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Moment Disappear -モーメント ディスピアー-  作者: 林崎 ゆみ
【人魚】
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019  秘めた思い

◇ ◇ ◇



何時、歯車が狂ってしまったのか。


それは、私などには到底理解できない事だろう。


それでも、私は貴方と共に在りたいのだ。


これはわがままだ。 そう、知ってはいる。 けれど―――……


おそばに―――― 貴方の傍に――――…… 居させて下さい―――――……




◇ ◇ ◇

「何を……」



 アルフの掠れた声が部屋の中を埋め尽くした。刹那は静かに小さく笑みを浮かべ、アルフに対して背を向ける。



「誤魔化さないでいいんですよ? 例えそれが嘘だとしても。 貴方は人魚だ。 例えどれだけ人間に成りきろうが、所詮妖魔は人間にはなれない。 所詮、人間は妖魔になれない。 貴方は人魚だ、人魚と言う種族に産まれて来た人魚と呼ばれる種族だ」



 その言葉を聞いて、アルフは影でギュッと唇を噛む。今ココで自分を偽りでもいいからいいや、偽りを言っても意味が無いと言っている妖魔師の言葉が心を抉った。確かにその通りではある。どんなに、どんなに人間に成りきろうとしてもアルフは所詮××だ。人間に成りきるなんて―――不可能だ。



「………えぇ、そうよ。 私は人魚よ」



 開き直ったアルフはカッと怒って刹那の上に跨りそして刹那の首をその細い腕で握り締める。禍々しい妖気が彼女を襲いこみ、そして殺傷本能を呼び起こした。



「私を殺す気ですか?」

「いいえ、殺さないわ… タダの警告よ」



 タダの、警告ねェ…。刹那は小さく笑みを浮かべたのち、アルフを見上げた。猫の瞳孔の様に細長くなっている。じわりと滲みだす妖力が部屋を埋め尽くす時、ライがゴホゴホと咳き込んだ。それを聞いてハッと我に返ったアルフは慌てて妖気を仕舞い込み、そしてライの胸に手を当てた。



「ゴメンなさい、今治すから…」



 謝ったかと思えばアルフはそのままライの胸に手を当てたまま淡い緑色の光をライの胸に当てた。しばらくしてライが落ち着いた様に息を吐いたのを見て、アルフも肩から荷が下りた様に息を付いた。



(妖力で無理矢理延命か… でも、長くは持ちそうにないわね…)



 眼を細めた刹那。アルフが先程ライに行っていたのはもうボロボロの体を己の妖力により一時的に回復させ、無理矢理の延命とも言えた。もう下手すれば明日まで寿命が持たない所まで来ているのにまだライはアルフのおかげで生きているのだ。いいのか悪いのか、刹那には分からなかったが。



「ゴメンなさいね。 刹那さん」

「いいえ。 別に…」



 首に触れれば血管を押しつぶされていたので多少血の気が無い刹那。しかし別に死んではいない為問題は無い。それに依頼人の眼が悪くて良かったと、刹那は改めて思った。



「刹那…!」

「黙れ」



 近寄って来るネコに低い声で命令すればネコは唇を噛みしめて動かなくなる。首にはクッキリとアルフの手の後が残っており、痛々しい様にも見える。



「これぐらい、問題ない」

「でも……」



 見ているコッチは痛々しい。と頭を下げたネコを見て、刹那は溜息をついて静かに口を開いた。



「ビャク、出て来い」



 せっかくの隠形なのに無駄になるぞ。と思いつつもアクラは何も言わなかった。ビャクはそのまま出て来て「何の御用でしょうか? お嬢さん」と何時も通りに問いかけ、刹那はそのまま奴に命令する。



「消せ」

「招致」



 傷を指さしてそう言えば、ビャクは柔らかく刹那の首に触れ小さな幻術をかけた。痛々しい傷は消え失せるがそれが幻術だと理解してネコはまた首をすくめた。先よりはマシであるのだがちゃんと治療をしない刹那に対して不満があるのだが何故か声が出なかった。



「戻れ」

「はい」



 素っ気無い態度でそう告げた刹那。ビャクもそれを心得ており、そのまま隠形を再開する。アルフは殺気を込めたような瞳で刹那を睨みつけるが刹那はそのままライに視線を戻した。



「一つ質問します。 この家に結界は?」

「ある訳無いわ。 私は人魚だけど人魚は知っての通り結界なんて造らないわ。 私も造り方は知らないの」



 アルフの言葉に少しだけ俯き刹那は考えた。結界と言う物は対象者以外の者を跳ね返す効果がある。普通は術具などに妖力や霊力などの力を籠め、それを家の周りに張り巡らすのである。刹那の家の結界は家の周りを取り囲むコンクリートブロックの裏に紋章をチョークで描き定期的に付け足して強固な結界にしているのだ。



「この家の場合、結界を張るとしても広すぎるからな…」



 屋敷を壊していいのならば別に構わないのだが取りあえず狙われると思われる依頼人だけでも気休め程度の結界を張らなければならない。



「取りあえず… 何か日頃から身に着けてる物でもありますか?」

「そうね… これなんて、どうかしら?」



 そう言ってライが取り出したのはペンダント。薄い紅色の綺麗にカットされ、磨かれた宝石が一つついていた。



「アレクサンドライトなの。 何時も付けているから、どうかしら?」



 そう言われて刹那はその宝石を受け取る。光りによって色を変えるアレクサンドライトは実に面白い石とも言える。刹那はその中に取りあえず呪符を入れた。身代わりと言うよりも傷を多少引き受ける効果があり、そしてその間付けている者を護る効果を持つかなり作るのを苦労させた呪符である。



「此方をどうぞ、取りあえず呪符を入れておきました」

「あら…? でも、変わった所なんて―――」



 無いわ。と言うライの言葉に刹那は笑みを浮かべた。普通の人間ならばそう思うだろうが妖魔のアルフならば理解できるハズだ。主人を護る様に張り付く呪符の効力が。



「………一応、信頼できる妖魔師(にんげん)みたいね…」

「ありがとうございます。 信頼して頂いて」



 本当に信頼できるかどうかは定かでは無い。だが、アルフを人魚だと知ってのこの反応。しかも先程現れた妖魔はアルフの見た感じ自分以下ではあるが珍しい妖魔である事は違いないと確信できた。売り物にしないしそれに彼女の体内(なか)にある禍々しい()()がアルフを信頼させる気を起こさせたのである。



「それじゃあ何故、私がこの依頼を受ける気になったのか、それはまぁ警告です」

「警告…?」



 不思議そうに首を傾げるアルフに対して刹那は頷いた。そしてそのまま鞄の中からとある依頼書を取り出してアルフにまず見せた。



「これは―――!」



 それを見て、アルフは全身の毛を逆立てて何かに対して警戒する。

 それもそのハズだろう。何故ならばこの依頼書は彼女を狙った物だからだ。



「恐らく、貴方を狙った物でしょう。 何時バレたかは分かりませんけれど、恐らくココの情報が漏れたのかと思われます」

「そ、そんなハズは無いわ… 私は―――!」



 慌てた様に言い返すアルフであるが刹那は首を横に振った。そして、これが現実であると言う事をアルフの中に叩きつけた。



「そこで、勝手ながらに依頼内容を変えようかと思います。 今回の依頼は人魚を護れ、その後に本来の依頼について語り合いましょう」



 本来の依頼について、それは人魚を連れて行ってほしいと言う物。アルフの表情が警戒した物に代わるのだが、刹那は臆することなく淡々と言った。



「いいえ、私の依頼はその様な物では無いわ」



 しかし、ライからの返答は違った。首を横に振り先程とは違う柔らかな声では無くかなり低めで脅すような口調で刹那に告げた。その返答に刹那は眼を細め、全てを監視する様な眼に変えてライに問いかけた。



「それでは貴方は一体、我々に何をお望みで?」



 知っているハズ、分かっているハズの刹那は静かにライにそう言い返答を求めた。ライは若ければ舌打ちを打ちそうなぐらいに悔しそうな顔をして負けじと告げる。



「書いてあった通りよ」



 その内容はアルフの前で言いたくないのか。それとも、何か他の意図があるのかは分からない。けれど、彼女の口調と声から得られる情報は何もない様に思えた。



「……… 分かりました」



 結局的に軽い間を開けて折れたのは刹那の方だった。ライはホッとしたように安堵の溜息を短く吐いた。運がいい事にその行為に気付いたのは刹那しかいない。



「それでは一つ、お願いがあります」

「なんですか?」



 その言葉を待っていた、と言わんばかりに刹那は上機嫌の笑みを綺麗に浮かべて笑った。そしてライの肩に触れただけで終わり、そして触れられたライは驚いた様に眼を見開いた。よぼよぼだったハズの体が見る見るうちに若返る様な不思議な感覚を覚え、それも束の間。刹那は静かに部屋の扉に手をかけた。



「少しだけこの土地について知っておきたいんです。 外を歩いてもよろしいでしょうか?」

「………どうぞ、お好きなように」



 ライの返答に刹那は小さく偽りの笑みを浮かべ、「アクラ」と小さく名を呼んで鞄を引きずらせ持ってくるように指示を出す。アクラから鞄を受け取った刹那はそのまま歩き出してしまい、それを見たネコは慌てて立ち上がりそして刹那の背を追って小走りで走り出す。

 その光景を見送ったライは緊張の糸がほどけた様に体のバランスを崩す。



「ライ……!」



 慌てた様にアルフが駆け寄り、ライの体を安定させるがその身体に触れたアルフはすぐに理解する。



(凄い、汗…)



 先程触れられただけなのにライは物凄く汗を掻いているのだ。すぐにスポーツドリンクを飲ませて服を着替えさせないととアルフは慌てて部屋から出て行く。それを耳の裏で感じたライは息を短く吐いて困った様に笑みを浮かべた。



「まさか、あんな事を言うなんて…」



 私も、まだまだね。何て笑みを浮かべたライは刹那が居たハズの椅子を見た。昔と何も変わらない。変わったのは、むしろ自分だろう。頭の中で響くのは彼女が発したあの言葉。



『貴方は一体、何を怖れられる』



 恐れている事はある。それはたった一つだけ、そう……昔からずっと考えている事。



「私が()なくなったらアルフは独りぼっちになっちゃうでしょ……?」



 独りぼっちは寂しいとライは知っている。ずっと、独りぼっちだと思っていたから。思っていた時に出来た()()()はとても嬉しかった。嬉しかったからこそ、自分はアルフを独りぼっちにして()いて行く事は出来ないのだ。



「独りぼっちは寂しいのよ…… 貴方も知っているでしょう?」



 垂れ下がるペンダントを握り締めたライ。その中で鈍く色を変えるのはアレクサンドライト。その宝石の石言葉は―――…“秘めた思い”

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