夜襲
「………シュウダ!!」
「ハヤ……ニゲ……」
外の騒々しさに眠りから覚める。
夢見のせいか妙に視界に赤みがかかって――
窓の外を見やって、一瞬で目が覚めた。
方々で上がる火の手、住民達の絶叫。そして、夜の眷属の雄叫び。
「ダメだ!教会にも火が!」
「トーマスとヤコブがワーウルフに!!」
詳しい状況は分からないが、その逼迫した空気から既に町は甚大な被害を被っているようだった。剣を手に宿を飛び出した。
近場で蠢く骸骨と斬り結んでいた住民に加勢する。鞘に納めたままの剣でその頭を薙ぎ払えば、乾いた音を立てて頭骨は砕け、残りの骨は糸が切れたかのように、その場に崩れ落ちた。
「ハァッ、ハァッ、ハァ……た、助かったよ、ありがとう」
「モンスターどもの一斉襲撃か?」
町民達は無言で頷く。皆、激しい戦いの後で息が上がっていてまともに言葉を発することも難しいようだった。不意に一人が叫びだす。
「こんなの初めてだ!自警団もあっと言う間にやられちまったってんだろ!こんなんで俺達だけでどうやって…!」
そこまで言って男は息を飲む。自分がもたらした重い空気に気付いたらしい。
ふと気付いて尋ねる。
「領主は?彼女は無事なのか?」
皆お互いの顔を見やると一斉に同じ方向に視線を向けた。
領主の邸宅は戦いの喧騒と紅蓮の炎とは対極のところにあった。まだ、襲撃を受けていない?恐らくは……無事?
「誰か様子を……」
見てきてくれと言おうと振り向いた瞬間、嫌なものが目に入った。B.E.の視線を追った――追ってしまった住民達もそれに気付く。武器を落とす者、神に祈りだす者……迫りくる影に死を感じた彼らにはもはや為す術など残されていなかった。炎に包まれて崩れ落ちる建物。赤く、明るく照らされた大通り、その炎の後ろで蠢く無数の影。崩れゆく街並みの中を迫り来る魔物の群れは、ワーボア、スケルトン、キマイラ、オーガ……途中で確認を投げてしまいたくなるほど多種族に渡っていた。これだけの軍勢を奴が束ねているというのか?いや、それなら――
立ち尽くす住民達を押し退け、魔物の前に飛び出す。そのまま一気に間合いを詰め、一閃。尖兵のゴブリン共を斬り伏せる。返す刀で襲い来るハーピィの首を斬り落とす。
一瞬、ほんの一瞬の水を打ったような静寂の後、魔物の群れが雪崩かかってきた。
リザードマンと斬り結びながら、多勢に無勢という言葉が頭を過る。
ガギィィン!!
鈍い音に振り返ると、背後ではいつの間に回り込まれたのか、サイクロプスが石槌を振り下ろしてきていた。それをこれまたいつの間に現れたのか、簡素な鎧を着込んだ兵士が戦斧で受け止めている。直ぐに我に帰ると、サイクロプスの足を突く。 腱を痛め倒れるサイクロプス。間髪入れずに兵士が戦斧を振り下ろし、その喉を潰す。
「助かった」
「こちらこそ」
戦斧の男は見れば額が裂けていた。しかし、傷付きながらも彼の瞳には意志が、戦意が力強く燃えている。よく見れば他にも彼と同じ鎧を着込んだ者が数人、魔物と斬り結んでいる。
「皆さん!急いで避難して下さい!ここは自警団が食い止めます!」
戦斧の男が叫ぶ。が、住民達は未だ動けずにいた。逃げようにも、何処に逃げればいいのか分からない。安全な場所など、一体どこにあるというのか?
「下がれ!死にたくなければ、とにかく下がるんだ!」
声を張り上げながらラミアの背中を貫いたB.E.に戦斧の男が声をかける。
「あんた、すまないがみんなを先導してくれないか?」
「馬鹿を言うな。今だって明らかに押されているだろう」
B.E.の言う通り、戦況は圧倒的に不利だった。サイクロプスを倒した辺りからは小物が続いているが、自警団の力量もたかが知れている。元より数で推されているのに、ここでまともに戦えるB.E.を欠いて戦線を維持できるはずがない。だが、男もそれを承知だと言わんばかりに笑ってみせる。
「あんた、相当腕が立つようじゃないか。だったら、館の方に行って領主様をお守りして欲しい。勝手を言ってすまないが、あんたしか頼れないんだ」
「何を……そういうことか」
今さっき会ったばかりでも、背中を支え合った相手の意図するところが、B.E.にも伝わった。
B.E.は立ち尽くす住民たちに向かって叫んだ。
「走れる者だけついて来い!領主様を守りに行くぞ!」
彼らを突き動かすには、その一言で十分だった。