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のっぺら男

T市とM市の境にある峠、跡月トンネル。

T市に住む俺は、そのトンネルを通って車で毎日M市へ出勤している。

何かと心霊系の噂のあるトンネルだが、根拠のないものだろう。その場所で不幸があった話はおろか、実際に"見た"人間がいるという話も聞かない。

ただ、M市側の入り口にポツンとある古い電話ボックスは、確かに少し不気味なものだったけど、特に気にも留めず毎日トンネルを行き来していた。



今日も、帰宅中に俺はトンネルを通って帰る。

しかし、トンネルに入る直前、僕はこの日がいつもと少し違っていることに気づいた。あの電話ボックスに人が入っているじゃないか。

珍しいな、と思いながら前を通り過ぎる時ちょっとだけぎょっとした。


電話ボックスの中にいる細身の男は、その短い髪の毛が電話ボックスの天井につくほどの身長だ。

目測でも2メートルは軽く越えているということは分かった。

窮屈そうに背を曲げ道路に背を向けて立っていて、顔は見えない。

日本にもあんな背の高い人がいるんだな・・・。

この時俺は、そんな風にしか思わなかった。



次の日の夕方も、その男は電話ボックスの中で道路に背を向けで立っている。

二日続けてなんて変だ、と思ったけど、たぶん偶然だろう。

翌日同僚にこの話をしたんだけど、そいつも「偶然だよ。でも、もしかしたら本物かもよ。」なんて冗談混じりに笑っていた。

で、その日の帰りもあのトンネルを通る。


やっぱり、いた。


背の高すぎる細身の男が、こっちに背を向けて電話ボックスの中にいる。

さすがに気味が悪くなってきた俺は、あまりそれを見ないようにトンネルの中に入った。

今日は、珍しく他の車が通っていなくてトンネルの中は静かだった。


と、トンネルの先に見える出口に何かが立っている。


それが何なのかに気づいた途端、俺は急ブレーキをかけ、Uターンして今来た道を大慌てで引き返した。心臓がばくばく鳴っている。

トンネルの出口で、道の真ん中に立っていたものは、あの電話ボックスだった。

当然のようにその中にはあの男がいて、外からの逆光を浴びて影の塊になっている。

そいつはいつもと違いこっちに顔を向けているようにも見えたが、深く考える余裕は今の俺にはない。


M市側のトンネルから出る時、そこに電話ボックスがあるかないかを確認する勇気もなかった。



その日から、その峠を迂回して走る高速道路を通って行き来するようになった。

俺は、あの話を同僚にした。

ここで話を聞いていた同僚二人を、NとKとする。


「何だそれ?面白そうだな。今日会社終わったら俺らで行ってみようぜ。たまたま誰かがいたずらでそこに電話ボックスを放置してたのかもしれないだろ?その背の高い男ってのも、気のせいだよ。」

Nはそう笑い飛ばし、聞いていたKも同じように笑っていた。

話してしまった手前引っ込みがつかなくなり、仕方なく俺はN、Kと共にトンネルへ向かった。


トンネルの入り口には、あの電話ボックスがいつものように、ぽつりと佇んでいた。

でも、中にはだれもいないようだ。今日に限って・・・と思うよりも、内心あの時の俺は安心感が先に立ってたように思える。

「汚い電話ボックスだなぁ・・・。」

そう言って辺りを見回したけど、ガードレールの向こうに雑草の生えた空き地と雑木林がある他、特に何もなかった。


Kは、「やっぱり、気のせいじゃないか?」と、静かに言った。

俺は、そんなKの態度が妙に印象に残ったんだ。

ここに来るまではノリノリたっだはずKが、電話ボックスに着いた途端妙に大人しくなっている。


Kは、帰ろう、と言いながら、さっさと車に戻ってしまった。




その日、家に帰り着いた時、携帯電話に着信があった。

パネルに表示されたのは、


『公衆電話』


ぎょっとして恐る恐る電話を取る。


「もしもし・・・」

『・・・・・・・・・・。』

「もしもし?どちらさん?」

『・・・・・・・・・・・・・・・・くれ・・・・・。』

『・・・・ら・・・・・・くれ・・・・・・。』

『かわっ・・・・・・・・・く・・・・・・。』


雑音でよく聞き取れないけど、途切れ途切れにノイズでくぐもった機械音声のような低い声が聞こえてきた。

「いたずらなら切りますよ・・・。」


『・・・・・・・・・・かわってくれ!!!!!!』



叫びとも唸りともつかない恐ろしい声に、俺は携帯電話を床に落とした。

ツー・・・ツー・・・という音が電話から漏れている。

背筋に嫌な汗が流れた。

そうだ、今のは、いたずら電話だ。そうに決まっている。

しかし、自分にそう言聞かせながらふと窓から外を見た時、心臓に冷水をぶっかけられたような感覚に襲われた。


マンションの三階から見える通りの角。

そこに、古びた電話ボックスがポツンと立っている。


「うそだろ・・・」


・・・あんなとことに電話ボックスなどないはずだ。

電話ボックスのガラスに夕日が反射して中の様子は見えなないけど、あの背の高い男があの中にいる気がしてならなかった。

慌ててカーテンを閉めた時、また電話のコール音が鳴った。


ぷるるるる・・・ぷるるるる・・・


一瞬、自分の携帯電話の着信音かと思ったけど、違う。

子どもの頃によく聞いていた、懐かしい、電話ボックスの受話器から聞こえて来るあの音・・・

それは、ベランダからハッキリと聞こえてきている。

心臓が立てる嫌な音を無視して、俺はゆっくりとベランダに近づいた。

カーテンを引いた時その場に尻餅をついてしまった。


ベランダにあったのは、あの電話ボックスだ。

中に、あの細身で背の高い短髪の男がいる。

そして、その男がゆっくりと振り向いた。



のっぺりとしていた。


のっぺりとした、鼻や口や目のない皮膚だけの顔が、俺を見下ろしていた。



気づけば、俺はNの家に転がり込んでいた。

Nの家は、ここから車で10分ほど行った所にある。

Nは、俺の尋常じゃない焦りっぷりを見て、事の重大さを理解してくれたようだ。

「まじかよ・・・なんだよそれ・・・」

「どうでもいいよ!あいつ・・・あいつ、ずっと俺に付きまとうつもりだ・・・」

そう言った時、また、


ぷるるる・・・ぷるるる・・・『公衆電話』


電源を切っても、


ぷるるる・・・ぷるるる・・・『公衆電話』



これ以上放っておくのは、本気でまずいとNも思い出したようで、彼の知り合いの寺に相談するため、その足で坊さんのもとへ向かった。

「さぁ・・・それがいったい何なのかは・・・私にはわかりませんね・・・。しかし、何かがいる事は確かなようです。どれ、試してみる価値はある。」

そう言うと、お坊さんは奥のタンスから桐箱に厳重にしまわれた灰色の数珠を二つ取り出してきた。

「これを持って、このままNの家に行きなさい。」

「え?」

俺とNは同時に声を上げた。

「俺ん家?」

「そうだ。家に着くまで、二人とも、何があっても後ろを振り返ってはいけません。この数珠を持って、絶対に後ろを振り向かず、家に入ってください。そして、家中の鍵を閉め、カーテンを閉め切って、明日の朝まで絶対にカーテンを開けないように。日が昇るまで、ですよ。明るくなるまで、開けてはいけ ません。」

坊さんは、そう言って何度も釘を刺した。



Nは、この寺のすぐ近くのアパートの1階に一人で住んでいる。

俺は、歩きながらNに言った。

「なんか・・・ごめんな。お前巻き込んだっぽい。」

「いいって。とりあえず、頑張ろう。」

Nは、あっけらかんと笑っていたけど、それが強がりなのは丸わかりだ。

その時、後ろからKの声がした。


「おーい、お前ら何やってんだ?」


「K・・・あ、駄目だ。」

危うく後ろを振り向きかけた。

Nも、固まったように前を向いたまま歩いている。

「K・・・だよな?」

「ああ、Kだな・・・。声はな・・・。アイツの家、ここから結構離れてんのに、何でこんなとこにいるんだろうな。ハハハ・・・」


すると、返事をしない二人にしびれを切らしたのか、Kがもう一度俺たちを呼んだ。

「おーい、お前ら何やってんだ?」


俺たちは、必死に無視をして歩いていく。

後ろから、抑揚のないKの声がついて来る。

それは次第に受話器の向こうからの機会音声のようなただの"音"に変わっていく。


「おーい、お前ら何やってんだ?」


「おーい、お前ら何やってんだ?」


「おーい、お前ら何やってんだ?」


「おーい、お前ら何やってんだ?」


「おーい、お前ら何やってんだ?」


「おーい、おーい、おーい、おーい」





俺たちは震えながらNの家に入った。

そして、乱暴に玄関を閉め鍵をかけた。

「やばいやばいやばい・・・。さっきのはマジでやばい!」

「わかってたけど、あれはKじゃないよ・・・」

カーテンを閉めてしばらく立った頃、俺の携帯電話に着信があった。


ぷるるるる、ぷるるるる・・・『公衆電話』


「うわ・・・来た。」

これは出るのをためらった・・・というか、恐怖で電話に出られない。

そのまま携帯電話を握りしめたまま、Nと二人で固まっていた。

その呼び出し音を最後に電話は鳴らなくなり、俺とNはカップ麺を食べると怖さを紛らわすためにテレビを見た。

当然、内容は殆ど頭に入って来ないんだけど。





ふと目が覚めると、外が明るくなっている。

テレビはついたままで、そのまま寝てしまっていたみたいだ。

Nは、ソファーでまだ寝息を立てている。

こんなに清々しい朝は無い、と思った。


俺は立ち上がってカーテンを開けようとした・・・その時。

腕に巻いていた、坊さんから借りた数珠の紐が切れ、派手な音を立ててバラバラと辺りに散らばった。


「おい!何やってんだよ!」


その音でNが飛び起き、ものすごい剣幕で俺に詰め寄った。

「カーテン開けんなって言われただろ!!」

「へ?」

俺は、わけがわからないまま閉められたカーテンの方を見た。


外は、暗かった・・・。


時計も深夜三時を指していた。

「たった今・・・明るかったのに・・・」

俺のその言葉で、Nは察してくれたようだ。

「ちゃんと時計を確認しろよ。」


その時だ。


ベランダに出る窓の向こうで、キィィィィ・・・ガシャン・・・

古い電話ボックスの錆びた扉を開け閉めする音がして、


どん!!!


もの凄い勢いで、何かが窓にぶつかった。

何かが窓を叩いている。


どん!どん!どん!


何度も何度も、止まない音が続く。



『・・・くれ・・・・・・・・・』



その時、窓の向こうでボソリと声がした。

その声は、どんどん大きくなっていく。


『出してくれ・・・』


『・・・・出してくれぇえええ!!!!ここから出してくれぇえええ!!!』


窓を叩く音と一緒に、変にくぐもったような男の低い声が、窓ガラスを通して部屋の中に響く。

俺とNは、足が床に張り付いたように動けなくなっていた。


『出してくれぇえ!そこと代わってくれ!!』


『代わってくれれれれれれれれれれれれれ・・・・・・・』






時計の針が朝の六時過ぎを指し、外が明るくなっている。

あの後から、どう過ごしたのかよく覚えていない。

それでも、あの恐ろしい声だけは脳みそに染み付いていた。

鳥の囀りを聞きながら、もう一度時計を確認してカーテンをそっと開けてみた。

「うわっ・・・・」


窓ガラスには、赤いような茶色いような、ドロドロした液体がいたるところに張り付いている。

そして、ベランダにはあの古びた電話ボックスが倒れていた。

その中をよく見ると、人間の白骨が散らばっていた。



不思議な事に、あまり警察沙汰にはならなかった。

どうやら、坊さんが何かしらの機転を働かせてくれたみたいだ。

そんな事ができる人脈がある事にも、少し驚いたけど・・・。




「あの骨はなぁ・・・」

坊さんはあれが何だったのか話してくれた。


「あの骨は、一人の人間の骨だった。・・・いや・・・人間に近い形をした骨・・・と言った方が正しいか・・・。骨からして、身長が二メートル五十を越えていたね。まぁ、それだけでは、ただとてつもなく背の高い人間だった、という事で済むが・・・アレは・・・あの頭蓋骨には、顎の骨、目、鼻の穴が無かった。のっぺりと、人間の輪郭を型取った頭蓋骨が、あの中にあった。君たちは背の高い顔の無い男を見た、と言ったな。まさに、そのままの姿だったよ・・・。」




後日Kに聞いた話だが、あのトンネルに一緒に言った時Kは恐ろしいものを見ていたらしい。

それを気づかれないよう、あいつはずっと平然を装っていたらしいんだ。

周辺には墓場のように無数の電話ボックスが立っていて、全ての電話ボックス中から、背の高い顔のない男一人ずつ、こっちを伺っていたそうだ。


恨めしそうに、べったりとガラスに張り付いて、こっちを”見ていた”という・・・





おわり

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