033 最悪の結末
頭の中で警告音が響く。
治療する最中で響いたその警告音。
この音は、アルフは良く、知っていた―――…。
この警告音が頭をなる時は、大概―――…。
「な―にしてんだ?人魚のね―ちゃん」
最悪の自体が、待っている時だ――…。
アルフは相手に背を向けたままだった。
今ココで治療を止めればネコの寿命は延びない。
延命治療と分かっているが、もしも刹那が来るまで耐える事が出来たのならば助ける事は出来ると信じている。
刹那と言うあの妖魔師は自分以上に知識を持ち、自分以上に力を使いこなす素質があると見抜いたのだから…。
「何してるって…見て分かるでしょ、治療よ」
鼻で笑う様に告げれば相手も笑う。
そしてネコの胸に押し当てたアルフの細い腕を強引に奪い取る様に取り、治療を強制的に止めさせる。
「あぁ!何すんの!このままじゃ―――…」
「嗚呼、このままじゃ死ぬな、コイツ」
見た感じですぐに分かる。
これはもう助からない。助かる傷じゃ無い。と…。
「コイツはもう無駄だ。治療するだけ無駄さ、それよりもアンタには一緒に来て貰いたい。アンタにとってもいい話だとは思うぜ」
ニタニタと笑いながらも交渉を仕掛けて来る男。
その男の腕を振り払い、アルフは治療に戻ろうとするが…。不意に頬に痛みが走る。
ぽたり、と滴る黒血。頬をつたり、静かに地面に落ちた―――。
「……殺る気?」
少ない妖気を脅しの為に多少滲ませて問いかける。
これで闘気を喪失してくれるのが一番ありがたい事だが…現実は、そう甘くは無い。
「あぁ、闘る気だ。今のお前なら、俺達でも捕獲できるからな」
そう告げれば影からまた現れる妖魔師共。
数は……大体五十人強。数としては多い方だ。大方、弱った所を狙ってずっと待っていたのだろう。
「………」
アルフは考えた。
このまま治療をしても、無駄かも知れない。
けれど、命を消す訳にはいかない。だが、相手の攻撃を受け続ければ先にアルフが戦闘不能となる。
ならば、どうすればいいのか…。
その問題に、アルフはあまり悩まず、単純に答えを出した。
ネコの胸から手を放す。
そうすれば、胸からは血がじわじわと流れ出す。
このままでは出血多量で死に至る。だからアルフは自分の首から下がっている真珠を猫の首に器用にかけた。真珠の力によって少しの間だけならば、出血程度ならば止める事は出来るだろう。
「お、諦めて―…」
男が何かを言おうとした瞬間。
体が切り裂かれ、そしてゴロリと地面に倒れた。
「アンタ達を始末して、治療に戻る」
アルフの出した答え――。
それは非常に単純で…最も、選んではいけない答え。
「さようなら」
そう告げた瞬間。
全ては――――…真っ赤に、なった。
◆ ◆ ◆
ごろり、と塊が積み上がった。
体は真っ赤に染まり、手の感覚さえ無くなった。
眼を閉じて思い出すのは肉を裂く様な気持ち悪い感触。
積み上がった塊の上に、アルフは独り…突っ立っていた。
『治す』と言う概念は全て忘れ去り、何故自分は闘ったのかと言う自問自答にまで至った。
そんな時、不意に足音が響く。
動物―――鹿、猪、ではない…猿でも無い。
何らかの、動物の、足音が…アルフの耳に届いた。
「なに、これ…?」
響いた声は、良く知るもの。
そして、最も、この光景を見せたくない者。
「なんなの、これは……?」
覚束無い足で、やってくる最も今、会いたくない人。
塊の上で、アルフは―――恐怖のあまり、か細い声が漏れた…。
「ライ……?」
その言葉を聞いて、その者は即座に顔を上げた。
そして信じられない物を見る様な眼で、アルフを一瞬見た。だが、次の瞬間、大きな声が上がった。
「アルフ!」
それは若々しい頃の様な呼び方。
今のライは―――この光景よりも、アルフの無事を、心から喜んでいる様にさえ見えた。
塊を越えて、ライはアルフの元へ行こうとした。
だが、此方に来るライを、アルフは恐怖のあまりに大声を出してしまう。
「――――来ないで!」
鋭い悲鳴の様な言葉は、ライの深く突き刺さったであろう。
初めて見せた、初めて行った、ライへの拒絶の意…。
それでも、例え嫌われたとしても、今の自分を…自分に…触れて欲しくは無かった。
「アルフ―――?」
静かに伸ばされるしわくちゃな手。
だが、その手を、優しいその手を、アルフは拒絶した。
「来ないで、見ないで!今の私を――――お願い、見ないで…!」
視界がぼやける。
頬を伝るのは冷たい塩水。
塊の上で、アルフは―――大粒の、涙をこぼした…。
(アルフ…)
ライはその光景に、思わず息を飲んだ。
そして、言葉では無く、心で、アルフの名を、呼んだ……。
「お願い…今の私を、見ないで…ライ―――!」
それはアルフの心からの願い。
こんな私を見て、嫌いにならないで…。
彼女の選んだ答えの結末は――。
彼女が最も……最も、望まなかった、最悪の結末―――…。




