016 幸せな“ジカン”
「アルフ、居る…?」
静かな声が流れたのは小さな小さな老婆の口から。密やかに囁かれる様な柔らかくそして鈴音の様な声は何とも言えない柔らかさを持っていた。
「はい。 ココに居ますよ、私はココに在ます」
次に放たれた声は凛とした声。張り上げても居ないのに部屋全体に響き渡る様な独特の美しい声を持っていた。返事をした彼女こそ、老婆の告げた「アルフ」と言う名を持つ者なのだろう。
アルフと呼ばれた女性はふわりと笑みを浮かべた。美しい金色の蜂蜜の様な透き通る黄金色の髪がぱさりと軽く落ちた。瞳はまるで透き通る海の蒼を更に水で薄めた様に色素が薄い。白色と思えてしまう瞳は良く良く見ればちゃんと色があるのだと気づかされるのである。
小さな囁くような声で話す老婆の声に耳を澄ませ、アルフと言う女性はふわりと柔らかく幸せそうに微笑んだ。
「アルフ、私はね… 貴女に、生きて、貰いたいの…」
途切れ途切れではあるのだが力強く、一言一言力を込めてそう告げる老婆。紫色のひざ掛けをアルフは膝にかけ直し、傍に置いてあった紫色の薄いひざ掛けと同じ様な素材で出来た布を肩にふわりと羽織らせた。静かに降り注ぐ日光を眩しそうに老婆は眼を細めながらも軽く見るがアルフな何も答えなかった。
「いいえ。 私はずっと、貴方と共に居ます。 貴方と一緒に、一緒に、居たいの… これからも、ず―――っと… ず……っと」
蒼に水をいっぱい入れたような透き通る水色の瞳を持つアルフの眼が潤み、瞳が大きく揺れ、声を震わせながらも自分の意思を訴える。
しかし、老婆は困った様に柔らかく笑みを浮かべながらも首を横に振った。
「私は、長くない… だから、貴女には貴女の生き方がある。 私が、邪魔をする権利なんて無いでしょ…?」
「いいえ。 私は貴方と共に居たいの。 それが私の願い。 ずっと、ずっと……例え貴方が私より先に往ってしまったとしても、私は貴方をどんな手段を使っても引き止める。 それほどまでに、私は貴方の傍に居たいの……」
アルフの言葉に老婆は困った様に苦笑した。しかし、アルフはこればかりは譲らないと言う様に柔らかくではあるが逃がさないと言う様に老婆の手を握り締める。
「ずっと、ずっと…… 続けばいいのにね」
「はい。 ずっと、ずっと…… こんな幸せな時が――――」
二人は語り合い、お互いを愛しむ様に手を取りあい、また静かに笑った――。
(ごめんね、アルフ… どうしても、私は貴方を解放したい…)
願いは相手の幸せ。
例え、怨まれ様が… 私は、求める。
(貴方の、幸せを…)
“彼女”ならば助けてくれるかもしれないと思ったから。
(貴方に、賭けます…)
忌み子を呼ばれ、人を嫌い、妖魔を狩る。
闇を嫌い、光りを嫌い、孤独を望む……。
(あの娘は、元気かしら…?)
眼を閉じ、思い浮かべれば映るのは雨にぬれる中、黒血を滴らせ、刀を握るあの娘の何も映さぬ瞳。全てを拒絶し、自分までもを拒絶する彼女ならば……。
(アルフも、受け入れられる…)
幸せなジカンを願おう。
私はもう、終わるから… 後は全て、彼女に託そう。




