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その先にあるもの

帰りの道すがら、B.E.は「リサーチャー」との談話を振り返った。

協力的な態度とは言えないが、情報を、戦う術をくれると言う。そういった言動から、伯爵に肩入れするものでもなく、中立を貫くものでもないと思うが、自分達に対して積極的に協力的というわけでもない。そう言えば自分のことを観測者と言っていた。観測者としては、当事者に関わるのは好ましくないとでも思っているのだろうか?他愛のない与太話では口数が多かったが、肝心な話ではそうでもなかったように思える。訊いたことにはよく応えてくれたが。

――なるべくフェアにしたい?伯爵と自分が対等に渡り合えるなら、観測者としても満足のいく観測が出来る……か?時折みせた哀しげな表情が引っ掛かるが、これならばそこそこ納得できる。


ここまで考えてB.E.は思考を停止した。

兎に角、宿敵と戦う機会と術を得られた。ひとまずはその結果で自分は満足できる、という結論に彼は行き着いたのだった。


村に戻ったB.E.は領主に会談のことを報告した。魔力付与が出来次第、明後日にでも伯爵討伐に向かうつもりであることも告げた。

クリオラたちからすれば、随分と性急に見えたのだろう。老執事の驚きの顔に、自分の気持ちが先走ってしまっていることに気が付いたB.E.は、場を誤魔化すために違う話題を振った。


「――つまらない事を訊くが、サンドリヨン公と兄上が亡くなった晩のことは覚えているか?」


クリオラが小さく首を振る。


「忘れてしまっているだけかもしれませんが、覚えている二人の最後はおやすみのキスをした時。次に見た時には、既に綺麗な姿で棺に納められていました」


彼女の背後で執事が無言で首を振る。これ以上、この話を続けるのは野暮だと。


「私からもひとつ伺ってもよろしいですか?貴方は何故ハンターを?」


思わず目を反らす。


「もう10年は前のことになるかな?恋人をヤツのせいで失った。ただの血生臭い復讐さ」


「復讐……ですか?」


「よくある話さ。年端もいかない少女が領主を継ぐことよりは、ありふれた話だろう?」


なるべく軽く言って見せることでその話は流そうと試みたが、クリオラはまだ何か腑に落ちないようだった。


「失礼かとは思いましたが、貴方のことを少し調べさせてもらいました。その筋ではかなり名の通った方だったのですね。何でも“夜の牙を折る者”などと呼ばれ、ヴァンパイアやその血脈の絡む依頼には必ず応えるとか」


確かにこの稼業を始めてから多くの依頼をこなしてきた。その中でもヴァンパイア絡みの依頼は特に優先して受けてきた。それもこれもあの仇敵に繋がる情報を掴むため。


「俺がやってきたことを周りが勝手に騒いでいるだけだ。下らないな」


「……恋とは、恐ろしいものですね」


「は?」


「私には恋心など知る由もありませんが……

もしも私にも恋する人がいて、その人を奪われたとしても、貴方の様に狂気の淵に身を置くことなど出来ないでしょう」


同情されているようで、だが一方で自分のしている事を否定されている風にも感じられて、B.E.は少し苛立った。

が、同時にあることに気付いてしまった。


「むしろ俺の方が……」


「あの、その……気分を害されてしまったのでしたら、ごめんなさい」


「いや、そうではないんだ。リサーチャーとも話していたんだ。打倒伯爵という悲願にとりつかれて貴女が永らえているのだとしたら、それが達せられたらどうなるか、と。

だが、そんな怨念のような執念に駆られているのは俺の方だった」


大きく開いた窓の外には庭園が広がっている。色とりどりの花が咲き乱れ、一面を鮮やかに彩る。

何処か遠くを見やりながら、しかし、思考は定まらない。


「ヤツを討ち果たすことしか考えていなかった俺が、その後――」


「では、」


不意にクリオラが口を挟む。


「伯爵を討ち果たした暁には、貴方も新しい人生を始めなければなりませんね」


そう言って微笑むクリオラに、B.E.はまた少し苛立ちを覚えた。優しい微笑みに自分への気遣いを痛いほど感じる。だが、事の後で彼女は終わる者、自分は続く者。終わる者に未来を語られても無責任としか思えなかった。


「――そんな先のことに興味はない。今考えるべきはヤツを倒すことだけだ」


そう言い捨てて部屋を出た。




――翌日、夕刻――


宿で準備を整えていたB.E.に来客があった。白いローブを羽織った、リサーチャーだった。


「今晩わ。頼まれ物を届けに来たよ」


町まで出てくるのかと驚きながら、預けていた剣を受け取る。特に見た目に変化はなかったが、西陽を受けた刀身は紅く煌めいて神秘的な雰囲気を纏っている。


「ヨウコウを直接刀身にエンチャントしただけだから基本的には何も変わらないよ?ただ、ヴァンパイアにとってその剣に刺されることは陽に刺されることと同義になった」


試しに剣を振り抜いてみる。刃の描く軌跡が心なしか、輝かしい。


「本来なら、」


リサーチャーがおもしろくなさそうに呟く。


「そんなものが無くても、君が勝つんだけどね」


「それは買いかぶりだ。俺は特に武芸に秀でているわけでもないし、それを補えるほどの知略があるわけでもない。ダムピールの隠れ里を殲滅した時も贅潤に武器があっただけの話だ」


これまでのB.E.の実績で一番取りざたされるのが、ダムピール、即ち半吸血鬼たちの隠れ住む集落を一人で殲滅したことだった。だが、それだって実は同行した他のハンターたちが集落の規模を見て、怯んで逃げ出してしまったからというだけの話だった。その胸に燃え続ける執念に従って行動を起こしはしたが、結果が伴ったのは他のハンターたちが残して行った配給品がたっぷりとあったからだと、B.E.自身はそう思っている。


「腕力や知力の問題じゃないよ。それこそ気持ちの問題さ。君は絶対に伯爵を討つという確固たる意思を持っている。絶対の意思は現実を貫き、絶対の結果をもたらす。だから伯爵が生き永らえる道理は今さら残っていないのさ」


「勝負に絶対はないと思うが?」


リサーチャーは精神論を語りたいのだろうが、B.E.は仇敵がそれで乗り越えられる程度の安易なものではないと、その身をもって知っている。だからその言葉には素直に同意できなかったのだが、リサーチャーはさらに続ける。


「君のそういうところが万に一つ、億に一つの伯爵の勝ち目を潰してゆくから、伯爵の勝ちはないと断言出来るのさ。最早、勝負ですらない」


剣を鞘に収めベッドに立て掛け、沈んだ顔のリサーチャーに向き直る。


「結果の見えた勝負はつまらない?」


「誰もそんなことは言ってないさ。ただ、往々にして結末なんてものは事前に察せられるものさ」


「じゃぁ、何が不満なんだ?」


リサーチャーは視線を落とし、押し黙ってしまった。そんな様にまた、苛立ちが募ってしまう。


「伯爵は必ず討つ。それは他の何のためでもない。俺自身のために、だ。ローザのためでも領主の娘のためでもなければ、お前のためでもない。ましてやお前の望む結末のためでもない」


「ローザのためじゃない?」


「一々癪に触るヤツだな!いいか?彼女は死んだんだ!仇を討ったところで彼女が喜ぶことはないし、甦ることもない!そんなことは百も承知だ!だからこれは、俺のただの自己満足なんだ!」


まくし立てて呼吸が荒れる。落ち着こうと深く息を吐くが、怒りに駆られた胸の内はなかなか収まらない。


「すまない。分かっているつもりだったが、それほど君を怒らせてしまうとは思ってもみなかったよ」


「いや、こちらこそすまない。剣を鍛えてもらったことには礼を言うが、その先は俺自身の問題なんだ。触れないでくれないか?」


「悪かったよ……もう、お暇するよ」


最後にまた哀し気な一瞥を残して、リサーチャーは白いローブを翻した。

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