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Moment Disappear -モーメント ディスピアー-  作者: 林崎 ゆみ
【人魚】
21/35

021  裏競売

 この世界にも表と裏の世界がある。簡単に説明すれば遊戯(リバーシ)の様な物だろう。表を白、裏を黒と例えるのならばその両面に頂点に立つ者こそ、最強とも言える遊戯(リバーシ)の頂点なのだと言えた。

 そして、その遊戯(リバーシ)の頂点に立つ男の名が「闇市光明(やみいちこうめい)」と言う。妖魔師ならば誰もが知り、そして心のどこかで恐れている存在である。表舞台ならば世界有数の財閥当主で彼の考案する出来事は全て成功を収めている。表舞台での権力も強く、それに劣らぬと言っていいほど裏の舞台での権力も劣っていなかった。

 政府の中枢に潜り込み、もはや政治は彼が握っているも同じような状況となった中でも、彼は満足しなかったのだ。いいや、その時の彼は真っ白な表の世界しか知らず、そして全てがタダのお遊びでしか無かったのだろう。有り余る権力を振りかざしていた中で、政府だからこそ知りえる情報を彼は()()()に知ってしまったのだ。



「なんだ、これは…!?」



 彼は見た事も無い空想(ファンタジー)の世界に飲み込まれた。ドラマの撮影の様な映像化とも何度か己を疑った、しかしその映像から見える物は全て本物だと確信したのは…彼がその映像を忘れられなくて、ずっと密かに調べていたからである。そして、ついに知ったのだ!()()()()()()



「妖魔師… あぁ、彼等は〈妖魔師〉と言うのか…」



 歓喜の音を上げて叫んだ。それほどまでに嬉しかったのだろう、そして彼は裏の世界にのめり込んでしまった。それが、彼が遊戯(リバーシ)の頂点に立つ一歩となったのである。



「大丈夫だ、彼等は金の為ならば何でもするだろう。 だったら……」



 その当時の彼の言葉は、心の中で封じ込まれた。しかし、それでも。悪しき言葉である事に変わりは無いだろう。いいや、そもそも「悪しき言葉」と言う言葉すら、不思議(おかしい)のかもしれない。何故ならばその言葉は人間が生み出しそして拒絶した言葉。つまりは、その意味を誰もが拒絶した事により世間の常識でそれが呼吸をするように刷り込まれたのである。

 人を殺すな、それは当たり前だ。しかし、何故当たり前なのだろうと考えた時、思いつくのは色々あるが……それでも何故か根本的な解決には至らない。そんな矛盾だらけの常識を投げ入れたのは何処かの誰か。しかしその平和と言う名の秩序は何かの歯車(つみき)が壊れた時に脆いほど簡単に、崩れ落ちるのである。人間風の言葉を使うのならば、「理性の崩壊」と言うのが一番似ている様にも思えた…。






◇ ◇ ◇






 基本的に裏競売(オークション)は地下で行われる事が多い。入り口は一か所、そして秘密の出口が一か所と言うのが一般的だろうか?むさ苦しい空気の中、天井裏に登ったのは最大限に気を使っての隠形をし彼等を見張っている妖魔の〈獏〉、真の名を白黒(モノクロ)と言い、あだ名をビャクと言う妖魔。

 タラリと揺れる髪をウザったそうに耳にかけ直し、彼は真下を見つめ、そして呆れた様に小さく溜息をつきながらも口を開けた。



《全く、あの方も私に面倒な仕事を押し付けて来る。 いいや、あれは一応拒否権がありましたけれど… お嬢さんも酷いお方ですね。 私の実力を知りながらも、逃げ道を用意するなんて。 嗚呼、でもアクラ卿ならばもっと簡単に潜入できるでしょうが封印のおかげであまり離れられないんでしたね》



 ため息交じりにそう呟いたビャク。渦巻くのは人間の欲望に満ちた空気。妖魔のビャクでさえ少しだけ理性が失いかけた。人間が放つ欲望等の「悪意」に関係するものは一種の薬剤。まるでウイルスの様に人に伝達するのである。渦巻く「悪意」が凶悪であればあるほど…素早く。



「長らく、お待たせいたしました」



 そんな時、不意に声を上げたのは成人男性よりかは少しだけ高い声。けれども、警戒心を逆立てする様な身の毛のよだつ嫌な声にビャクは思わず身構えてしまう。

 全身を黒いスーツで覆う様なその男性は“ニッコリ”とまるで仮面を張り付けたような笑みで周りを見渡す。ビャクは取りあえず地下の人混みの中で自分が見えない様にそして触れられないような場所を選び壁に身を預けた。いざとなれば人の夢の中にでも逃げ込めばいい。音声は聞えないし見えないから情報は得られないのだが、逃げるだけならばその方が早い。頭の中でそう決めつけて辺りを軽く見渡す。

 この場は地下室であり、そして出入り口が表向きは一つしか無い為かかなりの人がむんむんと居る為であるのかこの部屋の体感温度は三十度を超えている様に思えた。下手すればもっとありそうに思えたビャクは心のどこかで早く帰りたいと思ったが手ぶらで帰ったら必ずと言っていいほどアクラに怒鳴られる為そんな失態はしない。愚かにも集まった人間たちはメラメラとした熱気を持ち、何かに対して集中しているようにも見えた。



「まずは手元を確認しましょうか、皆様。入場された際に渡されたナンバープレートを付けておりますでしょうか? では、失礼ながらこの場に集まった皆様ならば必ずしもお持ちの物を見せて頂きたいのです。 それが、これからお話を始めるお方へのエチケットの様な物でしょうか? 無い、もしくは見せれないと言うお方、後は――訳が分からないと言うお客様は速やかにご退場くださいませ」



 そう言って周りの者達は全員胸元から取り出した木の板を見せた。そこには色々な文字が掘ってあった。どれも年季が入っている様でそれでも、司会者は満足した様にまた笑みを浮かべた。



「はい。 全員大丈夫の様ですね。 では、今回の依頼人。 光明様より…皆様方への直属の依頼です」



 そう言って頭を下げた司会者。次の瞬間、とある男にスポットライトが浴びせられる。此方も黒いスーツに身を包み、張り付いた様な笑みを浮かべる男だった。



「では、まず皆様初めまして。と言うつもりはありません。 貴方方は私の依頼を受けに来た人たちです、私達の長話に付き合う気は無いでしょう。 では、今回の依頼ですが…」



 彼は妖魔師の事を良く分かっていた。この場に集まった妖魔師は金が欲しいがために集まった欲望を抱えている集団である。そんな彼等を長時間立たせ、長話をすると言うのはいささか反逆心を買うと知って長い話を飛ばしたのだ。



「〈人魚〉を捕獲して下さい。 ただし、血肉では無く生きた状態で」



 彼の言葉に少し会場がざわついた。〈人魚〉と言う妖魔はかなり珍しく、そして何よりその捕獲が難しくて有名だ。人魚は水に溶け込む事は無いのだがその代りに全ての水を自由自在に操るとされる。ただし生物の中にある水は操る事が難しい為出来たとしても殺すのではなく血を体から多少流す事ぐらいしか出来ない。要はアニメなどである目や耳から血が流れ落ちる程度の事しか出来ないのである。



「人魚は生きてこそ価値がある。 貴方方はそう思いませんか? 死んだ人魚何か見ても欲しいと思いますか? どうせなら私は捕えた人魚は―――自分手で殺して、喰らいたいと思いますけどねぇ?」



 ニッタリとした笑みを浮かべた光明。それを見てビャクは背筋を凍らせながらもドン引きした。数々の人間の欲望の夢何かを好んで喰らって来たビャクであるがココまで大層な夢と言う名の欲望は喰らえば腹を壊しそうと思える。そして何より――…。



(良くもまぁ、育ちましたねぇ…)



 妖魔にとって生きるのに必要なのは生気とされる。それは妖魔の種類によっては様々な接種出来る。要は代用できるのである。アクラの場合は雑食である為人間の食料の僅かな生気でも生きながらえる事が出来、〈餓鬼〉や〈小鬼〉の様な弱い妖魔であれば人間から僅かに放出される生気を空気中で吸っただけでお腹いっぱいに出来るのだ。



「無論報酬はきちんとその分だけ払います」



 その言葉に誰もが不思議そうに光明を見た時、彼は司会者に軽くアイコンタクトを取ってその司会者はガラガラと滑車を引き、そしてその上には大量とは言えないがかなり分厚い紙束が置いてあった。



「この紙に契約して下さい。 契約内容を護って下さるのであれば血で指紋を押して下さい。 そして、その後に希望する報酬量を書き込んで下さい。尚、それらは全て此方で用意して頂く金額ですが貴方方はいくら欲しいのか、と言う事に委ねます」



 驚いた様にそこに居た者達は声を上げた。それもそのハズだろう。



(書き込めと言う事は金を妖魔師(かるもの)が指定できると言う事、しかし何かしらのリスクもあるでしょうね…)



 眼を細めながらもビャクは相手を睨みつける様に見た。平然と笑みを浮かべている依頼人、闇市光明は掴めない人間だとビャクは思った。



「お金は貴方方が告げる分、書き込んだ分だけ払いましょう。 ただし、リスクも考えて下さいね」



 そう言えば誰もが意味が分からないと言う様に首を傾げた。光明はそのまま笑みを浮かべて告げる。



「貴方方が書き込むのは人魚を捕獲した時、どれだけ貰いたいか。 ただし、欲が大きい分その仕事にはかなりの制限が付きます」



 そう言ってスクリーンに映し出されたのはまるで妖魔の(ランク)の様な三角図と言っていいグラフ。



「貴方方に書き込んでもらうのは最低ランクの報酬。 つまり、人魚を捕まえた場合どんな状態に構わず貰える金額です。 ただし、五体満足では無いとこの金額にはなりません。 もしも人魚を捕獲してもそれを奪い合った時、人魚の体は壊れてしまうでしょう。 そうなった場合、徐々に報酬を減らしていくのです。 大体全体の金額を五十で割った数です。どんなに大きな金額を書いたとしても、ぐちゃぐちゃで人魚だと判明できなかった場合は無償で働く事にもなります」



 ココが()()()だ。妖魔師同士の人魚の取り合いは危険を無報酬の危険を生む。そして光明はそんな臆病者の為にとある策を出した。



「もしも報酬を五十万以下で良いのであれば、人魚捕獲を成功しなかった場合でもこれから渡される監視カメラの様な物の映像により、最高でも百万は払いましょう」



 ごくり、と息を飲んだ者が居た。それはつまり、弱い妖魔師でも大金を手に入れるチャンスがあると言う事。ただし人魚を手に入れた時の設定金額が減ってしまう為、かなりのリスクを負う事となる訳である。



「次に人魚を五体満足、しかも無傷で連れて来た場合です。 無傷である為何処にも傷が無い状態でですね。 この場合は設定されていた金額の十倍出しましょう」



 つまり、五十万と設定しても五体満足、そして無傷で連れて来れば最高でも五百万を手に入れる事が出来るのだ。悪い話でもないだろう。保険を付けて、尚且つ最高で五百万を入手する事が出来る。



「次に傷をつけた場合です。 傷をつけるとその傷の深さなどによりかなり値下がりしてしまう場合はありますが、ですが一番最初に設定された金額。 貴方方が私に最低でも払って欲しい金額以下にはなりませんのでご安心ください。 下回るのは殺した場合のみに限ります」



 依頼人はどうしても人魚を生きたままで手に入れたいらしい。つまりは生きているそして傷物にしても少しぐらいの傷ならば大目に見ると言う事だ。



「重要な事はそれぐらいだ。 全員、リスクを考えて書き込む様に。 一度書き込んだらもう書き直しは禁止だからな」



 そう言って光明は椅子に座った。妖魔師たちはザワザワと揺れ動いたが各々契約書にサインをし、そして司会者だった男に契約書を渡してそれと交換する様に任務中は必ず付けていなきゃいけない腕輪を渡される。そんな腕輪を渡される姿をまじまじと見つめたビャクは心の中で溜息をついた。



(人間と言う生き物は欲にまみれていますが… あの男は実に頭がいいですね、リスクと欲望を苦しいぐらいに計算されていますし…この依頼は実はとてもいい風に見えても実はとても残酷ですしねぇ。 高額な報酬は一人にしか与えられないと言う点では… 全員、敵の様な物ですし… 仲間での争いもあり得ますしね…)



 話を聞いて考えながらもビャクは一応先読みをした。ココから得た情報を元にもしもあの人魚を襲った時の光景は―――地獄絵図とまではいかないがかなりヤバイと思ってしまう。ある意味最悪のシナリオしか思いつかないのだ。それは無論阻止するのが一番いいのだが…刹那がビャクに下した命令は『情報を得て来い』である。つまり、情報以外の事はやってはいけない。独断ですれば刹那の信頼にも関わるし何よりビャクは攻撃型では無い。そこらの妖魔師よりは強かったとしても捕えられて逆に情報を奪われると言うのも実に癪だ。それよりももっと癪なのは自分が汚らわしい人間に捉えれる事であるが…。



(しかし、このままでは恐らくお嬢さんとの全面衝突は避けられませんよねぇ… もう少しだけ有益な情報を得た方がいいでしょう……)



 先程集められた情報だけでは心細い。そう判断したビャクは居心地の悪いこの部屋に居る覚悟を決め、息と生唾を同時に飲み込んだ。



「光明様、全ての契約書。 集め終えました」



 司会者のその言葉を聞いて光明は小さく頷いた。



「では、その肝心の獲物(ひょうてき)となる人魚の居場所ですが…」



 肝心な所に入った話を聞いて、ビャクの耳はピクリと揺れた。敵の狙いを確かめるのは確かに重要な事であり、ビャクの中で緊張が走った。しかし、そんな時不意に光明と眼が合ったビャク。じっと此方を見て来る光明(かれ)に対してビャクは冷や汗をぽたりと地面に落とした。今、眼の前に自分を目視できる人間が居る。それはタダの人間である為、ビャクの警戒心はかき立てられる。顔色は見る見るうちに悪くなり、体が軽く震えて来た。無理をするなと言われている今回の命令、もう無理は出来ない。これ以上この場に居てはいけないと本能が警告音を鳴らしている。ビャクはふぅっと息を吐き、辺りを見渡し、そして手頃な妖魔師を探した。欲の塊とも言えるこの空間。ビャクと相性のある妖魔師なんて普通に居るハズだ。そしてとある青年を見た時、ビャクは笑みを浮かべた。



(見つけた…)




 夢を見る、理想的な、そんな夢を見る、妖魔師を、見つけた…。




 ビャクは悪夢(ゆめ)(つかさど)る妖魔と言っていい妖魔である。相手の夢の中に入り込むなど容易く、そしてそれがたとえ眠っていなくとも入り込む事は出来るのだ。夢と言うのはとても無防備で逃げ込みやすい場所なのである。だからたまに人間も妖魔何かに入り込まれる時もある。それを体が感知して悪夢を見る時も度々あるらしい。例え妖魔師だろうがそれは同じ。夢の中まで鍛える事は出来ないのだから。そして、欲望を目の前にすれば誰もが我を忘れるだろうとこの空間を見てそう実感できた。

 人間は欲の塊だ。ビャクは知っているからこそ、こういう時の無茶な仕方を良く知っている。入り込んだ妖魔師はとても弱く感じられた。主人の影響かどうかは分からないのだが、自分の主人である刹那よりもこの妖魔師は弱いのだと夢に干渉した時点で理解できた。



(全く、この様なか弱き妖魔師(にんげん)が私のお嬢さんを脅しているなど…)



 夢の中を見て感じ取った。彼は忌み子と呼ばれる刹那は自分以下だと思い込んでおり、そしてとても脆い精神を持っている様に思えた。

 誰もが心の中で『闇』を飼っている。その『闇』を飼い殺す事が出来る者は世間の中でも極希だ。ビャクの眼からすれば実際に見た頃がある人間は二人。刹那と…闇市、光明だ。眼が合った瞬間にヤバイと背筋を凍らせ信じられないほど冷や汗をかいていた。刹那と言う主人(くさり)が無ければビャク(じぶん)は闇市光明に飼い殺されていたかもしれないと思うほど、彼は独特の嫌な雰囲気があるのである。それは時に人を引きつけ、カリスマと呼ばれ、時にそれは闇を飼い殺す鋭き刃をなる。夢の中に身を潜め、早く帰らなければと思いつつもビャクはソコに留まっていた悪夢(ゆめ)の中では妖魔獏(じぶんたち)は無敵だと分かっている。それ以前に人が夢の中へ入り込む術を持っているとは到底思えなかった。刹那の場合も、何かしらの特殊な(すべ)を使っていた様だがそれは昔に造られた為に製作方法は分からないと彼女自身も告げていた為頷けた。



「おや? 居なくなりましたか…」



 光明は闇に染まった瞳をゆるりと閉じ、ねっとりとした粘液(ねんえき)の様な言葉に思わず身の毛がよだつ。しかし、〈言霊〉で無かったのが救い。もしも〈言霊〉であったのならばビャクは少なからず彼に縛られていただろうからだ。気持ち悪いくらいに〈言霊〉の様な言葉を聞いてビャクは自分の腕を軽くさすった。そして急ぎ足で刹那の元へ帰る。

 昔ならば帰る場所なんて無くて、独りでぽつんと紅茶の品種改良をしていたビャク。なのに今は帰る場所がある、不思議な事に案外それが心地いい様にも思えた。

 ビャクが去ったのを感じた光明、彼は隠形したビャクは見えなかったのだがそれでもモヤッとそこに何かいると言う程度の気配を感じる事は出来ていたのだ。



「まぁ、いいでしょう。 では、本題に入ります」



 ポツリと小さく言葉を吐き、後半の言葉を大きく張り上げる。もうココに邪魔者は居ない。だから、思いっきり話せるのだ。



「この屋敷。場所はチバの山奥ですね。この屋敷にこれまで発見された中で最も美しいとされる人魚が住んでいます。屋敷の中には此方の情報では人魚とそして人間の老婆が一人。警備などは一切ありません。老婆の方は殺しても構いません。此方で処理します。元々長くない風前の灯火の様な寿命です、何時切っても構わないでしょう。人魚の方は五体満足でお願いします。艇庫された場合は傷つけても構いませんが、何度も言いますが最高報酬から少しずつ減って往くのでご了承下さい。無傷の場合は最高報酬とも言える金額、最低金額の十倍払いましょう。 さ、死に物狂いで人魚を私の元へ連れてきてください。 報酬は、ある意味はずみますよ」



 光明のその言葉で一斉に妖魔師がチバに向かう。トウキョウからチバまで妖魔師の足で一時間前後、普通の交通手段でもそのぐらいだろうと言えた。光明は笑みを浮かべて不意に気配を感じ、不意に天井を見た。しかし、そこには何も無く何時も通りの天井が浮かび上がっているだけだった。






◇ ◇ ◇






「危ない所でした…」



 ほっと息を付いたビャク。隠形中であれば無機物である壁を通り抜けられると言う特権を持っており、ビャクは何とか相手に気付かれずにあの空間から出て行ったのである。



「しかし、何て勘の鋭い…人間なのでしょうねぇ…」



 建物の屋根の上でビャクは軽くぼやいた。見つかる可能性は低いとはいえ光明に見られれば即座に見つかると分かっているビャク。取りあえず安全な自分の生み出した空間に戻りそこから移動する。人間の世界は障害物が多くて急いで走れないからだ。



「情報は得ましたけど… 頑張り過ぎたせいでちょっとヘロヘロですねぇ。 あ、後でお嬢さんに褒めて頂きましょう。 そして、ご褒美を頂きましょう」



 ビャクのその言葉はまるで自分を落ち着かせるように聞こえた。落ち着かせるようにゆっくりと吐かれた言葉は彼の生み出した白黒の世界の無に溶ける様に消えた。






◇ ◇ ◇





 刹那が辺りを見回った時、不意にネコが軽くぼやいた。



「なぁ、刹那。 俺ちょっと単独行動してもいい?」



 刹那はその言葉を聞いて軽く眼を細めたが「分かった」と告げた。つまりは、了解してくれたのだ。「さんきゅ」と礼を言って何処かに走り出したネコ。木々を巧みに使い走って往く姿を目視でとらえた刹那は失礼な事を軽く思った。



(アイツも、一応妖魔師なんだな……)



 この世界で木々の移動をできる物はある意味たくさんいるだろう。しかし、世間の人間がこんな技を出来るハズもない。特殊な訓練を受けて妖魔師は在るのである。



「刹那さん」



 そんな時、不意に自分を呼ぶ声に気付いた刹那。食事は固形食で済ませたのだがやけに暗いと思えば軽く空が闇を帯びていた。夕日が見え、もう日は沈むのだと実感できた。



「なんですか、ライさん」



 一応依頼人には「さん」を付ける刹那。平然とそう問いかければ、車椅子を自分の手で動かしていたライは笑みを浮かべて招くように手を振った。刹那はそれに素直に従い、ライの目の前に来た時、ライは小さく笑みを浮かべて口を動かした。

 ぱくぱくぱくと金魚の様に動くライの口元を見て、読唇術を心得ている刹那は意味を理解し「失礼します」と言う声をかけてライの車椅子を丁寧に押した。揺れる車椅子はとある場所に向かう。揺れる車椅子が心地い訳では無いだろうに、心地よさそうに眼を閉じるライを見て刹那は小さく溜息をついた。後ろからついて来るアクラは少しだけめんどくさそうであるがついて来る。そして、たどり着いた部屋は一番最初にライと対面したあの部屋だった。

 家の中の気配を探ってもアルフの気配はなくどうやら外に出ている様だ。恐らく十キロくらい先の人間の群れに気付いて警戒しているのかもしれない。ネコも恐らく気づいて多少警戒しているのだろう。殺気をかなり滲ませているのが手に取る様に分かる奴等だからだ。



「アルフの… あの子の過去を話します」

「いいんですか? そんな個人情報を勝手に話して」

「………」



 話してくれると言うのに、刹那は平然とそう問いかけた。そのままライの返答を待つ。



「アルフの過去はかなり悲惨な物でしょうね。 それでも、彼女は勝手に話した貴方に対して何も思わないと思いますか?」



 これは警告だった。しかしライはそれを受け止め、大きく頷いた。



「貴方はアルフと同じでしょ? 刹那さん」

「さぁ? アルフと同じ、かは分かりませんよ」



 アルフの過去を聞いていない刹那。とぼけるような口調であるが真実を知らない今ならばその口調が正しい様にも思えた。



「貴方ならば言わなくても他言無用だとは分かっているでしょう。 お願いです、聞いてやって下さい。 そして、誰にも言わないで下さい」



 深く、深く頭を下げたライ。それに折れた様に刹那は小さく頷いた。下手すれば墓場まで持って往かなければならないほどの情報なのかもしれない。刹那はそう覚悟し、頷いた。それほどまでに重要な過去なのだと刹那自信が良く分かっていた。狙われる妖魔ほど悲惨な過去を持っている。その話をすれば必ずと言っていいほどアルフの心を(えぐ)る事になるだろうと、刹那は感じていた。

 妖魔師は国家機密と言っていい情報をかなり多く持っている。刹那とてある意味有名な妖魔師である為墓場まで持って往かなければならない情報は二三個普通に持っている。それが一つ増えるだけだ、口を割らなければ問題ない。刹那は声に出して「言って下さい」と告げればライは安心した様にゆっくりと笑みを浮かべ、口を開いた。



「私とアルフが出合ったのは、およそ五十年間の事。 私は別に体が弱い訳でもなく、盥回(たらいまわ)しにされていました。 それを見かねた祖母が私を引き取り、この家に私は預けられました。 祖母は父と母が欠けていた愛情を私に注いで下さり…しかし、私にお友達と言う友達はいませんでした。 この周辺に同い年の事も何ていませんから。 私は祖母とこの屋敷の泉の中に泳ぐ魚が、お友達と掛け替えのない家族の様な物でした。 そんなある日、私は木の根元で本を読んでいました。もう何十回と読んだ本で全てを暗記していると言ってもいいぐらいの本でしたが、暇だったので読みました。暇つぶしと言えば本と祖母との会話、後は独り言を魚に語りかける程度でしたから。 水の中に何かがいる様な気がしたのです。その日は祖母は居なくて、でも私は立ち上がりませんでした。立ち上がったら最後、居なくなってしまう様な気がしたからです。声を上げて問いかけましたが、魚が水に波紋を立てる音しか響きませんでした。そして幾多の日が過ぎました。とある日、彼女は等々私に対して警戒心を解いてくれたのか。私の前に姿を現しました。それはとても美しい女性でした。私はそんな事よりもずっと会えなかった彼女に会えた喜びで胸が一杯でした。初めて見るハズの本も閉じ、彼女を見上げて泣きながら笑いました。彼女に会いたくて、ずっと会いたかったと言う言葉を放ちました。彼女は少しだけ意外そうな眼で私を見ましたが、そして私は彼女の名を聞きました。お友達になりたかったからです。私の名前はライ。彼女はゆっくりと私の名を声に出して言ってくれました。とても美しい声が響き、私はまた嬉しくなりました。しかし、彼女の名前は無いようでした。何かを言いかけて止まってしまいました。だから私は彼女に名を与えました。 アルフと言う、偽りの名を持つ私から彼女へ送る偽りの名を。偽りの名前と偽りの名前。それでも私達は本物のお友達の様に毎日毎日語り合いました。同世代の女の子、化物でも構いませんでした。彼女が何者であれ、お話を語ってくれる聞いてくれるそんなお友達を、私は欲しかったからです。そんな時、アルフは自分の秘密を私に明かしてくれました。それは、アルフの過去。ココから先が…アルフが本当に体験し、私に聞かせてくれた(おぞ)ましい過去です。 刹那さん、まだまだ長話になりますが… 付き合ってくれますか?」



 ライの言葉に刹那は不思議そうに彼女を見つめ、元よりそのつもりであったためにやんわりと口を開く。



「よろしくお願いします。 ライさん」

「ライでいいわ、昔みたいに… 呼んで頂戴?」

「……はい。 ライ」



 ゆっくりと刹那が頷けば、ライは嬉しそうな顔で笑い、そしてゆっくりと口を開いた。そしてその口から放たれるその“物語”はとてもとても、苦しく虚しい物語(かこ)の話でした……。

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