025 団体様
「その後、アルフは縁あって日本に渡ったそうです。これが彼女の私が知る限りの過去です。刹那さん」
重た苦しくのしかかる空気。そんな空気の中で、刹那は静かに真っ直ぐとライを見、口を開いた。
「それはそれは、さぞ、〈妖魔師〉を怨んでいる事でしょう。アルフさんは」
まるで他人事の様に告げる刹那。しかし、これが刹那の優しさだ。そんな事を知ってか、ライは静かにまた、口を開く。
「アルフはそんな事は一度も口にした事はありませんよ。彼女が願うのは自分の生。あの娘は死ぬ事を怖れるんです。約束の為に」
約束。それは、話しの中であった最愛の友との最期の最期に交わされた約束と言えるかどうかも分からぬタダの願い。
「生きて、か……。随分とスゴイ願いを残したモノね」
少し上を見上げて告げる刹那。確かに思い出せばアルフの首に目視しにくい何かが下がっていたことが思い出される。しかし、本当に目視しにくく、そして何も感じなかった為に刹那は何も触れなかったのだ。
「私はもう長くない。だから、貴方にお願いします。刹那さん」
「貴方は知っているでしょう?私が求める物は―――…」
「それは貴方の死、それでも構いません」
親友の死を目の前で見、その後もしかしたら主人となる刹那の死を目の前で見る。それがどんなに辛い事か、それを知っても尚、ライは願った。
「貴方は死なない。だから、大丈夫です。」
にっこり。と華が咲いた様に笑うライ。その言葉にどんな真意があるかどうかは不明だが、その自信たっぷりの言葉に刹那は疑問の意を隠せずに居た。
「アルフを引っ張って欲しいの。アルフが見てきた世界は確かにこの世界の一部よ。だけど、それは世界だけれどたったの一部。しかも、暗い闇の世界だけ。それじゃああの娘が可哀想よ。だから引っ張りだすの、光の世界も見せて上げて欲しい。世界はこんなに美しいんだって、楽しいんだって、教えてあげて欲しいの」
また、笑うライ。しかし刹那はその言葉に若干…かなり戸惑っていた。それが依頼の真意ならば受けなければならない。しかし、それを必ずしも遂行できると言う保証が何処にもない。
何故なら、刹那も…この世界に対して良い感情を抱いていないからだ。
「それは、難しいかと…」
「………分かってる。けど、貴方にお願いしたい」
そこで退路は断たれた。適任なのは刹那なんかよりも光に接触しているネコだろう。しかし、彼女は刹那がいいと告げた。子供の頃から大人達の闇に囲まれて育った刹那。学校の中で多少の光に触れる事はあっても、それが楽しいとは感じない。むしろ、こういう場所だから仕方がない。と言う風に受け止めている。こういう現象なのだと、受け止めていた。だから、彼女の願いを叶える事は不可能に等しい。
《いいんじゃないか?刹那》
「!」
そんな時、ずっと黙っていたアクラが口を開く。その口調から、何時もは感じられにくいお茶目な遊び心が見えた。
《お前が変わればいいだけの話だ。何も問題は無い》
確かにその通りだ。無理な依頼がどうしても自分の元に来た場合、残された手段はタダ一つ。それは、その依頼に適応するのだ。自分が相手に合わせる。それしか方法は無かった。
「連れて行けるかどうかも分かりません。そして、貴方の願いに応えれるかもわかりません。ですが―――…やってみましょう」
刹那のその回答に、ライは嬉しそうな笑みをまたパァッ!と浮かべる。
「ありがとう、刹那さん」
本当に綺麗な笑顔だ。その笑顔を何に例えようか?もしも、例えるモノがあるのなればそれは〈華〉だ。全ての物を受け入れ、魅了する華。彼女にはそれが相応しいと刹那は思った。
「そろそろ移動しましょうか」
「え……?」
不意に放たれる刹那の言葉。戸惑う様に、ライは聞き返した。すると、刹那は釣られたように笑った。
「敵が来るんですよ。理由は、明白ですが」
その言葉を聞いてライは顔を歪ませた。刹那の告げている言葉の真意を理解した為であろう。刹那は小さく笑み、静かにビャクの帰りを待った。例え敵が来ると分かっていても情報が無ければ何も始まらない。情報を待ってから動いても間に合うと、刹那は確信していたからだ。
◆ ◆ ◆
息を切らし、ネコは走った。敷地内は膨大な森の様になっており、気配を消せば身を隠しやすくさえなる場所だ。そして、ネコは感じ取っていた。もうすぐ、巨大な敵が来ると。妖魔師になって日が浅いネコでさえ、感じ取れるほどにその敵は気配を垂れ流しにしていた。
「っ」
急いで自分の親指の皮膚をはがし、血を流す。そしてその血を地面につけ、言霊を放つ。
「主よ、妖魔師は人の為に在り!」
これはミズキを呼ぶ為の言葉。しかし、本当に〈妖魔師〉と言うモノは人の為になっているのだろうか?と疑問に思ったのはつい最近の話だ。〈妖魔師〉は一般人の為に命のやり取りをしている。その代りに守ってくれたお礼として、彼等は多額の報酬を〈妖魔師〉に送る。完結に言えば御恩と奉公の関係にあると言えた。しかし、その関係性が危ういのだ。
(何で刹那は闘ってんのに怨まれるんだろ?)
それが不思議だった。確かに彼女の体内には恐るべき妖魔、古代の遺産と言える犬神が封印されている。しかし、彼女に実際会ってみれば別に怖いモノでは無い。むしろ、噂に尾鰭などが付き過ぎているのだ。実力も確かで顔も結構イイ。のに、何故か怖がられる。性格も確かにキツイが、それは自分に対しても厳しいと言う事。常に高みを目指すのだから、〈妖魔師〉の鏡とも言える存在だ。それなのにどうしてあそこまで存在を否定されるのか、ネコには分からなかった。
血により描かれる術式。その中央には尻尾が二股に裂けた猫、命名ミズキが居た。大きな黒い瞳は可愛らしいのだが、放たれる言葉が似合わない。
《生、我に何の用だ?》
出て来ての第一声がこれだ。自分を呼んだ際は何の要件なのかは大方見当が付くハズなのに、ミズキは一体何事か?と言う様な眼をネコに向けるのであった。
「何かもー少しで団体さんが来るみたいだから読んどいた」
《普通、妖魔師ならば戦闘時のみの召喚になると思うが…》
妖魔を使役する場合、その時に必要な強大な精神力だ。精神力が弱ければ妖魔を使役する事は不可能とも言われている。刹那の様な特殊な封印が無い限り、精神力と言うのは必要不可欠となっている。
「嫌、俺さ、自慢じゃないけどほら、メチャクチャな精神力だけはあるだろ?」
《確かにそうだな。お前の場合、知能の代わりに精神力がデカくなったような感じだ。馬鹿みたいな精神力があればこの状態ではあるが、我でも五時間は持つしな》
褒められているのだろうが、全く持って褒められた気がしなかったネコ。顔をひきつらせながらも、ミズキの話を聞いている。
《にしても、生。何故貴様は中てられているのだ?》
「は?何言ってんの?ミズキ」
ミズキの突然的な言葉に不思議そうに首を傾げるネコ。意味が分からないとその顔が本気で告げていた為、ミズキは多少蟀谷に怒りマークを浮かべながらも訴える。
「妖気に当てられているのだ!すぐに祓って貰え!本来なら自分で祓う所だがお前の清め方では駄目だ、あの女の妖魔師の所へ向かえ!」
「嫌、だから俺はそんなのに中てられてなんか…」
呆れた様にミズキを宥めようとするネコ。しかし、ミズキは何を言おうが全く聞く耳を持たない。
「行け、速く!手遅れになるぞ!」
何をそんなに怯えているのか。何に対してそんなに警戒しているのかが分からない。妖気に中てられたことは一度も無いが、体に何の異変も無いのだ。そんな時に中てられていると言われてもピンと来ない。
「分かった、分かったって…」
しかし、このままミズキの訴えを聞き流せるほどネコの耳が優れていない。呆れた様に息を付き、よろよろと方向を変える。本来ならば団体様を迎えに往きたかったのだが、無理な様だ。ミズキが急かす様に戦闘を小走りする。そんな様子を見ながらも、ネコは名残惜しそうに背を後ろを見た。
ダダ漏れの戦意。数の暴力でもする気か。と思うほど、数は多いのだがそれでもかなり弱い。未熟なネコ以下と言えるぐらい、弱いのだ。あの程度ならば大丈夫だろう。刹那も居るのだ。問題ない。
何処かでそう、自分達の力を過信していた。
◇ ◇ ◇
「人間の気配…。しかも、かなり多い。そして、隠す気が無い。けれど、一般人じゃ無い」
屋敷の森の中の一部、その木の上でアルフは団体様の気配を感じていた。ぶわりと妖気が滲み出し、アルフの姿を少し変える。
「この奥にはライが所有する土地しかない。つまり、奴等は妖魔師…」
ライが依頼したのは刹那と言う小娘の妖魔師だった。あの娘は体内に何かを飼っている様だが、ちゃんと鎖で繋がれていた為何かを告げようとは思わなかった。
「狙いは私…ついに、バレたんだ…」
いいや、もしかしたら今までバレなかった事が奇跡。妖魔師の情報力を持ってすればこんな一軒家に隠れ住んでいる自分の情報など簡単に探し当てる事が出来るだろう。
「血が流れる…ねぇ、ヴァイス…。私、怖いよ…」
思い浮かぶのは親友の姿。最後に笑って、生きろと告げた親友の姿。一緒に生きたかった。一緒に、生きて行きたかった。けれど、あの状況ならば遅かれ早かれ何方かが亡くなっていた。ならば、案外ヴァイスの取った行動は何方かを生かす為には良かった事なのだ。例え残された者がどんなに辛い思いをしようが。
胸から垂れ下がるヴァイスの妖力の欠片。真珠の様に美しいのが特徴的な、真っ白な髪と瞳を持つ、彼女の純粋な妖力。
「怖いの、ヴァイス…私は…」
また、大切な人を失うのではないかと。自分が関わったせいで失われてしまうちっぽけな命。ヴァイスは自分の命よりもアルフの未来を願った。
「ライを失うかもしれない。この戦いで、また、大切な人を失うかもしれない。それが、怖いの…」
ポタポタと思い出して涙が流れる。戦いは嫌いだ。例え護る為の戦いでも。必ずと言っていいほど、血を流す。ライは人間だ。遅かれ早かれ、居なくなる。だが、それでも構わない。延命させる。延命させ続ければ、イイだけの話だ。
「ヴァイス、私。もう二度と、眼の前で誰かが死ぬのを見たくないの。だから、見てて…私の、戦いを…」
〈妖魔の狩猟家〉に捕えられた時、眼の前で消えて行った親友。彼女は等価交換により、何もせずに人間に化ける事が出来ると言う能力をアルフに追加した。その代償として自らの持つ全てを闇に渡した。
「もう二度と、壊させない。今が、私の大切な日常…」
明日もライと笑い続けるのだ。明後日もライと紅茶を飲んで、笑って過ごすのだ。次の日も、また、次の日も。笑って幸せな日々を過ごすのだ。
「壊させない」
アルフが静かにそう告げた時、彼女から妖気が放たれる。そして、この屋敷一体の湿度が上がった。




