030 後一歩…
体内に妖魔を飼っている刹那。
その刹那の身体能力は人並み以上である。
それはオリンピックの選手たちが血が滲むような努力をして掴みとる身体を、彼女は生まれつき持っているとも言ってもいいのだ。
それぐらい、彼女の体は人並み以上の力を持っており、しかし、その身体をもってしても、妖魔には敵わない場合が多い。
その為刹那は、自らの体に宿す〈犬神〉の力を使い、無理矢理身体を強制的に動かす場合が多かった。
アクラの纏う妖力の色は黒。
影を纏うと言ってもいいほど、アクラの纏う妖力は黒い色なのだ。
影を纏った刹那は実に早かった。
本能的に察した的確な場所へ木々を踏み台にして移動している。
地面を走るよりもよっぽど効率が良く、何より速い移動方法である。
たんっ、と音を立てて地面に降り立った刹那。その場所は丁度森の中腹あたりで、遠距離での射撃と得意とする妖魔師が使う場所は主に高い所だ。刹那が居る場所もまぁまぁ高い。
(気配は…これよりかは下だな)
大方、相手を捕える為だけに選んだ場所なのだろう。と察する事が出来た。
相手が居る場所はアルフが立っている場所からは見えにくく、射撃を逸らしたとしても場所まで特定される心配が薄い。
そこまで考えて刹那は大弓の弦を引いた。キリキリと音を立てて引かれる弦。そして音も無く半透明な白い矢が出現する。
(妖力を込めれば膨張するか…。威力重視かスピード重視か…)
少し頭で考えれば矢がそれにつられる様に大きさを変える。
(取りあえず、バランス重視で行くか…)
そう考えれば矢が普通の矢の形となる。
威力重視となると何故か矢を纏う帯の様な物が出来る。
逆にスピード重視にすると矢が少しだけ長くなり、細くなる。空気抵抗を失くすためだろうと勝手に解釈する。
無言で狙いを定める。キラリと相手のスコープが太陽の光により反射し、丸見えであった。
(分かりやすい…)
心の中でそう思いつつも、刹那は無言で矢を放つ。
無音である事が望ましかったのだが、銃の様に発砲音は無かった。
だが、少しだけ耳元に残る唸り声の様な音は風を切り、そして刹那の狙い通り、スコープ付きの小銃を撃ち抜いた。だが、それとほぼ同時に発砲音が響く。
どうやら矢が突き刺さるのとほぼ同時に相手の〈狙撃手〉が弾丸を放ったらしい。そして刹那が見たのは―――…胸を貫かれたネコの姿だった―――。
「な……!」
思わず絶句してしまった刹那。
驚いた様に眼を見開き、そして何時もとは違い表情が驚きの色に満ちていた。
《どうしたんですか、お嬢さん》
ビャクには見えないのだろう。
妖魔の姿ならばともかく、彼は今武器化している。
刹那でさえようやくぼんやりと見える距離を武器化している彼が見える訳が無い。
言葉を飲み込み、刹那はすぐさま背を向けて走り出す。頭の中にビャクの「お嬢さん!?」と言う驚きに満ちた声が響く。
「ネコが撃たれた!急ぐ!!」
手短にそれだけを告げ、刹那は大急ぎで走る。
走って走って、そして…息をするのも忘れて走った。
頭の中は真っ白になり、もはや身体が走る事だけを考えていた。
影を今まで纏った事の無い様な膨大な量を纏い、崩れ落ちる様に刹那は高台から降りた。
後一歩。
後、一歩……。
刹那の放つ矢が早ければ。
もしかしたら……こんな事には、ならなかったのかもしれない…。




