003 家業
妖魔は普段、人の眼に着かない場所に潜んでいる。
例えば裏路地… 人が入り込まない入り組んだ場所で―――妖魔は独りの人間を待っている―――…。
コツーンと言う踵を鳴らした様な音が響けば、彼等は興味津々にギョロリとした大きな瞳を暗闇の中で光らせる。音はゆっくりと彼等の元へ近づき、彼等は回り込む様に路地の障害物に隠れ、来る来訪者を待ちわびた。
来訪者が止まった瞬間、彼等は来訪者を喰い殺そうと――― 一気に飛びかかる。普段ならばそこで軽い悲鳴が上がると言うのに―――今回の来訪者は、何も言わずに平然とした顔で――――――――刀を抜いた。
そこで妖魔たちは気づいた。「ギィイイッ!」と言う甲高い音を鳴らすがもう遅い。重力に従い、彼等は来訪者の元へ飛んでしまっている。
来た来訪者は笑みを浮かべ、刀身を剥き出しにした刀を振り、いとも容易く落ちていたに近い妖魔を斬った。
ザシュッと軽い音を共に切り裂かれる妖魔は断末魔を上げて黒い血を流して屍と化した。
狭い路地だと言うのに来訪者は一言も言葉を発しず向かって来る妖魔を次々と斬っていきそして妖魔は黒い血を吹き出して白き来訪者の肌を汚した。
ただし、白き者はそんな物には目もむけず真っ直ぐ真っ直ぐと在る気ながらも向かって来る妖魔を斬った。斬られ屍と化した妖魔は時が立てばサラサラと灰になったかのごとく体が砂の様な物質に変化し、風と共に去った。
残った物などなにも無く、この場の妖魔は容赦なく殲滅された。
「弱い。 此奴等、多いだけのタダの雑魚だ」
キンッと軽く刀を鳴らして来訪者は口を尖らせた。
彼女の名は刹那。 毛玉のアクラと共に消えたいだの死にたいだの言っていたあの時の少女だ―――。
ふと、刀が渦を描くように変化しアクラへと変化する。 無論姿はあの毛玉の様な姿だ。
《そうか? 多いだけではあったが二三ケ月前のお前ならば軽く手こずるレベルだぞ。むしろ刹那。お前が異常に強くなっているんだ、この二三ケ月の間にな》
「知るか」
アクラの言葉に刹那はふいっとそっぽを向いて口を尖らせた。だがアクラは自分は悪くないと主張し軽く緊迫状態が続いたのち刹那が折れて静かにぼやいた。
「つまらない。昔はもっとスリリングがあって、何時でも気を抜くとすぐ死にそうになったのに…」
初めて妖魔師として仕事をした時、異常な妖魔の群れと戦いそして勝利したのだ。あの時は本当に楽しかった。何時殺されるかも分からない緊張感の中、戦って戦って勝利を収めた。あの時は本当に―――楽しかったのだ。
刹那は灰になってしまった妖魔の亡骸とも言えない亡骸を靴で軽く蹴り風に纏わせた。刹那の体に軽くついた黒い血も何時の間にか砂へと変わっておりかなり気持ち悪かった。
「気持ち悪… 帰るよ、アクラ」
そう言って刹那は静かに毛玉化したアクラを軽く持ち上げ、ふらふらと歩き出す。砂がこびりついた体を―――早くシャワーのお湯で落としたかった……。
刹那が異常に妖魔師と言う職業に手を付けたのは親の影響が大きかったように思えた。
刹那が産まれた日、彼女の姿を見て母親は悲鳴を上げるかのごとく叫んだ。そして『刹那』と言う名を叩き出し、『消えろ』と何度も叫んだ。
彼女の瞳からは我が子に対する愛情の欠片など何処にも無く、憎しみなどが積もりに積もったそんな瞳だった。血肉を分けた我が子だと言うのに、何も悪い事などしていないハズの子供なのに――彼女は『消えろ』と言ったのだ。要は『死ね』と言っていた訳だ。
刹那の家庭は代々特殊な化物を体内に宿し飼っていた。子供を産めばその化物は寿命の長い子供へと移動し器としての役目を終えた親の中から消え失せるのだ。
この化物は親から子へと受け継がれ、子孫が途絶えなければこの化物は消えないのだと何度も教えられた。
刹那の名の由来にはもう一つ意味があった。それは子孫が彼女の時代で終わって欲しいと言う願い。まぁ、先程の言葉と非常に似ているのだが。
彼女が死ねばそこで全てが白紙に戻る。だから彼女は幼き頃から言われ続けた。無知な子供が周りから憎悪の眼で見られ続けココまで良く理性を保てたと言うのが実に不思議だった。『死ね』『消えろ』悪意に満ちた言葉を言われ続けて心が壊れない者は極希だ。
大人達の汚い見にくい心の言霊は刹那の心の中に深く、深く根付いた。だから刹那は幼き頃にそう言って来た彼等に向かって純粋な尚且つ、真っ直ぐな笑顔でこう告げたのだった。
『それじゃあ妖魔師になるよ! そうしたら私、死ねるよね!』
五歳ぐらいの時だっただろうか?無邪気な笑顔の下にはなにも無い真っ白な子供だ。大人達は後悔する事無く、彼女に笑いかけて「そうだ、それがいい。そうしなさい」と言葉を投げかけた。
そうして刹那は醜き大人達の欲に満ちた願いを叶えようとしているのだ。叶えなくてもいい、命の尊さを知らない彼等の願いを…。
けれども、彼等の誤算は刹那の考えだった。刹那は死んでもいいと思っているのだが、でもどうせ殺されるんだったら強い奴に殺されたい。自殺なんでしょうもないマネしたくないとの事だった。
故に刹那は強い敵を求め、そしてソイツと真剣に戦って死のうとしている。
妖魔にも位と言う物があり、刹那が最初に戦った位はC。 二三ケ月前はCランク相手にも苦戦していたと言うのに今ではあっさりと倒してしまうほど実力を身に着けたのだった。
知識、戦い方などの情報を貪欲なまでに底なしスポンジの様に吸収する彼女の姿はまさに天晴と言う訳である訳だ。故に彼女は未だに一度も死んでいない。
刹那の家庭の家業は代々妖魔師となっていた。妖魔師とは人に害する妖魔を斬ると言う職業であり、平安時代などで活躍したとされる陰陽師と同じような仕事とも言っていい。戦い方は全く持って違うのだが、職業柄同じような物とも言えた。
政府の仕事を全うし、多額の報酬を得ると言う仕事であり、歳などの制限は一切ない為表の人間からすれば考えられないほどの金を一日で稼ぐことが出来る。全うな方法で。
しかし、一歩間違えれば死ぬと言う危険が発生する。 死のリスクと報酬の量と自分の力量を計りに乗せ、そして釣り合った所で依頼を受け、無事に依頼を成功させれば多額の報酬を得る事が出来ると言う訳だ。
刹那にとってお大人達にとってもとてもいい仕事ではあった。彼女がそれをやると言った時はとても嬉しかったに違いない。
例え妖魔を飼っていたとしても運が良ければ彼女はすぐに死ぬ。大人達は大いに頷きそして笑顔で何度も何度も嬉しそうに「よろしく頼む」と歪んだ笑顔で告げた。
そして彼女、刹那の強い者探しはそこから始まった。 武器を手に持ち、敵を斬り倒し、そしてあの人に慣れなかったとされる妖魔を飼い殺した。
何をしたかは一切不明だが、後ある日を境に彼女はその黒い黒い妖魔に名を与えたのだ。ただ単に子供だったからか、名が無いのは不便だと考えたのだろう。
そしてその妖魔に与えられた名は『アクラ』意味何て無い。ただ単に、思いついたから付けた名だった。しかし、間違いも無く刹那がアクラに与えた名前でもあった…。
アクラは案外その名前を気に入っていると言う。元々と言うか、大体は化物などと言われてきたその身だ。名前らしい名が貰えた事は喜ばしかった為かアクラは普通の奴等よりかは刹那に好意を抱いていた。
そしてアクラは彼女をずっと見てきた為に思えた事があった。彼女の名の由来について。 与えた親――自分の元主人だった彼女はとても最低な親だと思った。自分の子供に死ねと言う名を与えた親は最低だと思った。
根源が自分だと言う事を知っている為、何も言えない何も言い返す事が出来ない事が非常に腹立たしくて一時期は刹那に申し訳なく思い頭を上げれなかった時期もあった。
死と隣り合わせの家業を継いだ刹那…。
死を望み、望まれ、望まれない彼女の命は――実に、儚くなど無い極めて大きな光となるだろう…。
死んで欲しくないと願う一匹の化物の願い―――…そんな事を願ってはいけないと思いつつも願う化物…。その理由は――ささやかな、礼のつもりだろうか……?