022 一時の至福
昔々、深海が人魚の楽園だった頃。一人の美しい声を持つ人魚が優雅に泳ぎ、時々海へ上がれば漁に出た漁師たちをその美しい唄声で少しだけ、からかうのだ。
今日も満足げに漁師たちをからかって満足したその人魚は、海の中を悠々と泳いでいた。
「嗚呼、何て面白いの……!」
蜂蜜を塗り込んだような美しい黄金色の髪を持つ珍しい人魚は一人、海底で叫んだ。周りには魚ぐらいしかいないのだが、それでも彼女を待つ者が居る。知っているその人魚はとある人魚の元へ急いで泳いだ。
◇ ◇ ◇
「今日は何の話を聞かせてくれるの? 金色」
水音を聞いて、不意に顔を上げたのは眼を瞑っている人魚。たっぷりとした真っ白な白髪を持ち、下半身は魚の様な鱗でおおわれているのだが、その鱗も多少他の人魚よりも薄い青色をしていると言えた。
「聞いて、ヴァイス。 今日はねぇ…」
金色、と呼ばれた人魚は嬉しそうに笑みを浮かべ、ヴァイスと呼んだ白い人魚の手をゆるりと取った。
「今日はねぇ―…」
笑みを浮かべて喋り出したのは蜂蜜を塗り込んだような髪を持つ人魚…。彼女には本当の名前が無い。その為あだ名として、金色と呼ばれているのである。そして彼女は人魚の中でも断トツと言っていいほど美しい声を持ち、そして妖魔には欠かせないとも言える強い妖力さえも持ち合わせていた。
対するヴァイスと言う白い髪を持つ人魚。彼女は生まれつき盲目であるが故、眼を開けていても何も映さぬ白い瞳を持っている。ヴァイスと言うのはドイツ語で「白」と言う意味を持ち、姉様方がそこから名前を取りつけたのだ。
金色の言葉を嬉しそうに小さく相槌を打ちながらも頷いてしっかりと聞くヴァイス。盲目の彼女は一応姉様方に可愛がられてはいるのだが、地上の事はあまり教えて貰えない為、唯一と言っていいほど詳しく教えてくれる金色がヴァイスは大好きだった。それに彼女の姿は見た事が無くとも、その優しい声と姉様方の噂と彼女の話し方などで想像ではあるがヴァイスは金色を想像し、美しい人魚だと言う風に思っている。実際そうであるのだろうが。
金色は海上に上がる度に盲目なヴァイスに海上でやった事を話すのだ。大概は金色の自己満足にすぎないのだがそれでもヴァイスからすればあまり聞く事が出来ない話しはとても面白かった。今日はどんな風にして人を驚かせたのか、唄で漁師たちをからかいその反応を面白がる金色。多少可哀想に思ったヴァイスであるのだが、それでもヴァイスは何も言わずに聞く。
「それでね、急な話なんだけど―――…明日、ヴァイスは予定がある?」
「ぇ? な、無いけど… 急にどうしたの? 金色」
その言葉を聞いて嬉しそうに笑みを浮かべた金色は嬉しそうにヴァイスの手を取った。
「姉様方にお願いしていたの、前からずっと。 ヴァイスと一日だけでいいから海上の音を聞かせてやりたいって。 そして、ついにお許しが出たのよ! 明日の深夜だけなら海も多少は穏やかだし月明かりがあるから誰かが来てもすぐ分かるからって。 ねぇ、往きましょうヴァイス! 貴方に音でいいから聞かせてやりたいの。 本物の世界を!」
大きく手を取って声を張り上げた金色。ココはあまり人魚が来ない場所とはいえ、かなり大きな声だった。ヴァイスは金色の大きな声には慣れている為、何も言わないのだが興奮した金色の声の大きさと言えば半端ない。
しかし、ヴァイスは嬉しかった。自分を気にかけてくれる人魚は多くいるが、ココまで積極的にヴァイスに会いに来る物好きとも言える人魚はヴァイスは金色しか知らないのだ。
金色は自分の話を真剣に聞いてくれる人魚を求めていた為、お互いにいい話し相手と聞き相手と言う奴が見つかり二人は親友と言えるぐらい仲良くなった。人魚にも男と女が居る。ヴァイスは男の声を聞いた事は無い。
何故ならばこの都は女の人魚専用とも言える所であるからだ。男は入って来る時には大騒ぎになり皆家の中に隠れてしまう事だってあるのだ。そんな事からか、男の人魚と出会う為には中立の都。大体暖流と寒流が混ざり合う場所に向かえばいいのだ。因みに女の人魚は冷たい水を好み、男の人魚は温かい水を好むと言う変な修正があったりもする。
一度中立に出た事のある金色にはかなり求婚者が多いだろうに。毎日迷惑手紙が金色の家のポストを埋め尽くしているのを噂で知っているヴァイス。しかし、金色は疲れた様子一つ無く、毎日の様に何千メートルもある海を泳ぎ、会場に出、自分の思った事や外で変わっている事。自分の色々な知識、思った事などをヴァイスに伝えに来るのだ。
ヴァイスとて、金色の話はとても嬉しかった。しかし、彼女からすればとても恐れている事が立った一つだけあったのだ。
「でも金色…。 私なんかが往ったら… もし、もしも何だけど…〈妖魔の狩猟家〉に見つかったらどうするの? 人間の世界じゃ、私達は食べられちゃうんでしょ? もしも見つかって捕えられたら… って考えると私は怖い。 でも、もっと怖いのは私を庇って金色が捕まる事。 金色一人なら逃げられると思うわ、でも眼が見えない…盲目な私が往っても足手纏いになるだけだわ!」
ヴァイスの不安はソコだった。〈妖魔の狩猟家〉は妖魔の天敵とも言える存在だ。〈妖魔師〉にも昔は色々な呼び方があり、今では〈妖魔師〉とまとまった呼び方をする物の、昔は〈妖魔の狩猟家〉などと呼ばれたりもしていたのだ。
己の身を守る様に身を小さくし、声を震わせたヴァイス。彼女は盲目である故に他の人魚よりも断トツと言っていいほどとても力が弱い。その代り、海流などを感じ取る事には長けているのだが、戦う事となれば彼女ほど足手纏いになる人魚は存在しないとも言えた。
「大丈夫よ! 貴方を逃がして私が囮になるわ、私が人魚の中で一っ番力が強いのよ? 人間なんて群れを成しているから恐いだけ、海の中じゃ人魚は最強なんだから。 人間なんて何時も通り、欺いてやるわ!」
綺麗な笑顔を浮かべてそう告げた金色。その言葉に押されてか、ヴァイスは戸惑いながらも小さく、一回だけ頷いた。しかし、頷いた事には変わりは無い為、金色は嬉しそうに笑みを浮かべ、ヴァイスの体を思いっきり抱きしめた後、話して手を待た握る。
「決まりね! それじゃあ明晩、ココに集合よ! 時間は何時もと同じ、遅れないでよ? ヴァイス!」
「う、うん。 分かったよ金色」
ヴァイスは少しだけ俯いて頷いた。初めて聞く音などを想像すれば好奇心旺盛とも言える彼女は抑えきれないだろう。半、強制的ではあるが頷いてくれた事に嬉しそうに満面の笑みを浮かべた金色。ヴァイスと別れ、そのまま家に向かう為に何時もの様に尾鰭を大きく動かした。
◇ ◇ ◇
明晩。
ヴァイスは時間通りに毎日の様に金色と会話をしている場所… 桃色の珊瑚礁に来ていた。人魚が乗っても頑丈で折れない珊瑚の上に軽く座ったヴァイスは辺りを見渡した。
しかし、見渡しても金色らしき音は聞えない。人魚にもその者特有の泳ぎ方がある。その為、ヴァイスは一度会った人物ならばその泳ぎ方一つで本人かどうか聞き分ける事が出来るのだ。盲目故に昔からずっと音を頼りに辺りを感知していたのだ。そんな時、耳の裏に水をかく音が聞こえた。そしてヴァイスはその音を知っており、心待ちにしていたのだ。
「金色!」
叫ぶように音のする方へ泳げば肌と肌が触れ合う感触があった。その温かさを感じたヴァイスは小さく笑みを浮かべる。
「ごめん、ヴァイス。 少し遅れちゃった… 待った?」
「うんん。 待ってない。 私が少し早く来過ぎただけだから…」
金色の言葉にヴァイスは首を横に振った。本当に早く来ていた事は事実であるし、金色が恐らく姉様方に足止めされていたことが大体想像できるからヴァイスは怒る事は無かった。
「初めての外だもんね。 待ちきれないのはヴァイスも同じか…。 例え音だけだとしても抑えきれない物って… あるでしょ?」
本当に金色は人の感情を読み取るのに長けている。相手の表情、声の出し方などで全てを視ている様でちょっと怖い。けれど、それが金色のいい所だと認識しているヴァイスは素直に頷いた。
「うん、金色が何時も話してくれている音を聞けるなんて… 嬉しくたまらない!」
ニッコリと満面の笑みを浮かべたヴァイス。そんなヴァイスを金色はまじまじと見つめた。普段の彼女とは違い、今の彼女はとても感情をあらわにしている。ヴァイスは他人に迷惑をかけるのが嫌いでかなり大人しい、控えめな娘だったのだ。しかし、今の彼女はそんな想像を簡単に覆している。控えめに笑っている様にも見えるだろうが、ずっと一緒に居る金色ならば一目で理解できる。これは、ヴァイスが今、精一杯出す事が出来る満面の笑みなのだと。
思わずにやけてしまう顔を抑える為に金色は己の唇を軽く噛んだ。ヴァイスが盲目と知ってはいるのだが、何故かにやけている顔を盲目の相手とはいえ見られたくはないのだ。
「さ、行こうか。 ヴァイス!」
「うん!」
ゆるりとヴァイスの手を引いて泳ぎ出した金色。ヴァイスが道に迷わぬように、優しく引いて行く。
今夜限りの初めての冒険。 ヴァイスにとっては、最初で最後とも言える。 親友との冒険だった…。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、金色。 これはなぁに?」
海底から上がってまだ十分も経っていないと言うのに、ヴァイスは辺りの音に夢中になっていた。なんなら海中だけなら毎日の様に探検させて貰えるように姉様方に頼もうかな?なんて金色が小さく思って可愛らしく眼を輝かせているヴァイスを見て静かに彼女の手を引く。
「待って、ヴァイス。 今は上に往かなきゃ、急がないと朝になって何にも聞けなくなっちゃうわよ?」
意地悪くそう言えば、ヴァイスは慌てて持っていた貝殻を地面に優しく置いた。そして慌てて金色の手をギュッと掴む。
「ごめんなさい、金色。 そうね、先に上に往かないと… 探検は帰り道にするわ」
慌てた様に告げるヴァイスを見て金色はクスッと笑った。多少虐めすぎたかもしれない。しかし、金色が言っている事も事実である為、今更彼女が謝る気も無い。本来ならば金色もゆっくりと色々な音を聞かせてやりたいのだが、今は時間制限がある。タイムリミットは刻々と迫っている中でヴァイスの好奇心に全て答えていては朝になってしまう。姉様方との約束は夜の時間だけ、守らなければ次のおねだりを聞いて貰えなくなってしまう。そんな事もあって金色はヴァイスを虐める様な発言をしたのである。
「往きましょう、金色。 せっかく貴方が姉様方に頼んでくれたんですもの。 一緒に聞いて、一緒に帰りましょう」
「そうね。 さ、往きましょう。 ヴァイス」
ヴァイスの言葉にゆっくりと頷いた金色。細く白い手をゆっくりと引き、金色はヴァイスと共に海面に向かって多少急いで泳ぎ始めた。
◇ ◇ ◇
「ぷはっ! ほら、聞いてヴァイス。 これが人間の世界の音よ!」
「わぁ……!」
本来ならば船の音なんかも聞かせてやりたいのだが、今はそれは無理な話だ。しかし、ヴァイスは嬉しそうに顔を一掃に輝かせて耳を澄ませた。ヴァイスが満足するまで、金色は口を閉ざす事とした。静かに眼を閉じ、何時も聞いている音を更に敏感に聞く。
(人間が来たら… 逃げなきゃ……)
頭の中にあるのはその責任感。盲目なヴァイスを責任を持って都に返す為に、金色は辺りを警戒しているのだ。元々夜に海に出る人間なんて滅多に居ない。人間はあまり夜目が効かない為、視界のいい昼間何かに漁に出るのだ。だから金色も人間は来ないと思っているが、やはり警戒は怠る気は更々無かった。
「初めての音、初めての……!」
耳を澄ませて歓喜の声を上げるヴァイス。そんなに声を上げたら気来なくなるのにね、と思いつつも何も言わない金色。そんな言葉でヴァイスの喜びを妨げるなんて事はしたくなかった。言ってしまえばヴァイスは絶対それを気にかけ、音何てあまり聞こうとはしないからだ。
暗い夜空に浮かび上がる大きな銀色の満月はヴァイスの白髪を美しく白銀に染め上げる。白髪と白銀との違いは光っているか否かで判断している金色。今のヴァイスの髪は人魚の中で最も綺麗だと謳われる金色の髪と同等、見方を変えればそれ以上に美しい髪と言えた。
(満月の夜で正解かも。 ヴァイスの髪って… 月明かりでこんなにも綺麗になるなんて……)
小さな笑みを浮かべて金色は静かに眼をその髪に落とした。白銀のそのキラキラと月光により反射する髪を見せれば男達はその髪に惚れ込むだろうと言えた。
「ヴァイス」
思わず名を呼んでしまった金色。しかし、ヴァイスは嬉しそうに此方を振り向き首を小さく傾げた。そんなヴァイスに対して、金色は口を開きかけた時、何処からか鳴ってはならない音が響いた。
ボォ―――っと響くのは恐らく最新の船を出す汽笛の音。その音を聞いた瞬間、金色の顔色は真っ白に変わった。
「ヴァイス! 急いで!」
「えっ なんなの!?」
いきなり手を掴み取りあえず岩陰に隠れようとする金色。ヴァイスは戸惑いながらもその手に答え体を動かし従ってはくれるが戸惑っている為か多少泳ぎが遅い。
「人間よ! 近くに来るわ、まさかこんな夜更けに来るなんて……! 急いでヴァイス、逃げなきゃ!」
「え、で、でも……!」
戸惑うヴァイス。逃げると言う事はもう海面には上がれないと言う事。それを知っているヴァイスはやはりまだこの場に居たいと言う思いもあるのだろう。しかし、金色はそれを許す訳にはいかない。
「貴方の気持ちは良く分かっているつもりよ! でも、もしも捕まったら……」
捕まればもう話しさえも聞けない。人間の玩具に成り下がる生活を送らなければならないかもしれない。下手すれば殺され喰われるかもしれない。
一方で金色はまた別の事を考えていた。少し危険も伴うのだがもう少しだけ時間を延長できる方法があると知っている。しかし一方でそれは大きな賭け。失敗すれば力の強い金色ならばともかく一番弱いとまで言われるヴァイスの命に関わる。やはりあまり得策では無いと頭の中で結論が言い渡される。
普通の人間ならば問題は無い。しかし、金色が最も恐れているのはここらへんであまり見かけない、風の噂で少し耳にした話。想像でしか無く、ヴァイスにとって何でも知っている金色でさえ、知らない存在。〈妖魔の狩猟家〉《モンスターハンター》との接触、遭遇である。
何故そんな小さな事を怖れているのかと言えば、彼等は〈四精霊〉を式下に置く事が出来るからだ。普通の人間とは違い、特別な力を持った人間。それが妖魔の中では〈妖魔の狩猟家〉と呼ばれているのである。
(ここらへんであんな汽笛が鳴る船なんて無い。 きっと…いいえ、必ずと言っていいほどあれは〈妖魔の狩猟家〉のモノだわ… 捕まったら食べられるかもしれない…)
人魚は陸上では戦闘力が無い。それは唄と水を操る種族だと認識されているからだ。水は陸上ではあまり無く、水蒸気を集めて攻撃しなければならない。海では無敵と謳われてはいるものの、〈水精霊〉が相手となれば話は別。数に物を言わせて襲い掛かって来るに違いない。
そして、捕まった事を考えると身の毛がよだった。皆噂だ、人間に捕まって帰って来た人魚何て居ない。だからみんな誰かが流した噂なのだ。しかし、その噂は根拠が無い。だが、恐ろしい事に変わりは無いのだ。
「ヴァイス、取りあえず隠れましょう。 コッチよ」
もしも人の船だったら隠れてやり過ごす。それが今の金色の判断だった。ヴァイスの髪はとても目立つ。だから岩が密集してる場所に金色たちは隠れた。そして、ヴァイスの細い肩に手を置き、真剣な顔つきでハッキリと言葉を放った。
「いい? ヴァイス。 あの船はここら辺の物じゃ無い。 だから貴方が恐れていた通り、〈妖魔の狩猟家〉のものかもしれない。 だけど、貴方はまだ、この音を聞いていたいと思う。だから、私は見守る事にする。 もしも普通の船だったら隠れてやりすごす。 もしも――…」
「〈妖魔の狩猟家の船だったら… 金色はどうするの?」
震えた声で問いかけられた。その先を言う事をヴァイスは拒絶している様に思えた。この娘はとても頭がいい。その為、金色が言おうとしている事を先読みしたのだろう。
「私が囮になる」
その言葉を聞いて、ヴァイスの頭は一瞬、真っ白になった。最悪の光景が脳裏に思い描かれてしまい、ヴァイスは慌てて自分の頭を振ってそのイメージを殺した。こんな事は無いと、思っているから…。
「だったらいい、帰ろう。 都に帰れば、金色は囮にならなくてもいいでしょ! 帰ろう、私はもういいから。 まっ 満足したから!」
ずっと、ずっと海底で暮らしていたヴァイス。先程発せられた言葉は誰がどう聞いても偽りに思えた。何故ならば、ヴァイスはこの日を誰よりも待ち望んでいたに違いない。一時でも多く、この場で音を聞いていたいに違いないのだから。
「……取りあえず、戦闘になるかもしれないから防御壁を張りましょう」
「………うん」
そう言って金色がヴァイスの体に〈防御壁〉をかける。そして自分の体にも〈防御壁〉をかけた。これで一定量のダメージは遮断されるのである。
「ねぇ、金色… これ、あげる」
「………? なに、これ…」
渡されたのはお世辞にも大きいとは言えないが白い純白の真珠。ヴァイスの白い髪を妖気を通して真珠に繋げている為か、ネックレスになっている。
ヴァイスはそれを不思議そうに首を傾げている金色の首に下げた。キラリと光る純白の真珠を見て金色はやはり不思議そうな顔をする。
「ヴァイス…?」
訳が分からない。と言う様に問いかければヴァイスは子供っぽく肩をすくめて笑みを浮かべた。
「お礼。 帰ってから渡そうと思ったんだけど… 姉様方に頼んでくれてありがと、金色!」
良く良く見ればこの真珠はヴァイスの妖気がたっぷりと込められていた。元々弱い妖気なのに何十年もかけてココまで大きな真珠に仕上げたのだろう。ヴァイスと同じ色の純白の真珠をギュッと持った金色は静かに礼を告げる。
「ありがと」
ゆっくりと笑みを浮かべた金色。しかし、人間に見つからぬようにそれを口の中に入れ、飲み込んだ。腹の中に入れれば長時間隠す事が出来る。こんなに見事な真珠、捕まった時に見られたら取られてしまうかもしれないからだ。
「ねぇ、ヴァイス。 もしも、もしもの話よ? もしあの船が〈妖魔の狩猟家〉のモノだったら―……」
「大丈夫。 足手纏いになるかもしれないけど、私も闘うから」
ジッと此方を見、覚悟を決めたヴァイス。金色はギュッと唇を噛んだのだが、ヴァイスの顔を見て言おうとした言葉を言うのを止めた。言っても無駄だと、分かっていたからだ。
無言に包まれる海。聞こえるのは波の音と船がきしむ音。後は―――…小さな、足音が響いた。
「ここか? 例の人魚が居る海は」
「へい、こ、ココです…」
黒い高級そうなコートに身を包むひげを多少生やした男。ペコペコと頭を下げるのは金色が何度か悪戯をした事がある船の船員だ。その黒いコートを来た奴が怖い為なのか、相手の機嫌を伺う様な声を出していた。
「し、しかし俺等が言うのは何ですが、人魚に手を出すのは止めた方がいいですって! アイツら、たまに悪戯はしますけど一応は無害ですし…」
どうやらあの船員は金色たちを庇ってはくれているらしい。しかし、相手の男はギロリとその船員を睨みつけたのち―――…一瞬の出来事だった。
船員の首はゴロリと看板に落ち、動脈から吹き出す様に血が溢れ出した。溢れ出す血液は海を汚し、血の臭いに敏感な肉食系の魚たちを時が経つにつれて集めるだろう。思わず金色は手で口元を隠した。キツイ血の臭いは一度も嗅いだ事が無かったからだ。見えていないヴァイスも血の臭いである事は分かっているらしく、顔を真っ蒼にして俯いて体を震わせていた。
「次、口答えして見ろ。 お前等の首も、こーなる」
そう言って見せしめだと言わんばかりにその男は切った男の生首を見せた。そしてその船員の顔を見た他の船員たちは顔を真っ白にする。口答えすれば死、在るのみだとこの場でハッキリと見せつけられた。
(あの男は多分、〈妖魔の狩猟家〉。 けど、なんで? 彼等が欲しいのは人間世界でしか使えない通貨。 私達を何も無くとらえても意味なんか……!)
相手が何故自分達を狙うのか、その理由を求めた時、金色はとある結論に至った。
(貴族か……! あんまり見た事が無いけど多分偉い奴が欲したのね… だったら納得がいく)
となれば、目的は恐らく“人魚”では無く、この場で良く見られていた美しい人魚である“金色”だ。今、ヴァイスを逃がしても金色がこの場に出れば彼女は問題なく都に帰れるだろう。
「ヴァイス、貴方は逃げて」
金色のその発言を聞いて、ヴァイスは見えない眼を大きく見開いた。先程まで一緒に居ようと言っていたのに、何故―――と。
「彼等の目的は私。 だったら私が囮になれば…!」
「駄目! 金色が捕まっちゃう、一緒に逃げよう」
「ヴァイス…」
ギュッと金色の腕を抱きしめるヴァイス。しかし、金色は唇を噛みしめて船の上を見た。あの〈妖魔の狩猟家〉はかなりの経験を積んでいる。もしかしたら、両方やられるかもしれない。
「……逃げるよ、ヴァイス」
「…………うん」
覚悟は決まった。奴に捕まったらおしまいだと金色の頭の中で警告音が鳴ったのだ。それに従い、彼女はこの場から離れる。
「ごめんね、ヴァイス」
「……うんん」
自分が人間にずっと見られていたから……その言葉を飲み込んで、謝った金色。ヴァイスも薄々それを感じている為か、何も言わずに首を横に振った。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
貴方の初めてを壊してしまって。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
敵を見て、逃げ腰になってしまって。
ごめんなさい―――――――――――――……




