032 もう、二度と…
「あ、で―…アルフ、さん?大丈夫ですかー?」
「……アンタ、何で助けたの?嫌、助けられる形になったから聞くけど」
あの男達も始末する気だったのだろう。
少しだけ息を付き、ネコはへらりと笑った。
「前も言ったかもしれないけど、ほら。一応俺の依頼人の仲間だしさ。死なれると困るんだよ。後、刹那に嫌われるのは嫌だから」
ヘラヘラと笑いながらも、ネコは拳銃を一つ消し、アルフに手を差し伸べた。
嫌そうな顔をしながらもその手を受け取り、ネコの手を借りて立ち上がったアルフ。そんなアルフはネコの言葉に対して皮肉を述べた。
「刹那、刹那、刹那って…アンタ、あの妖魔師に依存でもしてるの?気持ち悪い」「そう言うアルフさんだって、ライさんに依存してるんじゃね?お互い様お互い様」
嫌味を言ったつもりが逆に返された。
確かにその通りでもあり、アルフも薄々ではあるがその事実を実感している。舌打ちを打てば相手は満足そうに笑った。
「つまり、アンタは自分の為にアタシを助けたって訳ね」
「そう言う事―。だから、お礼はイラナイよ?俺は俺の為に動いてるダケだから」
ヘラリと笑ったネコ。
だが、その言葉は半分だけ嘘だった。
確かに自分が相手を気絶させたのは自分の為だ。
だが、この場に来たのは誰かに言われたからであり、自分の意思では無い。
いいや、あの声について行くと決めたのは自分だ。だから、強ち間違いでは無い。だが、結局、最初の一歩は誰かに決めて貰っていた。
(ってか、何で急に聞える様になったんだろ?)
そんな事を思いながらも、アルフは少しだけ俯いた後、静かに口を開いた。
「何考えてんのよ。あの女の事?」
「ん―そうかもね―」
ヘラリと笑えば「気持ち悪い」と言葉が返って来た。
我ながら、胡散臭い笑顔を送ったと思い、慌てた様に謝罪する。
「ごめんごめん。あれは無し」
「……そうね、あれは無い事にしましょ」
少しだけ間を空けた後に答えたアルフ。
その答えにネコは満足した様に笑った。
「そんじゃあ、帰るか。見た感じ、もうあいつ等は来無さそうだし―…」
「そうね、私も疲れたし…寝るわ」
そう告げたアルフは背を向けたまま歩き出す。
そんなアルフに続くように足を動かした次の瞬間。
頭の中に鋭い声が響き渡った。
《生、後ろだ!》
その言葉とほぼ同時に真後ろを見る。
ミズキに言われるまで気付かなかったが、確かに居た。
真後ろに、〈狙撃手〉が…。
対妖魔様の小銃のスコープを覗き込み。
親切な事に気付かれぬ様に〈地精霊〉の加護を使って森の中に溶け込み。大方発砲音は〈風精霊〉によってでも消させるのだろう。
何ちゅうねちっこい…諦めの悪い連中だ。
そんな事を頭で一瞬思ったが、ネコは腰を回してすぐさまアルフの元へ走った。
突然の走り出した音に驚いてか、アルフは此方を凝視したがもう遅い。
相手がトリガーに手をかけてトリガーを引いた瞬間に何処からか鋭い音が響く。
響いた音は何かに当たったのか、消える。
無我夢中でアルフの胸を思いっきり押した。押せば、アルフは簡単に体を投げ出し、一瞬だけ浮いた。
「ライさんが待ってんだろ?」
見えた光景。
そして、あの時と同じように―――。
「生きろよ」
「まっ……!」
倒れ行く中。
スローモーションの様にアルフは手を伸ばした。
だが、伸ばした手は虚空を掴み、何も掴めなかった…。
最後に見えたのは、あの時と重なる光景。
彼の笑顔と、彼女の笑顔は全く違うハズなのに。
何故か――――…その二つの笑顔が、重なりあった。
目の前に広がる赤色。
自分がやった訳では無い赤色。
時が止まったかのように、スローモーションで全てが観えた。
目の前で彼の胸に小さな風穴が開く姿も見えた。
その風穴から、堰を切ったかの様にあふれ出て来る赤、赤、赤、赤。
ひゅうぅ…喉に冷たい空気が通った。
貫通した弾丸は、からん…と言う小さな金属音を立てて落ちた。
その音を合図にしたかの様に、全ては元通りに戻ってしまう。
「ちっ…しくじったか…」
スコープで相手の様子を伺っていた〈狙撃手〉が舌打ちを打った。
彼が今、狙いを定めていたのはあの女の妖魔。人魚だと言われた妖魔であるアルフだ。
胸を貫通させる気で打ったのは人魚などの水を操る妖魔に効くとされる〈火精霊〉の加護を宿した弾丸だ。
貫通させる気で打ったのは、一時的に抵抗する気力を与える為であった。この場にはまだ雑魚かもしれない妖魔師が残っている。
人魚が撃たれ、弱ったスキのおこぼれを狙う連中が居る可能性がある。だから、そんな雑魚連中を人魚自身に片づけて貰おうと思ったのだ。
だからあえて胸を貫通する様に打ったのだが―――。
「まさか庇ってまで護るとはな…」
だが、此方もただでは済まなかった。
銃弾を放った瞬間に。ほぼ同時と言っていい時に何処からか矢が飛んで来たのだ。
突き刺さる矢は細くはあったがそれでも威力とスピードがあった。鋭いあの音は、耳奥に残っている。
「小銃はもう駄目だな…」
そう告げてもう弾丸を打つ事は出来ない小銃を捨てる。
彼の傍を浮遊する四つの色を持つ玉。彼はその玉に軽い指示を飛ばした。
「お前等、少し様子を見る。俺の気配を消せ」
その言葉を聞いて四つの玉は動く。
そしてくるくると彼の周りを回り、彼の姿を――無い物とした。
どさっ…と音を立てて倒れた彼。
今までと違うのは、自分の意思では無い。
自分が護らなければならない対象が倒れたと言う事。
重たい脚を引きづる様に倒れたネコの元に崩れる様に近づいた。
「なんで―――…」
眼を閉じてぐったりと閉じて倒れる人間。
武器化していたあの妖魔は主人の気絶と共に消失した。
恐らく、主人の意識が無いと出て来れないのだろう。あの女の方の妖魔師ならば大丈夫そうだが。
「……貫通はしている。でも…」
傷口に触れようとすれば皮膚が溶ける様に熱い。
まるで酸の海に手を突っ込む様に皮膚が溶けてしまう。
(〈火精霊〉の加護…。厄介ね。じわじわといたぶる様にかけられてる…)
良かった事は貫通していた事。
本来ならば貫通しない方がいいのだろうが、加護を付けている弾丸ならば話は別だ。
貫通しなければ弾丸にかけられている加護がずっと効果を発揮する。それはつまり、取り除くまでじわじわと相手をいたぶり続けると言う事を意味する。今回は貫通して良かったと言う事だ。
「っ……戻りなさい!戻って来い!」
貫通した胸の辺りに手を当てれば手がじわじわと火傷する。
底を付きかけた妖力を根こそぎ奪う様に傷口に住まう加護が熱を放つ。
ポタポタと汗が頬をつたり、重力に従って下に落ちる。
淡い緑色の光がネコの胸を包む中。アルフは件名に治療を続けていた。だが、彼女も本能的に察していた。この行為は、焼け石に水…だと言う事を。
やってもあまり意味が無い。意味があるとすれば、ほんの一分、三十秒。そんな僅かな時間を伸ばす延命治療。しかも、自分の妖力は底を付きかけている。この熱で更に猛スピードで奪われている。
(早く……早く、速く―――来なさいよ!)
治療をする中で。アルフはずっと、そればかり考えていた。
(こんな馬鹿でも、死なせたくないの…)
脳裏に浮かぶは、彼女の言葉。
あの時の笑顔が。この男と、妙に被った。
―――じゃあね、金色。
最後の言葉も、同じだった…。
(止めて、奪わないで…私の眼の前で、もう……!)
二度と。
もう、二度と―――。
見たくない、光景がある。
私の目の前で、大切な人が死ぬ事。
私の目の前で、私の知り合いが死ぬ事。
もしも二つが同時に現れたのなら。
私は一方を優先する。けど…一方だけなら……。
私は、きっと―――自らを犠牲にしても。
両者を助ける事にするだろう。例えそれが、褒められた方法で無くとも。
「早く…速く、来なさいよ……〈妖魔師〉……いいえ、刹那!」
早く。
早く。
早く。
早く。
一秒でも、速く。
お願い、来て――……。
「助けて……」
ぽろり。
一筋の―――大粒の雫が、一回だけ零れた。




