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01 蘭花と鈴音

R15は保険です

 私の今までの人生は、姉のためにあったと言っても過言ではない。


 一歳年上の姉、蘭花。

 彼女は名前のごとく華やかな容姿で、幼い頃から周囲の人間を漏れなく魅了する子供だった。


「なんて可愛らしい赤ちゃんかしら!」


 産婦人科ではあまりにも愛らしいと評判になり、


「とってもかわいいお嬢ちゃんねぇ」


 と保育園でも評判だったという。

 小学校でも中学校でも高校でも、それは続いた。

 それに対して鈴音という名前を付けられた私は、悪くはないにせよ地味な容姿で、いつも姉の影に隠れておどおどしているような子供だった。


 と言ってもここまでなら、よくある女姉妹の一コマに過ぎない。

 大人になってから、そんなこともあったねとアルバムを見ながらコタツでまったりすれば、それでおしまいになるような些細なことだ。

 しかし、私達に限ってそうはならなかった。

 私の不幸は、姉である蘭花が私に対してだけ発揮する、超強力な内弁慶だ。

 いや、内弁慶なんて可愛いものではない。私は彼女の奴隷として今までずっと生きてきた。

 夜中にコンビニにお使いを頼まれるなんて、可愛いもの。

 お小遣いは全て供出させられ、小学校入学以来ずっと一学年上の宿題を押し付けられ続け。裁縫の宿題の巾着袋も、夏休みの自由研究も絵日記も、姉が学校に提出したのは全て私の手によるものだ。

 人の二倍も宿題をしていたので、友達と遊ぶ時間もなかったし、一問でも間違えようものなら後からひどい叱責がくるので、私は必死になって勉強した。

 勉強したのは、何も学業だけではない。

 それは姉がお洒落をするためのカラーコーディネートから、美容法、果てには化粧法にまで及んだ。

 姉は着飾って人に褒められるのは大層好きな癖に、その美のためにする努力というのは大嫌いだった。

 だからそのための努力を、全て妹である私に押し付けたのだ。


「私が可愛くなるのはね、なにも私のためじゃないの。周りの人を喜ばせるためなの。その手伝いができてあんたも嬉しいでしょ!」


 彼女の言い分は完全なる理不尽だったが、私はその理不尽を諾々と受け入れるしかなかった。

 それも適当にやればそれでいいというものではなく、姉はセンスだけは良かったので少しでも希望に合わないものなら容赦のないやり直しをくらった。

 服装が女の子らしくガーリーならば、メイクもヘアスタイルもそれに合った明るく可愛らしいものに。

 服装が大人らしくモノトーンならば、それに付随するすべてがそれに似合うものでなければ許されなかった。

 服はいい。美貌を持つ姉に激甘な両親や、あるいは媚びへつらう男達からの貢物があったから。

 しかし、メイク道具はそうはいかなかった。

 アイライナー、アイシャドウ、アイブロウ、マスカラ、ビューラー、チークにヘアアイロン。ネイルやリップ、基礎化粧品に至るまで。

 それらは全て、私のお小遣い及びバイト代から買い揃えなければならなかった。

 物心ついた時からずっとそんな生活を続けてきた私は、口応えもせずそんな姉に従っていた。



 私の運命が変わったのは多分、高校三年生の時の文化祭だ。

 私はあの時の事を、きっと一生忘れないと思う。

 クラスの出し物として、私達はロミオとジュリエットのパロディ劇をやることになった。

 とは言っても、私は常日頃からバイトやらなにやらで忙しかったので、なにか役を貰うようなことはしなかった。自分は裏方でいいと希望を出し、その希望は無事受理された。クラスでさして親しい人もいない地味な私を引き留めて、無理矢理舞台の上にのせるような人間は誰もいなかった。

 そんな舞台の用意も差し迫ってきた、ある日。

 私は裏方として、大道具づくりを手伝っていた。

 大道具づくりは基本的に男子を中心とした構成になっていたのだが、できるだけ手伝う日数が少ない物をと選んだら、いつの間にかそこに配属になっていたのだ。

 そこで私は、男子が釘でべニア板を固定する間、ずっと押さえているだけというとても地味な役目を仰せつかっていた。

 そして無心でのそ役目に取り組んでいた時、衣装合わせをしていたジュリエット役の女の子が、突然叫んだのだ。


「なにこのメイク! ちょっと濃すぎじゃない!?」


 彼女は、高校生のやる劇で主要人物をやるという事実からも分かる通り、とても自己顕著欲が強いタイプだった。つまりは私の姉と同じタイプだ。

 自然、教室中の視線が彼女に集まっていた。

 彼女にメイクを施したらしい女生徒は、今にも泣きだしそうな顔をしている。

 私はなんとなく、こんな人はどこの世界にもいるんだなと思った。今までは姉が世界の中心だと思っていたので、そんな当たり前な事にも気づかずにいたのだが。

 呆気にとられた男子生徒が釘を打つ手を止めたので、私はべニア板から手を外し、彼女達に近づいた。

 普段だったらそんな目立つようなことは絶対にしないのだが、泣きそうになっている少女が自分と重なって見えて、少しでも力になりたいと思った。


「少し濃いかもしれないけど、杉田さんは彫が濃いから、濃くても十分映えるよ」


 普段はろくに喋らない私がそんなことを言ったので、周囲の人間は呆気にとられた顔になった。そして私は驚いて目を丸くしている少女からアイシャドウのパレットを受け取り、濃いメイクが様になるよう、色を足したり引いたりして舞台映えしそうな顔を作り上げた。

 とはいっても、私だって女優さんにメイクをしたことがある訳ではないから、それは見よう見まねに過ぎなかったのだけれど。

 しかし、そんな素人の化粧をジュリエット役の杉田さんは大層喜んでくれ、泣きそうになっていたメイク役の子もほっと安心したように笑顔になった。

 ロミジュリのパロディ劇は大成功―――とまではいかなかったが、担任の先生は褒めてくれたし、全員笑顔で後夜祭を迎えることができた。

 それから卒業までの身近い間、私はなぜか杉田さんととても仲良くなり、そして私は高校を卒業してメイクの専門学校に通うことを決めた。



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