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しみがくる

俺はこの春大学に入学したのだが、実家から通うにはそこそこ遠い距離。

大学から徒歩4分、スーパーも近く、そんな環境の調った綺麗な外装のアパートを借りている。

隣の部屋には同期の友人が住んでいるため何かと心強かった。


住み始めて一週間も経ち、一人暮らしにも慣れ始めた頃。

俺の部屋に奇妙な事が起こり始めた。


カタカタ・・・


どこからか微かな音が聞こえてくる。

小さな箱の中にさらに小さな小物を入れ、振っているような音だ。

それは数秒鳴った後、次第に消えていくように鳴りやんだ。

その音は決まった時間に鳴るわけでもなく、2、3日に一度くらいの周期で唐突に現れる。

俺は、それが鳴り出す度に音の出所を探していたが、なかなか掴めないでいた。


でもある日、ついに出所を見つけた。

どうやら、部屋の出入り口から見て左側の壁から聞こえているようだ…

隣は友人の部屋だが、人が住んでいる空間から鳴る音にしては妙に規則正しい。

世の中の怪現象の類は、たいてい化学で解明できると聞くし、この音も原因はわからないが、何かの作用で壁が発している音なのだろう。

その時は、ただの屋鳴りのようなもの、という事にしておいた。

でも、音はほんの少しずつだが、次第に大きくはっきりと、そして鳴る間隔も狭くなってきた。


明朝、今日も俺はカタカタという物音で起こされた。


またか・・・うんざりだ・・・


怒りに任せ、うるさいとばかりに壁を一発殴ってやった。その途端に音はピタリと止み、部屋はしんと静まり返る。

そんなことをしても、ここ数日で溜まりに溜まった俺のイライラは収まる筈もなく、隣の部屋の扉を叩いた。

何度目かのノックで、眠そうな顔をした友人がのそりと顔を出してきた。

「・・・何だよ、うるさいな。」

「うるさいのはお前だ。毎朝毎朝なんなんだ。」


ことのあらましを聞いた友人は、全く見に覚えが無い、と怪訝な顔をした。

というよりも、完全に迷惑そうな顔をしているが、それでも食い下がる俺に友人はとうとう折れたようだ。


「わかったよ・・・じゃあちょっと上がってけ。」


そう言うと、彼は俺を自室に招き入れた。彼は、出入り口から見て左側の壁を顎で指す。

そこには大きな本棚が並び、壁などほとんど見えない状態になっている。

イライラが先に立って忘れていたが、この部屋のことは、前に一度遊びに来たことがあるから知っていた。

確かに、これでは壁叩く事なんてできない。

本棚に入ってるのは本だけだ、という友人の言い分通り、そこには漫画や小説、たくさんの本が並べてあるだけである。

よくよく考えみれば、この本棚周辺から音が鳴っていたとすれば、どう考えても友人の方が先に気付くだろう。

その上、壁はコンクリート製だ。


ふと、俺は室内に違和感を感じた。

「なぁ、この部屋、ちょっと狭くないか?」

「狭い?何でだよ。」

「天井、見てみろよ。」


天井には円形のLED照明。そこまではごく普通の内装である。

でも、よく見てみないとわからないけど、中心にあるはずの蛍光灯が、若干本棚側にズレてるんだ。

本棚の奥行き面積を考えても、微妙に不自然な位置にある。


「自分の部屋なのに全然気付かなかった・・・・・・・これって・・・」


俺たちの脳裏に、よくある怪談話が過った。壁を壊してみたらお札だらけの空間があったとか、死体が出て来たとか・・・


時間を待ってアパートの管理人を呼ぶが、管理人も首を傾げるばかりだ。

「言われてみれば・・・そうですねぇ・・・。すみません。このアパートの管理、父から受け継いだもので・・・。」

そして、管理人は間を置いて言った。


「壁、壊してみます?」


 


友人の部屋の本棚は、別の場所に移動された。

一方俺の部屋でも、問題の壁側に置いているカラーボックスは一旦その場から撤去した。

ついに、壁を壊す準備が調った。


その日の夕方。業者が来て、コンクリートの壁を壊していく。

縦2メートル横3メートルほどの穴が空き、俺と友人の部屋が繋がった。

不自然に厚い壁が、二つの部屋を区切っている。


でも、ただそれだけだった。


不自然な空間があるわけでも何かが埋まっているわけでもない。

管理人は、設計ミスですかね、とあっけらかんと笑っている。

想像していたような展開は杞憂だったようで、音の原因らしいものは何もなかった・・・



壁の修理は明日の午前中という事になった。

それまで壁の穴はどうするか、となったが、それを覆うほどの大きさの布も無いし、何より面倒臭い。

たった一晩だ。もうそのままにしようという方向でまとまった。


その日の夕方、俺は携帯電話が見当たらない事に気付く。

記憶を捻り出し、どこに置き忘れたのかと考えた。


・・・思い出した。


友人の部屋だ。でも、友人は今出かけている。

俺は、穴を通して電気の消えた薄ら暗い友人の部屋を見た。

ここからは見えないが、ちゃぶ台かそこらにあるのだろう。

穴をくぐり隣の部屋へ向かおうとした時、足が止まった。


やっぱり、よそう・・・


結局原因すらわからなかったあの音の出所を通るのは、どうにも気が引ける。

友人の帰りを待って、扉から迂回して携帯電話を取りに行く事にしよう・・・。


「何だよ、勝手に取りに来ればよかったのに。」


帰って来た友人にそう馬鹿にされたが、怖いものは怖いんだ。

俺は携帯電話を掴むと、礼を言って友人の部屋を出た。

友人も、後に続いて出て来る。

サークルの打ち上げがあるということで、今夜は帰って来ないそうだ。



夜、俺はいつもより早く布団に潜り込んだ。穴の開いた壁を横に、起きていたくなかったんだ。

電気を消した時、まめ電球の淡い光の中、壁の穴が大きな口のように浮かび上がっていた。

俺は疲れていてすぐに熟睡してしまい、あの物音に、全く気付かなかった・・・


 

カタカタ・・・カタカタ・・・


 


翌日の朝。

郵便受けから取り出した新聞を手に、僕は部屋に帰って来た。

今日の10時、昨日の業者が来て壁の穴を塞いでくれる予定だ。

朝の光を浴びると不思議と不安が取り払われる。

壁を壊してからあの音が鳴ることも、その音に起こされることもなかった。それだけで少し安心していた。

・・・安心してしまっていた。


・・・カタ・・・・・・


聞き覚えのあるあの音が、小さく耳に入って来た。


カタ・・・カタ・・・・・・・


その音は、次第に大きくなっていく。


何でだ!?もう鳴らないと思っていたのに・・・


 

カタカタ・・・カタカタカタカタカタ


 


・・・ガタンッ


 


今までに無い大きな音の直後、部屋はしんと静まり返った。


俺は、身が凍り付いた。

穴の開いた場所・・・そこに、平たい人間が立っている。

いや、浮いている、と言った方が正しい。

そいつは、人間の形をしたシミだった。

あたかもそこに壁があるように、そして何も無い空間に滲むように存在していた。

その形はまさに、人間がもがき苦しんでいるような様だった。


叫び声を上げるより早く、俺は部屋を飛び出した。

額から、冷たい汗が噴き出している。

あれが音の正体なのか、そうではないか、など、考えている余裕はなかった。


なぜなら・・・

走っている俺を追うように、家々の塀を滑って、あのシミが追って来ている。

あの、もがき苦しんでいるポーズのまま、塀の表面を影のように滑りながら移動している。

壁のない場所に出ても地面に移り、俺を追って来る。

俺は、必死で逃げた。


いつの間にか、近所の大通りに出ていた。珍しく、通りには人っ子一人いない。

シミはまだ追ってくる。

それは立ち並ぶビルの角を曲がり、路地へ消えていっても、またすぐに隣のビルに現れ、壁を滑り俺に迫ってくる。

絶対に逃がさないつもりらしい。


丁字路に差し掛かった時、ちらりと後ろを見てみた。シミは、もうすぐ後ろだ。


追いつかれる・・・!


そう思った時、耳をつんざくような車のクラクションが通りに鳴り響き、丁字路の向こうから、大きなトラックが俺に向かってまっすぐに突っ込んできた。


 



「おい君!大丈夫か!?」


その声に、俺ははっとした。

俺は、小さな瓦礫の転がる道に倒れ込んでいた。

運転手の謝罪の言葉をぼんやりと聞きながら、やじ馬の中、俺は目の前でトラックが壁に突っ込んで止まっているのを見つめていた。


と、放心状態だった俺はすぐに我に返る。命拾いをした安心感よりも先に立つものがあった。


"あれ"はどうなった!?


トラックが突っ込んだ古いビルの壁や、閉じたシャッターをよく見れば、たくさんのシミがついている。

俺を追って来たあの人の形をしたシミは、どこにもなかった。


そのかわりに


トラックの前方のタイヤの下・・・赤黒い血溜まりが広がっていた。


 


俺の部屋に開いた穴は、綺麗に塞がれ、もとに戻った。

でも、あんなことがあったあの部屋にはいられない。

俺と隣の友人は、あのアパートから、それぞれ別の場所に引っ越す事にした。


俺が恐る恐る引越しの準備を進めている最中、あの音は、もう鳴る事はなかった。

音と共に現れた"あれ"は、トラックに押し潰され、死んでしまったのだろうか・・・


 

引っ越しの準備の最中、俺は壁を見てふと思った。

あの時、友人の帰りを待たず、穴を通って自分で携帯電話を取りにいっていたら・・・


俺は、どうなっていたのだろう。






おわり



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