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Moment Disappear -モーメント ディスピアー-  作者: 林崎 ゆみ
【妖魔師】
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005  彼の正体

「ねぇねぇ、犬神さん。悪いんだけどさ、学校案内してよ!」

「は?」



 突然的にそう言われたのは授業が終わって長休みの時、刹那はこの休み時間の間に教室を抜け出す気でおり、人に構っている暇もないし教える暇も一切無い。



「ほら、席が隣になっちゃった円だし… 頼むよ、ね?」



 一生懸命に手を合わせてお願いをしてくる彼。

 刹那はめんどくさそうな顔をしたのち、静かに立ち上がって鞄を持った。つまり、ガン無視をする事に決めたのだ。



「あ、待って待ってって! 何処行く気? まだ、授業は終わってないし…」

「いいの。 何時もの事だから。 後、学校案内は無理。 他の子に頼んで」



 腕を軽く掴まれて身動きが軽く取れなくなった刹那。相手の顔を見ずに一息で言っちゃう彼女は何だか凄いと思えてしまう。しかし、言い切った後、手をかなり凄い力で掴まれた。先に振りはらわなかったのが裏目に出た。

 猫又を軽く見た刹那は先程とは違う軽く低い声で静かに問うた。



「何? いきなり人の腕、掴んだりして」



 「何?」と聞いておきながら瞳と声はもう「放せ」と言っているように見えた。冷たい雪の様な視線を受けても尚、猫又はニコニコと笑っていて軽く不気味に感じた。

 そんな彼等を見てか…それともただ単に空気が読めていないだけなのか、ある意味刹那にとっては救いの声が放たれた。



「ね、猫又君! わ、私で良かったら案内するよ!」



 カァア…と軽く頬を赤めてそう言う女子生徒。一生はニコッと笑い、柔らかく断ろうとした最中、刹那は思いっきり手を振って猫又の拘束から解かれ脱兎のごとく鞄を持ち彼から距離を取った。



「悪いんだけど彼のお守りよろしく。 私、さっき頼まれたんだけど正直眠いからパス。 何かあったら何時も通り屋上まで悪いんだけど呼びに来て」

「う、うん。 それじゃあね… 犬神さん」

「………えぇ」



 女子生徒に猫又のお守りと言う名の学校案内を任せて刹那はそのまま教室から出た。刹那が教室を休みがちなのは皆知っている事であり、無理を言ってしまうと軽く倒れてしまう時もあったので皆何も言わないのだ。

 刹那は廊下を歩く足を早足へと変えた。何時もならばゆっくり歩いているのだが、今回はとても気持ち悪かったのだ。気持ち悪いのだ、彼が放ったあの言葉の羅列が…。






◆ ◆ ◆




「ココが音楽室、その隣りが管楽器何かが使う練習スペースで… 向こうの塔には図書室があるの、見えてると思うけど」

「そっか」



 女子生徒に案内される中、ニコニコと笑う猫又は内心穏やかでは無かった。色々な理由はあるのだが、特に大きかったのはあの犬神と言う女子生徒の影響が大きかった。



「そう言えばさ、犬神さんって… どうして休むんだろ? 君は何か知ってる?」



 さりげなく答えを求めれば女子生徒は静かに頷いて、結論を簡単に述べた。



「犬神さんって無口で、自分の事はあんまり見た目通り自分の事はあんまり人に語らない人なんだけど…。 夜、あんまり眠れてないみたいなの。 無理して登校してるみたいだから陰ながらみんな心配してて…… 犬神さんは何時も屋上でこの時間帯は寝てたりするんだけど… 呼びに行った時は大概起きてるの。 不思議だよね、何だか……そう! 気配に敏感って言うか……」



 ほわわわわんと回想を取り入れつつも女子生徒は話してくれた。「ありがとう」と軽く礼を言って猫又は笑みを作り上げた。



(犬神さんか… まさか、ね………)



 まさか……。いいや、絶対無いよ。

 自分の中で一つの疑問を無理矢理、無理矢理抑え込めた。






◆ ◆ ◆






 屋上に往き、そして扉を開ければ開放感あふれる景色が目の前に飛び込んでくる。春には良く見かける桜は学校から見える屋上からの景色でもかなり綺麗だった。周りに高層ビル何かが立ち並んではいるが、学校の周りに植えられた桜は満開に咲き誇るのだ、どんな場所でも。

 ゴウゴウと唸る風のおかげで刹那の長い髪が後ろへ持っていかれる。しかし自然的に唸るその風の音が刹那にとっては居心地がいい物であり、彼の気持ちが悪い行動を消してくれるような気がした。

 学校の屋上にはちゃんとしたフェンスがあり、その先にはなにも無い空中が待っていた。ココから飛び降りれば楽になれるだろうな、なんて思いつつも刹那は軽く笑みを浮かべた。こんな場所で死ぬつもりは毛頭無い。何故ならば、自分は強い奴に殺される為に生きているのだから…つまらないこんな方法で死ぬなんて事はしない。

 そんな時、不意に襲ってくるのが睡魔。元々睡眠時間が三四時間ほどしか無かった為かとてつもなく眠たい。気を抜けば倒れそうになり、刹那は慌てる様に急いでフェンスから離れ、人気があまり無い人が来たとしてもバレにくい貯水タンクの傍にあるコンクリートの上に座った。



「アクラ……」



 静かに名を呼べば、アクラは瞬時に現れる。しかし要件は何時もの事である為アクラは何も言わずに瞬く間に体をほんの少しだけ大きくさせた。

 何時もの様な毛玉の姿では無く、人一人が余裕で乗れる大きな狼に変化した。毛玉の方も変化の姿であるが。

 アクラのお腹の辺りに背を預けた刹那はアクラの顔の方を見、うとうとしつつも静かに声を出した。



「アクラ、誰かが来たら…」

《分かってる。 だから、安心して寝ろ…》

「――――――ありがと…」



 その声を出した刹那はスゥ…と眠りに落ち、眼を閉じた。軽く吐息の音が聞こえたりする中でアクラは尻尾を器用に使って刹那を撫でた。



《死ぬな……刹那―――…》



 生きたいとか、死にたくないとかそんなのではない。

 ただ単に……『アクラ』と言う名を与えたこの娘を殺したくないだけなのだ。刹那が死ねば自分も連動的に死ぬ。それは別に構わない。だが、出来る限り長く生きて欲しかった。



《俺がお前の中に居るばかりに…》



 アクラが死ねば刹那も死ぬ。

 刹那が死ねばアクラも死ぬ。

 二人は一心同体の様な存在であり、しかし感情と記憶などは共有しておらず唯一共有しているのは命だけであった。

 刹那の家業は簡単に言えば、妖魔を斬って殺す事である。妖魔とはこの世界で度々現れる不快現象(ふかいげんしょう)根源(こんげん)で、悪魔妖怪とも呼ばれる事があるが、一纏めに妖魔と呼んでいる。

 妖魔には(ランク)があり、刹那が倒せるのはCランクがいい所だ。それでも普通の妖魔師よりはまだマシな分類に入った。アクラは静かに溜息を吐いた。



(昔は、こんな役目じゃ無かったのにな…)



 いいや、今も昔もあまり変わらないだろう。この仕事の内容は。

 どちらかと言えば、変わったのはそれを斬る妖魔師たちの心の中だろう。

 妖魔を斬る者を妖魔師と呼んでおり、アクラは刹那の中に宿る化物だが一方で妖魔を斬る為の武器として体内に代々封じられている。

 遠い昔、蟲術によって造られた己の今の体。蠱毒とも呼ばれる古い呪いの儀式で自分もその方法で造り出された。

 アクラはその中でも最も簡単に造りだす事が出来るとされる、犬神であり人間に意図的に造り出された数少ない妖魔の一種とも言われる物なのである。何かに対しての憎悪が今も尚、アクラを生かしておりそしてその憎悪などが刹那も生かしていた。

 人を怨めば、怨むほど強くなると言われる犬神は膨大な妖力を持っているとされていた。その為か、人からも恐れられとある時にとある刹那の祖先によって体内に封じられ、未来永劫外に出さない様にする為の人柱としての役目を負わされた。まぁ、あの時は自らの意思で負ったに近いだろうが。

 他にも色々な一族が居るのだが、体の中に妖魔を飼っている一族はもはや犬神家のみとされている。アクラだって長年道具の様に扱われてきた。歴代に自分を体内に封じた妖魔師は必ず悲惨な眼に合うと言われてきたのだがその責任問題は良く分からない。

 アクラの責任かもしれないが、それでも悲惨な眼と言っても色々あった。人間関係もしかり、妖魔関係もしかり… 色んな面でその人柱としての人格能力が試されている様にも思えた。

 最初の人柱。彼女の名は忘れてしまったが…そう、彼女は初めてアクラと言う存在を認めた。自らの体内に封じたからか、その生い立ちを一番よく知る人物だったからか。そこはアクラには分からない。

 覚えている事と言えば、自分を『物の怪(モノノケ)さん』と言って()()()()可愛がってくれた事ぐらいだ。今思い出しても虫唾が走る話だが…。

 刹那は幼い時から皆から嫌われているが別にアクラを怨んだりしている訳では無い。どちらかと言えば好きな方だし、アクラが居なかったら今の自分は無いと認めているからアクラも彼女の事を認めた。否定しようとしても、否定できないから固定したと言ういい方にも近いが彼女の場合は何事にもほぼ無関心と言えよう。人固有の感情はあるだろうがそれでもそれは人一倍無関心だった。来る物は拒まず、去る者は追わず…。それが刹那だった。

 一つ訂正と言えば刹那が否定するのは自分が今生きている事ぐらいだろうか。それほどまでに彼女は『生』と言うのに興味が無い。死にたいのに殺してくれる生き物が居ない。それも案外寂しい事の様にも思えるが……。



《………!》



 アクラは不意に耳を立てて静かに息をひそめる様に身を低くして静かに刹那の頭を叩いた。



《誰かが来る。 起きろ、刹那》



 刹那の仮眠はとても短い。何時でも起きれる様にあまり意識を闇に沈めたりなんてしないしこんな風に声をかければすぐに起きる。



「分かった… アクラは何時もの姿に戻れ」

《そうする》



 ゆっくりと頷いたアクラ。ボフッと軽い音を立てて何時もの黒い毛玉の様な姿に戻った。刹那はその毛玉を肩の上に乗せて貯水タンクに肩を預けて眼を閉じた。

 ギィイイッ…と建て付けの悪い屋上の扉が開く音が聞こえた。足音が聞こえ、刹那は眼を閉じたままその音を聞いていた。



「え――っと、犬神さんはココにいるだよね……」



 一人で来たのだろう。他に気配は感じられず、刹那は静かに聞き耳を立てた。



「あーあ。 多分あの娘だよね……? 犬神刹那ちゃん…」



 屋上のフェンスに身を預けた時、とある影を見つけて猫又は眼を輝かせた。




「見ィつけたァ……」



 怪しく輝く眼はまさしく猫。軽く地面を蹴り、刹那の元へ近づく彼は刹那の方へ手を伸ばした時、瞬時に腕を掴まれ軽く拘束された。



「何の用だ、貴様。 私は今、とてつもなく眠いんだが… それとも貴様は寝ている女を襲う趣味でもあったのか?」



 刹那の挑発的な言葉でも笑みを崩さない彼はへらっと笑ったのちに静かに告げた。



「いいじゃん、刹那ちゃん可愛いし。 あ、刹那ちゃんって呼ばせて貰うよ? どーせ同じ妖魔師なんだから―――お相子でしょ? 俺の事はお好きなように」

「…………」



 ヘラヘラと笑う彼に対して刹那は無表情。ただ、何も思っていないだけだろうが怒っている様にも見えた。



「無視って酷く無い?」

「…………」

「まぁ、いいや……」



 刹那の無言を気にしない方向にした猫又は静かに眼を細めた。



「でもさ、刹那ちゃんって結構綺麗な顔してるよね。 綺麗な黒い長いストレートの髪… 結構俺好みだよ」



 そう言いながらも刹那の拘束をやんわりと解いた猫又は刹那の顔に自分の顔を近づける、鼻先がくっつくか否かの所まで近づく猫又の吐息が口元にかかって無性に気持ち悪かった。



「失せろ」



 国民的アイドルだろうが刹那からしてみればタダの男。ココまで接近されていい思いをするはずもない。普通、顔の整っている世の中で言うイケメンにココまで接近されれば普通の女子は大概頬を赤めるだろうが刹那の場合は一言。「失せろ」でバッサリと一刀両断してしまうのだ。

 驚いた様に硬直している猫又の胸板をツッパリをするように腕で押して軽く尻餅をつかせたのち、刹那は立ち上がる。刹那は女子の中でも体は華奢(きゃしゃ)な分類に入るだろうが妖魔師と言う仕事のおかげで筋肉はそこら辺の男子よりあるかないか程度のあたりだ。

 胸板を細長い綺麗な手で押され、猫又は尻餅をついたのだ。彼は刹那を侮っていたのだ。例え同じ妖魔師だとしても男の自分の方が体力は上だと思っていたし、それに何より相手は女の子だ。背丈は高くとも見た目でか弱そうな女の子だと思っていたのだが、しかしこれはどう見ても……。



(真正面に飼い慣らされていない綺麗な一匹狼が居るんですけど…)



 顔を真っ蒼を通り越して真っ白にした猫又。足を震わせながら起き上りつつも彼は思った。

 彼女の雰囲気はその名の通り一匹狼と言えよう。犬では無く、狼である。その理由は極めて簡単で、仲間何て居ないような眼をしていたから…正確には仲間さえ寄せ付けない何物も近づけない心の中に入れない、そんな眼をしていたから。

 漆黒の髪、何も映さぬ何人(なんぴと)たりとも入り込ませないその泥沼の様な沈んだ暗い瞳。そんな姿に眼を奪われるも何も、綺麗な瞳だと思ってしまった…。何も映さない瞳など、見た事が無かった…。



「…………」



 無言で、まじまじともっと見ていたいと思ってしまう。その綺麗な瞳を。誰も入り込む隙なんて無いその瞳の中に自分を映して貰いたいと思ってしまう…。

 馬鹿らしいとは思ってしまうのだが、止められないのは変な気持ちだ…。



「………何人の顔見てる訳? 退()いて」



 何時の間にかまた刹那を押し倒す様な体制に入ってしまったらしい。無意識とは恐ろしい事だ。

 慌てて刹那の上から退いた猫又を見て刹那はパンパンッと軽くスカートから砂を落して立ち上がる。



「なに……?」



 中々動かない。正確に言えば退いた後に動かずに此方を見上げている視線に鬱陶(うっとう)しいさを感じた刹那が嫌そうな顔をして背を向けた。



「アハハッ… アンタ、何で…」

「?」



 不思議と、声が漏れた。

 何が言いたかったのか思い返せば何も思っていなかったのだと思う。



「なんで…… アンタ、妖魔師やってんの?」



 その言葉に刹那は驚いた様に猫又を見、静かに笑みを浮かべた。

 しかし、ただそれだけであり、返答は無かった。



「なんで? 俺、知らないんだよね」



 その言葉は半分本当で半分嘘だ。理由は知っている。だが、それは大人達が言っている事で本当かどうか本人に確認を取っていない為分からない。

 猫又が知っている知っている理由、『死にたいから』と言う理由で態々戦場に立つ馬鹿者がこのご時世(じせい)に居るとは思えなかった。



「消えたいから」

「へ……?」



 吹抜けた声が出た。



「聞こえなかったか? 私は()えたいんだ」



 真顔で、彼女は『死を求めている』と宣言した。

 驚いた様に眼を見開いて此方を見て来る猫又に刹那は何も言わずにその行為を見ていた。涼しき顔で彼の表情を見つめ、そして彼は思った。



(嗚呼、本当だったんだ…。 大人達の言ってた、あの言葉は真実だったんだ… 理由はタダの『死にたいから』…)



 不思議と、自然と笑いが込み上げて来た…。



「ハハ… ハハハハハ……ッ」



 おかしいぐらいに笑いが込み上げてくる。止めようと思っても止まらない。

 彼女のおかしさを思うたびに笑いが溢れて来る。こんな事の為に、あんな理由で…〈死の仕事〉(デスゲーム)を引き受けるなんて思いもしなかったのだ。



「何を笑う」



 (かす)れんばかりに笑う彼の笑い声を不愉快(ふゆかい)そうに聞いていた刹那は猫又に問うた。しかし、彼の笑い声は止まるどころかますます溢れる様に大きくなり刹那は無言のまま「なんだ此奴」と言う様な眼を向けたのちに彼から離れた場所に静かに腰を下ろした。

 頭を抱え、壊れた様に笑う彼の笑い声を聞きつつ刹那は朦朧(もうろう)とボーッとした意識の中で(そら)を見つめていた…。



 しばらく経ったのちに笑い声は徐々に小さくなりそしてピタリと収まった。



「ハハ… ゴメンね、刹那ちゃん」



 刹那の方を向き微苦笑して頭を軽く下げる。

 刹那はちらりと猫又の方を見、プイッと顔を背けて前を向いた。



「隣り、いい?」



 軽く立ち上がり覗き込んで聞いても刹那からの返答は無い。

 「じゃあ、いいよね」と言って猫又は強引に刹那の隣りに座った。猫又の中で返事が無いと言う事は「好きにしろ」と言う意味らしい。



「なんでさ、死にたい訳?」



 抑えきれない好奇心と言う物が猫又の中にあった。



「………さぁな」



 その言葉に、猫又は言葉を失った。

 何故、そんな事を言うのか訳が分からない。自分で考えろと言う様に前を向きっぱなしで此方に視線を向けない彼女。考えて行けば、一つだけ彼女の中で不自然、いいや「消えろ」と言える言葉がある事に気付いた。

 しかし、これはまずあり得ない。 実際、そんな風な名前を付ける親が居るのだろうかと答えを出した自分の考えを疑うべき物だった。猫又の中であり得ないとも言えるぐらいのとある仮説が成り立ち、まさかと言う様に息を飲む。

 その音に気付いたのか、はたまた長年の直感と言う奴なのか。刹那は前を真っ直ぐ見たまま何にも思っていない様に言いきった。



「そ、私の名の由来。『()えろ』って意味なの。貴方の名前と真逆でしょ?」



 綺麗な声は泡の様に空へ舞い消え、風の音にかき消された。掴んでしまわないと、何処かに縛ってしまわないと彼女は何時でも消えてしまいそうで。自己満足でもいいから、何処かに縛り付けておきたいような束縛間(そくばくかん)に見舞われる。



「なんで、そんな名前に…」



 言わなくても分かってる癖に。と言う様な眼軽く向けられ刹那は静かに空を軽く見上げた。



「貴方も知ってるでしょう?私の身体(なか)には犬神(バケモノ)封印()る。正確には私の中に居る犬神(バケモノ)に死んで貰いたいのよ。でも、化物を簡単に殺す方法は体内に宿す生贄(ひとばしら)を殺すのが一番()()()()()から。だから誰もが皆、()()()()()()



 平然と言われた彼女の名の由来とその訳。世界の誰もが自分の死を望んでいると言い切れる彼女のその言葉の意味。

 あり得ないとも思えるが、それでもそこまで恐ろしい化物を飼っているのならばあり得るかもしれないと思う自分の内心に軽く腹が立った。



「お、俺はそんなの望ま……」



 否定しようとした最中、刹那の身に異変が起こった。

 眼を大きく開き、何かに興奮する子供の様な目付きで一方を見つめる。自分を映して欲しいと思った黒い黒い瞳に軽く光りが宿った。



「来た…私の殺してくれる者(しにがみ)



 そう言って彼女は立ち上がり、一方を警戒する獣のごとく見つめた。訳が分からない猫又であるが取りあえず彼女の見ている先を詠もうと必死に見る。だが、分からない。ふと眼を凝らせば何かが空へ上がっている事が分かった。白い煙が立ち上がっている。これは間違いなく……。



「妖魔の出現…しかも、かなりデカイ奴」



 妖魔師ならば誰もが知る光景の一つである。妖魔は普段人の眼に着かない場所に暮らしており、人に干渉する事は滅多に無い。だが人に干渉しようとする妖魔はあの様な白い煙を上げて姿を具現化させる。

 普通の妖魔師は妖魔の出現時間を(あらかじ)め予測しておき、そのタイミングを逃さず、待ち伏せと言う方法で妖魔を仕留める。妖魔出現時に発生する特有の煙の臭いは独特であり、慣れれば人間の嗅覚でも嗅ぎ付ける事が出来るのだが煙の出ていない状況で察知するなど猫又の常識では、いいや。妖魔師の中の常識を簡単に(くつがえ)していた。

 長年の経験から来る物なのかは分からないが煙も無しに察知する事は出来ないと思っていたが、彼女の成り行きならば例外もあり得るかもしれない。そう思ってしまうのは、ごく自然な事のハズだ。



(人柱となり犬神(ようま)を体内に宿す唯一の妖魔師…)



 刹那の様に妖魔を体内に飼い、そしてその妖魔を使役する家系は昔は居たのだがその強大な力を畏れられ、今では犬神家ただ一つになってしまったのだ。しかも直径である刹那のみとも言われる非常に珍しい妖魔師なのである。

 妖魔師には三つのパターンがある。

 一つは〈陰陽師〉(おんみょうじ)〈巫女〉(みこ)などの職業だ。彼等は己の中の霊力一つで闘い妖魔を(はら)う。倒す事も出来るのだが大体は()()だけである。

 一つは刹那の様に妖魔を使い武器化する使い手。昔は良くこの妖魔師が多く見られたのだが近年ではかなり少数派になっている。妖魔の力を使う為妖魔を使役に下さねばならない為、それ相応の精神力やそして天性の才が不可欠とも言われていた。その気になれば誰でも使役に下せる場合もあるのだが無理矢理下すと命令うをことごとく無視または無視してしまう為近年では減ってきている戦い方の一つである。

 最後の一つは最も簡単尚且つ素直に従う彼等…〈四精霊〉(しせいれい)の使役だ。〈四精霊〉はその名の通り四つの精霊(せいれい)から来ており〈地精霊〉(ノーム)〈風精霊〉(シルフィード)〈水精霊〉(ウンディーネ)〈火精霊〉(サラマンダー)の四つの精霊に分かれている。

 一度指揮下に置けば忠実に命令をこなす為使い手が増えているとも言われているが、その代り使い手が弱ければ技や攻撃の威力も弱くなってしまう。使い手の精神力などが鍵となる戦い方なのだ。



(まっ、俺も戦いますか…)



 どんな妖魔が出て来るか分からない以上、猫又も参戦する気はあった。

 己の親指を噛みちぎり血を流す。その血を地面に軽く押し付け、そして言霊を叫んだ。



(しゅ)よ、妖魔師は人の為に()り!」



 召喚系とも言われるパターンであり、妖魔を使役下に置く中で最もメジャーと言うか刹那以外は全員これである為一般的なのが此方だろう。人柱とは違い、妖魔が言う事を聞くかどうかは本人の熱血などにかかっている。



(せい)(われ)何様(なによう)だ》



 現れたのは小型の妖魔猫又(ねこまた)

 産毛の様に柔らかな黄色い毛を持ち、ゆらゆらと揺れるネギの様に別れている尻尾は妖魔の証。大きな碧眼(へきがん)を持つ猫又だ。



「ミズキ、戦闘準備」

《承知》



 猫又の名はミズキ。

 ミズキと呼ばれた猫又は即座に猫又の腕の中に入るや武器と化した。人に飼われている妖魔は例外なく武器化する。

 ミズキの武器化はどうやら拳銃(ハンドガン)の様であり中距離線が得意とも言えよう。

 ただし、妖魔の武器化言えども弱点があり、それは主人。使い手である妖魔師の精神を(むさぼり)()らう様に精神を喰らい、長時間使い続けていれば使い手の精神が切れれば妖魔は即座に自らが済む場所に戻ってしまうのだ。

 ただし、例外として人柱ならばそのリスクはほぼ無い。産まれた時から妖魔を体内に飼っており、当然妖魔に負けれなその赤子は暴れ狂い死に至る。その為か人柱として生きる為の儀式などはかなり(むご)いらしく、かなり前に禁忌(きんき)として今はその生き残りと言う形で、()()()()事に()()()()()まだ()()()()()()()()()()いた。



「アクラ…」



 静かに名を呼べば、アクラはぼふんと軽く煙を上げて出て来た。眼が合えば「なんだ」と言わんばかりに瞳が向けられる。



「出現する妖魔、仕事に乗ってる?」

《………いいや、今から来る奴は仕事の奴じゃない。 狩ろうが狩るまいが一銭の特にもなりゃしねぇ、タダ働きだ》



 アクラの言葉に刹那は「そっ」と素っ気無く声を返した。刹那からしてみれば妖魔を斬る事は死ぬためにやっている事であり、お金なんてどうでもいいのだ。

 アクラは元々が犬の妖魔である為嗅覚が人よりも優れている。その為敵の妖魔がどれだけの力量を持っているのか瞬時に把握する事が出来、情報収集の一環として役に立っているのだ。



「まぁ、なんでもいっか…… ()()()()()



 真顔でそう言い切った刹那。

 その言葉を盗み聞きでは無いのだが、聞いた猫又は軽く身震いを起こした。恐ろしい事を真顔で言い切ったのだ。それほどまでに彼女の感情と言う物は冴え切っている。人として生きている事自体、奇跡と言ってもいいのかもしれない。

 彼女は本当に人間なのだろうか、もしかしたら人間では無いかもしれない。感情の無い、言われた通りに動き死を求めるそんな人形。死を求めると言う事はやはり人間なのだろうか?と言う疑問も生まれるがそれでもそんな()()()()()を人と認識するのは非常に困難であった。

 猫又はそこで考える事を一旦止めた。今は戦闘の前、こんな考え事をしている頭では此方が()られる。猫又は軽く頭を振り、今まで考えて来た事を全て忘れるかのごとく頭を振った。



「ねぇ」



 しかし、その集中したいと言う軽い願いはかなわなかった。

 問題、疑問の根源である刹那が話を仕掛けて来てしまった。



「ん? なに?刹那ちゃん」



 でも、彼女から言葉を振られると言うのは意外にも心地いいのか嬉しくて猫又は笑顔を作って問いかけた。

 しかし、刹那はその笑顔(かお)を見て気持ち悪そうな顔をしたのち、静かに前を向き直る。



「まず、その顔気持ち悪い。止めて貰える?」



 その言葉に猫又の笑顔は張り付いた。

 カチーンッと固まってもいいぐらいに引きつる笑顔は何とも言えない。



「………今から出現する妖魔、貴方の獲物(ターゲット)?」



 まだ出現しても居ない妖魔の事をこの状況で聞くか普通。なんて心で突っ込みを入れつつも猫又は軽く首を横に振った。



「違うと思うけど… なんでそんな事聞くのかな?」



 純粋なる好奇心だったのだが、その好奇心がとても…駄目な方向へ進んでしまった。



「目の前に襲い掛かって来た妖魔を斬った時に他の妖魔師の標的(ターゲット)だったらしくて、何か殴られて蹴られて散々な目にあった。貴方の性格は知らないけど、邪魔して欲しくないって言うか一人で闘いたいんなら邪魔はしない予定だから。この妖魔は私の仕事じゃ無いし」



 その話を聞いて一瞬聞かななければ良かった何て思ったが、それにしても酷い話だ。正当防衛をして斬った事であれだけ怒られると言うのはまず無い。

 猫又だった、そんな事は度々起こったがそれでも怒られる事は無かったしむしろ感謝される事が多かった。

 何故殴られるのかと思えば、()()()()()と言うのが思い浮かんだ。

 彼女は人柱として、忌み子とも言われる存在だ。忌み子に仕事を邪魔され、イラつきを発散する為に無抵抗な相手、しかも女の子を殴ったのかもしれない。他の妖魔師どうしならば戦争などにもなりかねないが()()()()()()()()()と言う訳だ。

 刹那は妖魔師の中では嫌われた鬼の子とも言われる存在であり、その鬼の子が何時何処で()えようと、誰も何も思わない。むしろ、喜ぶ者の方が多いだろう。そんな事を考えれば、吐き気が襲って来た。

 刹那の対してでは無い。見ているやっている妖魔師全員(じぶんたち)に対して、吐き気がする、ヘドが出る様な状況にあるからだ。そんな事をやっていたり、見ないふりをしている自分達こそが、本物の鬼の事の様に思えた。いいや、実際そうなのだろうと肯定(こうてい)出来た。



《生、どうした?》



 拳銃となったミズキは猫又の顔色が悪い事に気付き、心配そうに声をかけた。その声に気付き猫又はハッと我に返った。手を見れば血の気が無いほどに真っ白な青白い手になっており、体は自分の体では無いと思えるほど冷え切っていた。



「な、何でもない……それよりも―――」



 眼の前の敵だ。

 猫又は首を横の振って大丈夫だと言った為ミズキは何かあると思いつつ何も言わなかった。

 前を向けば敵の出現か完了していた。目測の(ランク)はB。猫又にとっても刹那にとっても初めてのB級戦だった。敵の能力はまさに未知数、先程の話があれば何かを言わない限り刹那は手を出す事も貸す事も無いだろう。

 息を大きく吐き、呼吸を整える。先程思った事で多少集中力はそぎ落とされているが何とかなる、大丈夫。そんな念を込めて…。



「それで、君の獲物?」



 答えを待つ刹那は正当防衛をしてか何時の間にかアクラを武器化にしており、刀を持っていた。



「あぁ、俺の獲物だよ。悪いんだけど、何かあったら手出すだけで… 基本的には刹那ちゃんの手を煩わせないよ」



 ニッコリと笑う猫又。別に敵を倒した所で報酬が得られる訳でもないが、ハッキリ言ってしまえば自分の実力を試してみたかった。助けを求めると言うのは気が引けるがピンチになれば助けてくれるだろうと言う保険をかけて、猫又は人生初のB級だと思われる妖魔の前に立った。



「さぁて…… お仕事の時間だ」



 ぺろりと唇を舌で舐め、気合いを入れなおす。

 貯水タンクの元に残された刹那は静かにそこから見下ろすようにその二つの光景を眺めた。

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