒い小さな丸を書く。位置的につけぼくろの効果を狙ったものだろうが、なんで両側なんだ! といつも激しい違和感を覚えてしまう。
(美人ってより、びっくり人間大集合って感じだけど)
そう思いつつ、私は化粧を施す芙蓉を手伝った。
マッサージが気に入られたのか、私は芙蓉に呼び出されることが多い。
芙蓉が胸元まで白粉を付けるのを手伝い、あとは彼女が自らに施す化粧を手伝ったり観察したりだ。
花酔楼トップの彼女が使うだけあって、その化粧用具や化粧品は全て質のいいものだった。化粧筆とお揃いの漆に螺鈿細工の化粧台や、曇りなく磨き抜かれた小さくはない鏡。化粧品の引き出しに収められた釵や歩揺は、それ一つで家一軒が建ちそうなほど緻密で豪奢なしろものだった。
「アンタが女だったら、これの価値も分かるだろうけどねぇ」
昼間の光の中で、芙蓉がしどけなく言う。
一応生物学上女なので、私はそれらの品をちゃんと美しいと思っていた。
しかし彼女に女だと悟られるわけにはいかないので、賢く黙りこんでいたが。
「姐さん、化粧濃い……なんで? しなくても綺麗」
怒らせないように、ちゃんとフォローの一文を最後に付け加える。
妓女は大概気性が激しいので、接する時は注意しなければならない。
「ははッ! アンタもわかってきたじゃないか」
芙蓉は豪快に笑って言った。
「あんたね、夜の闇の中で女の顔なんて化粧でもしなきゃ見えたもんじゃないっだろ? だから夜の女達は化粧の濃さを競うのさ。どうせ寝台にはいっちまえば、客は女の顔なんて見てないしね」
(いっそ潔いというかなんというか……こういうところも、芙蓉の魅力なんだろうけど)
思わず笑ってしまうと、芙蓉は少し意地の悪い顔になった。
「あんた、そうしてれば少しは女にモテるかもしれないよ? まあずっと先の話だろうが」
そう言って、芙蓉は楽しそうにお茶を飲む。
(モテなくて結構ですよ! 誰かに目を付けられると面倒だもの)
心の中で、そう言い返した。その“誰か”というのは、芙蓉の客なわけなのだが。
「そういえば、今日も……来る? あの……若い男」
名前も知らないと思いつつ尋ねれば、急に芙蓉が難しい顔になった。
「なんだい。まさかアンタ孌童かい?」
「違う!」
私は立ち上がって思いっきり否定した。
孌童というのは美少年って意味もあるけど、要は男色の場合の受ける側のことだ。
こんなことがお養母さんの耳に入ったら、私まで客を取らされかねない。
「馬鹿だね冗談だよ。アンタのご面相じゃ客なんてつかないから安心しな」
安心していいのか傷ついていいのか分からない。そんなことを考えつつ、溜息をついて座り込んだ。
なんとなく芙蓉に話を逸らされた気もしたが、無理に聞き出すことでもないと、私は男に対する詮索を早々に切り上げたのだった。




