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フィアの一日――墓参り

作者: 三宝すずめ

「はぁ……」


 歩く魔道書と呼ばれる魔道士は、大きな溜め息を吐いていた。


「いい加減に身を固めたらどうだ?」


 眼前の大男の真摯な瞳に照らされて、若き天才は黙る。


 齢三十を越えた頃から、幾度となく聞かされてきた言葉だ。研究があるから余裕がない――そう言って逃げ続けてきたものの、権威ある魔導使いであるボルドー老に勧められては無碍にも出来ない。


「いや、いい加減に結婚した方がいいとは思っているんですよ……」


 唸る魔道士の瞳には、困惑の色が浮かんでいる。


 託児所と呼ばれようが、魔導の才に秀でたものを育てることこそが使命だと、彼は感じている。だが一方で、才ある魔道士を蹴落としてこの場に就いていることも自覚をしている。自分が座っている椅子は、多くのものが欲している地位であるとも理解をしている。


「結婚したからと言って、弟子の育成が出来なくなるわけでもないだろう?」


 うん? と、わからないと言った表情で、老魔道士は剃髪をなで上げた。


「いやー……私のはわがままってやつですね。わかっているのですが、何ともし難いと言いましょうか」


 丁寧な口調は崩さずに、だがハッキリと拒絶の意を唱えていた。そこを、図体に似合わず噂好きの老魔道士は追撃してみせる。


「魔導の追求は一般人にはわからないもんだ。だが、ほれ、同業なら問題なかろう? 西の魔女なんて、お前さんと張り合ってはいるが――」


「冗談でもやめてくださいよ?」


 言葉の途中であったが、歩く魔道書の有無を言わせぬ物言いに、ボルドー老は黙って一歩後退していた。下がりはしたが、言葉を退ける気はない。


 弄り甲斐のある――もとい、鍛え甲斐のある人物とは友好的でいたい。しかし、それと同時に息子程歳の離れた魔道士を前にしては、その子どもの姿を見てみたいとも思っていた。才能ある魔道士であるならば、尚のこと後継者を育てる義務があると思っている。


「フィア・ウォーレン……曰く、才能の塊。曰く、制御装置のない魔力回路。お前さんが気を揉むのもわかっているつもりだが、それとこれとは――」


「いえいえ、彼女は関係ないですよ。独り身でいるのは、さっきも言った通り、端に私のわがままなんです」


 失礼します――相手に二の句を告げさせない内に、天才魔道士は笑みを浮かべて魔導学院アカデミアを後にした。




※※※




「わーん、お師様ああああぁぁ!!」


 今日も工房には盛大な泣き声が響く。


「どうしましたか?」


 いつものこと、と既に慣れてしまった師匠は声の主へ視線だけを向けて答えていた。


「今日が何の日? ってみんなに聴いたけど、誰も答えて、ぐ、ぐれながった……」


 おおぅ、と慟哭しながら弟子は師のローブへ飛びついた。


 ますますローブがくたびれていくな――フィアが外から帰ってくる度に、飛びつかれた箇所は涙でくたくたにされていく。


『ですが、くたびれる箇所が広がるのは喜ぶべきことなのでしょうね』


 愛弟子の頭を撫でながら、老魔道士と対峙したときとは異なる溜め息を師匠は吐く。昔は太ももの位置であったが、今ではヘソよりも高い位置にフィアは飛び込んでいる。娘と呼んで差し支えない年齢の弟子の背丈が伸びていることを知り、師匠は喜びとも困惑とも判別できない表情を浮かべていた。


「今日が何の日か、私は忘れていませんよ……では、出かけましょう」


 フィアの頭から手を離し、師は工房の扉を開け放った。




※※※




 風が、吹いていた。


「……」


 ちょっと寒いなー、とも思っていたが、フィアはそれを口にせずに待った。


 敬愛すべきお師様は、今年も石の前で静かに目をとじている。


『お師様がはげませんように』


 誰のものともわからぬ墓前で、少女はただ祈った。真面目すぎる程真面目な人物が彼女の師匠だ。今更そのことに何を言うでもないが、自分に黙ってあれこれと考える姿を見ては色々と考えてしまう。


『お師様の悩みが減りますように』


 祈りを終え、横目で師を見ても彼は未だ瞳を閉じていた。その姿に口を挟むことは憚られ、フィアは間を埋めるように再度祈った。


 これが誰の墓かはわからないが、死んだ人間に祈っても仕方ない。それはわかっていたが、師匠が祈りたいなら、満足するまで祈ってもらいたいとも思っていた。



「帰りましょうか」


 しばらくして、歩く魔道書が目を開く。その表情はいつもの師匠であるが、それは彼らしい表情を整え終わったこととフィアは理解をしている。


「お師様……」


 その言葉の後には何も続けられない。


 だが、続ける必要もないことを幼い魔道士は知っていた。


「すみません、帰ってお祝いをしましょう」


 いつも以上にいつもの平然とした、優しい笑みをした師匠の顔を見て、フィアはこれ以上の言葉を続けられない。


「はいっ!」


 代わりとばかりに、少女は最愛の師へ満面の笑みを返していた。




※※※




「お腹、空いたでしょう?」


 すこーし、待っててくださいね、と師匠は厨房へと引っ込んでいく。いつもながら、よく出来た師だ。フィアは複雑な想いをしながらも、不平を口にはしない。


 普段わがままを言っている分、年に一度くらいは師匠のわがままをきける自分でありたいと思う。


「……そいでも、今日が何の日か、みんなには知っててもらいたかったなぁ」


 誰にでもなく、フィアは口を尖らせてボヤいた。年に一度くらいは、みんなからかまってもらってもバチはあたらないんじゃないかな? などと少女は思って――


「おーい、フィア!」


 ぼんやりと空想の旅に出ていたフィアの思考を、言葉が裂く。この声はローベンか、と思いながら魔導を学ぶ少女は玄関の扉へと歩み寄った。


「おめでとーーーー!」


 扉を開け放った瞬間、大きな声が届いたことに少女は目を丸くする。


 言葉と同時、抱えるには大きな袋を胸元に突き付けられていた。突きつけたのは、同門の魔道士ローベンだ。ニヤニヤと、普段ならば向けられもしない表情を前にしてフィアは言葉が出せない。


 驚きはまだ終わらない。大勢――とは言い難いが、数人がローベンの後に続いている。


「私からのプレゼントですことよ。感謝なさい、フィア・ウォーレン!」


 フリーズする少女の胸元に新たな包みが突きつけられる。声の主は、西の魔女の弟子、リイーンだ。そっぽを向きながらも、フィアへとプレゼントを粗雑に、だが取りこぼさないように押し付けていた。


「あ、あ――」


 昨年とは違う今の状況に、少女は口をパクパクと開け閉めする。


「ああ、みなさん来てくれましたか。フィア、早くご案内なさい」


 キッチンから顔を出した師匠は、エプロンと三角巾を身につけて弟子へと指示をつげる。


 同時に、鳥の焼けた香りがフィアの鼻腔をくすぐった。


「ところで、あなたは何歳になったんでしたっけ?」


 師匠は、未だ固まる弟子へ、とぼけたように言葉を紡いでいた。


「やだなぁ、十一歳ですよ、師匠ー」


 エルフの少年が、わかっているでしょ? と目配せをしながら、一緒に工房を訪れた人たちを誘導し始める。


「サプライズって、素敵だと思いますけど、フィアには向きませんね」


 祝いに来た人物たちがテーブルを囲う姿を見て、若き天才魔道士は微笑を浮かべていた。


「師匠……」


 感情のやり場に困った少女は、絶大の信頼を置く師へ視線を向ける。未だに腕には多くのプレゼントを抱えて――


「今日はあなたの誕生日ですよ。主役なんだから、笑いなさい」


 にこりと、弟子へ笑顔が向けられた。


「え、あ、困った! でも、笑う!!」


 テトテトと、小走りで主賓席を目指す少女は、言葉通り、にぎこちなくはあったが、笑みを浮かべていた。


 スープにサラダにチキンに白パン。テーブルに並べられているのは、彼女の好物ばかりだ。大勢というわけではないが、同門もライバルもみな彼女を祝いにやってきている。


 好物のケーキがあれば言うことはないと思うが、子煩悩な師は既に用意をしていることだろう。


 おめでとう! そんな言葉が口々に呟かれ、小さな魔道士の誕生会が始まった。


「あ、そう言えばお師様!」


「何です?」


 いつもながら、上品な笑みを浮かべて師匠が弟子の言葉を待つ。


 リィーンが頬張った食事を喉に詰まらせながら、水をかきこんでいる。みんなが心配する中で、会話の波が一時途切れた。フィアは、普段なかなか言葉に出来ない事柄を、誕生日の今日このときはよいか、と口にする。


「お師様の料理、おいしいです」


「あ、はい。ありがとうございます」


 きょとん、という音が似合うような表情を浮かべる。いつも言われている言葉が改めて告げられたことへの理解には若干のタイムラグを要する。


 弟子が言いたいことは、実はそのことではない。ジャブを放ちながら、普段言えないことを少女は続けた。


「でもお師様、料理上手すぎ。お師様に会ったことのない人は、みんなお師様を女性だと思ってますよ?」


「――え?」


 世話好きの独身男は思わず身を固くした。手には焼き終えたケーキを抱え、トッピングのためにキッチンを右往左往しようというところ――丁寧な仕事が好きな若き天才魔道士は、ついつい動きを止めていしまった。


 あまりにショックだったのか、キッチンミトンを手にしたまま固まっている。集まった子どもたちはわいわいと食事を楽しんでいるが、年長者のローベンだけはなぐさめるように師の背中をさすっていた。


 違和感はないものの、天才魔道士は料理、洗濯といった家事が得意だ。否、それ以上にそれらが好きだった。


『ボルドー老、やはり私の婚期はまだまだ先ですよ」


 アーヴァイン・テクストリアス――稀代の天才魔道士は誰にも聞こえないようにぶつぶつと呟いていた。


 救いがあるとすれば、最愛の弟子が満足そうにこの時を楽しんでいたことか。


 老魔導士のにやつきを幻視して、歩く魔道書は誰にも知られないように溜め息を吐いていた。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  圧倒的、某変身アニメを思い出しますが。僕はこのノリは好きですね。  この流れでいくと西の魔女は家事全般できなさそうなきがする。 [一言]  短編……?  連載でいいんじゃ。
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