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Moment Disappear -モーメント ディスピアー-  作者: 林崎 ゆみ
【人魚】
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027  お客様と侵入者

 



 アルフの冷たい声が綺麗に波紋の様に響き渡る。

 浮かび上がる水の玉が浮遊し、その光景が彼女を人では無いと証明した。



「どう殺そう?やっぱり、窒息死?」



 そしたら血も出ないし―苦しんで死んでくれるよね?と笑うアルフ。

 彼女から見れば人とは親友を死に追い詰めた張本人。死を決めたのは彼女自身であったとしても、その決断をさせた人を赦す事など出来ないのだ。

 妖艶に口元に手を当て、彼女は腰が抜けて立てない妖魔師(にんげん)に近づき、顎の下を細い指でなぞる様に一度だけ撫でた。



「どう殺そう?殺す価値は―無いけど、でも、ダメ」



 語尾にハートが突きそうなほど、ねっとりとした言葉を放つアルフ。

 目の前に居る者は怯えた様な声しか出せず、目尻にはもう涙が溜まっていた。


 刹那の間。


 アルフに向かって〈鬼火〉(おにび)が飛んで来た。

 人魚にとって最も恐れられるのは皮膚が乾燥する“火”である。“雷”も恐れられているが、それは防御の仕様が無いからである。だが、相手は殺す気が無いと言う訳で雷を使う者は居ないと考えていいだろう。

 防御や攻撃などに使う水は雷により分解されてしまうが、しかし、雷と言う物は火よりも貴重な物だ。妖魔師が契約している〈契約妖魔〉(けいやくようま)以外は放つ事は出来ず、〈契約妖魔〉の使い手は滅多に見ない為、事実上アルフが警戒しなければならないのは火だけであった。



(あの〈鬼火〉は〈火精霊〉(サラマンダー)を使ったのね…。けど、場所が感知できない…恐らく〈土精霊〉(ノーム)の力も使ってる…。かなり、厄介な敵ね…全部此奴等みたいに馬鹿だったら良かったのに)



 軽く舌打ちを打ち、アルフは少しだけ考える。

 〈土精霊〉(ノーム)を使っているのであれば、此方の居場所はすぐに察知される。奇襲を仕掛ける事は出来ない。むやみに敵に近づこうものならば〈火精霊〉(サラマンダー)の〈鬼火〉などと言った火を使った攻撃が飛んでくる。どうすればいいのか…。



(だったら…!)



 思いついたアルフの行動は早かった。

 手の平に水を集約させ、丸い円盤の様な物を作り出す。高速で回転する円盤上の水はかすっただけでも致命傷になりかねないほどの切れ味を誇っている様にも見えた。

 水はその気になれば金属でさえも斬れる。アルフの生み出したこの水であれば人間を切り裂く事など容易であろう。



「あぶり出してやるわ…!」



 敵を殺す。

 それだけが、彼女の頭の中に残っていた。

 我を忘れる様に目の前が狂気の色に染まり始めた。今はまだ自我を保っているが、何かあればすぐに崩れる、脆い物でもあった。



「はぁああっ!」

「きっ、来たぞ!」



 森を切り裂くように円盤状の水を投げたアルフ。木々には申し訳ないが、戦闘では邪魔である為、斬らせて頂く。思った通り、アルフが投げた場所の先には人間が居り、負傷などはしていない物の、場所は発見できた。

 傍には手の平サイズの〈火精霊〉(サラマンダー)が浮かんでおり、炎の塊である為に姿は捉える事は出来なかった。



「じゃあね」



 何でそんな事を告げたのか、アルフにも分からなかった。

 その言葉を放った瞬間に森が赤色で穢れ、ごろりと音を立てて生暖かい亡骸が地面に倒れる。それに基づいて〈火精霊〉(サラマンダー)が姿を消した。



「後で、落とさないと―…」



 赤色が付着した木に触れる。ざわりと髪が軽く揺れ、アルフは少しだけ顔をしかめた。

 何故こんなにも弱い者達に、水を使えば簡単に殺せる相手に、あの時の自分は何故敗けたのだろうか。闘えば、殺せば、ヴァイス(かのじょ)死なな(いなくならな)かったのに。



「不思議だわ…」



 ぽつりと呟いたアルフ。

 あの時の自分の心境が今になって理解できない。

 あの時の金色は自分のハズなのに、あの時の自分の意思が読み取れなくなっていた。

 不意に音を立てて茂みが揺れる。その先を見て、アルフの顔から感情が消え、真顔になる。声は一言も放たず、相手からの言葉を待っている様にさえ見えた。



「――――何してんだよ」



 焦りの色を浮かべて此方を見て来る人間。

 あの無表情に近い女の妖魔師と共に来た、まだ幼い面影を残したもう一人の妖魔師がそこには立っていた。

 その人間…妖魔師を見て、アルフは募りに募っていたイラツキを全て彼にぶつける様に吐き捨てた。



「昔、妖魔師(アンタたち)にやられた事と同じような事をやったダケ。復讐をしていたのよ、私の親友を死に追い詰めた奴等を同じように殺しただけよ」



 言い訳をするようにアルフは吐き捨てる。

 綺麗な声は濁っており、ネコは戸惑う様に一歩引いた。



「なんで、笑ってるんだよ…」



 その言葉を聞いて、アルフは思わず自分の口元に触れた。

 口元に触れれば、不格好ながらに自分の口元は三日月を描いた様に不思議なほど不気味に吊り上がっていた。そんな自分の顔を見て、アルフはそのまま笑った。



「『笑う』と言う行為は本来は攻撃的な物であり、獣が牙をむく原点である」



 不意に口を開いたアルフ。

 ネコは不思議そうな顔をしてそれを見つめ、聞いた。



「この言葉、貴方は知ってる?私もライに聞いて知ったの」



 不格好な笑みのまま、笑いかけて来るアルフ。

 ネコの中で、笑顔と言うのは相手を安心させる為の、喜怒哀楽の『楽』を表現する為の手段だと思っていた。だが、今の『笑顔』は何だ…これは―――…。



「『怒』だ……」



 喜怒哀楽の怒の部分。

 ネコは瞬時にアルフから怒りを読み取った。何故アルフがこの様な行為を笑顔で行うのか。何故妖魔師を殺した事で復讐をしていると言ったのか、大凡の見当はつくが、詳しい事をネコは知らない。

 だが、何となく、感情は理解できる。人を殺すのは悲しい。命を消すのは悲しい。だが、それを押さえつける様に上回るのが、アルフの中に在るヴァイスを殺された時に発生した憎しみの感情である。言い返れば―――怒り。



「だから私も笑っているかもしれないわ。親友を殺されて―ひっそりと暮らしているつもりだったのだけど――…どうも、彼等は私を殺したくて仕方がないみたい」



 肩を竦めて告げるアルフ。

 そんな時、ネコの耳に何かが届いた。



 ―――…ねが……………て…




 聞えた声は何らかの言葉を放っていたが、聞きとれず、不思議な文字だけを残した。思わずネコは己の耳を押さえ、小さく「ぇ…?」と声を出した。



「殺したくて仕方がない。もっと言うなら―貴方も殺したくて、仕方がない」



 ゆっくりと差し出された手。

 まだまだ距離があるハズなのに、ネコは瞬間的に地面を思いっきり蹴り、後退した。そんなネコを見て、アルフは噴き出す。



「ぷ、あっはっはっはっはっはっはっは!馬っ鹿じゃないの!?」



 目尻に涙を溜め、お腹を抱えて大笑いするアルフ。

 先程の怒りの感情を一切感じさせない笑みであった。



「私が貴方を殺すハズ無いじゃない。貴方は()()()。彼等は()()()。貴方はライが招いたお客様だから―殺さないわ」



 にんまりと笑うアルフにネコは思わず、冷や汗を流した。

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