013 陰の臆病者
妖魔師と依頼者の間には信頼関係などはあまり存在せず、〈一枚の紙〉につづられる支持を妖魔師が受け入れるか受け入れないかによってやり取りされる。もしも〈一枚の紙〉を受け入れれば妖魔師は〈報酬〉を得る代わりに〈一枚の紙〉に書かれている出来事を遂行しなければならない。
これは妖魔師と依頼者のやり取り…言い方を変えれば〈契約〉と呼ばれる紙でのやり取りであり、契約された内容をやり遂げた時の報酬量の金額は依頼者が決めている。早々に早く解決したい場合は多めの金額を。普通で良い時は気長に待つ様な金額を。それでも下級の妖魔で時間は無制限の依頼であったとしても報酬は十万は下らないとされている。
妖魔とのやり取りは命懸けなのである。相手の命を買っているに等しい為、妖魔師へ送られる報酬は多い。その代り死ねばチャラ。賠償金は払わなくても良いし、別の妖魔師を探す為紙は人の手を渡るのだ。
高額であればあるほど早く終わると言うのは世の中で良くある回転だと言えた。しかし、高額で無い物は授与されにくくなっているのが今の現在の状況である。命を懸ける仕事であるのだが、高額でなければ引き受けないと言うのもどうか…どちらにせよ、受ける側からすれば世の中金が全てと言う訳だろう。そう思っている妖魔師は少なく無いハズだ。
「でも、そんな情報どっから得たんだよ」
「………」
裏の最も企業秘密に等しい情報。そんな情報は得る事さえ難しい。妖魔を使って情報屋なんかを営む奴等も居るがそう言う奴等の情報にもそんなのは無いハズだ。漏れていたら即刻その情報屋は裏の裏で潰されているハズだから。
ふいっとそっぽを向いた刹那は「聞くな」と言う様なオーラを出すがネコには全く聞かず…彼はじぃ~~っと刹那を見つめていた。等々刹那の方が折れ、ため息交じりに刹那は独り言を話す様に話した。
「あんまり、話したくはないんだけど……」
そう言って、彼女は今放とうとした言葉を飲み込んだ。
この情報漏れは非常に厄介だ。気配的には誰も居ないが風精霊に探知されるのは厄介だ。刹那はちらりとネコの方を見る。彼とは何だか腐れ縁…長い付き合いになりそうな予感がする。だがバレたくは無いと言う事実はあった。無論バレそうになれば即刻手は打つが……。
「取りあえず聞いておく…。 今から言う事は他言無用。いい? 話したら…貴方にはそれ相応の対価を払ってもらうから」
「……わ、分かった……」
彼女の言う、対価と言う物はどんな物かは想像つかないがそれぐらいに漏らしたくない情報なのだと言う事は軽く馬鹿なネコにも理解できた。口数などは全く変わらないのだが一応自分を信頼してくれている事がネコには嬉しかった。口実だけの契約かも知れないが、それでも嬉しかった事に変わりは無い。彼女が自分から契約を持ち出したのだから。
「まずは家に来なさい…… ネコ」
「あ、言ってくれた!」
嬉しそうに笑うネコ。
刹那はそっぽを向き舌打ちを打った。
「ウチの家は分かるわね」
「あぁ」
「じゃ、五分待つから鞄持って早退の準備。 無論私が早退する事も先生に言う様に」
「え……で、でもさ……」
「スタート」
「えぇええ!!?」
問答無用で五分間を計る刹那。それを見たネコは速攻で屋上から飛び出していった。嵐が去った様な気がした刹那は小さく笑みを浮かべた。
《なぁ、刹那……》
今の今まで黙っていたアクラが不意に声をかけて来る。「なに?」と声を返せばアクラは静かに問いかけて来た。
《何故、話す気になった?》
なんだ、それか…。
刹那は小さく笑みを浮かべた。
「別に。 ただ単に、思ったダケ」
《……何を、だ?》
詳しく聞いて来るアクラに対して刹那は溜息を吐き出した。でも、ちゃんと説明してやる。命だけは共有しても感情や思考などは共有していないのだ。
「猫又とは… 長い付き合いになると思って」
《………そうか》
刹那とアクラの会話が一通り終えた時、バンッ!と言う音が聞こえた。開いたのは屋上の扉。乱暴に開けられた為に酷い音が出たのだ。刹那の近くに寄って来ていた小鳥は驚いて逃げ出してしまった。鳥を軽く見上げた刹那はネコの方へ視線を移した。
「ハァッ…ハァッ…」
ご愁傷様の様で。
本気で走った為か汗が滝…とまでは往かないが結構な量が流れている。刹那は何故そんな汗を掻くんだろうか?と疑問を軽く持ちつつも静かに彼を手招きした。
「せ、刹那…… アンタ、鬼ッ!! ハァッ… 一回から…ココまで何段あると…」
「五分で往ってこのザマか… かなり体力が無いな」
《かなり所じゃ無いだろ。 滅茶苦茶無いぞ、幼少期の刹那並にな》
「まぁ、あの頃の私は体力が無かったからな」
「……幼少期にそれだけの身体能力って…化物じみてるよ…」
ハハッ…と乾いた笑顔を浮かべたネコは軽く地面にひれ伏せた。言い方を変えればぶっ倒れたのだ。
「それじゃ、行くよ」
「ど、何処に……?」
刹那は鞄を持ち替え、アクラは刹那の肩から降りて人二人が乗れるくらいの大きな狼に変化する。
「何処って…家?」
「………!」
ネコはガバッと飛び起き、嬉しそうに笑った。変な奴…と呟いた刹那はアクラの背に跨りネコをその後ろに乗せた。そしてこう脅す。
「変な所触ったら落とす」
「ぇ……」
《殺さないだけマシだと思え》
何ちゅう脅しだ。と思いつつも彼女等ならばやりかねない為ネコは極力刹那に触れない様にアクラに乗った。本来ならば腰に手を回したいのだが…下手すればその行為さえ変な所になってしまう恐れがある為ネコはどうしても手が出なかったのである。だが、懸命な判断の様に思えた。
◆ ◆ ◆
ひらりとアクラが降り立ったのは刹那の家の庭。因みにアクラの姿は刹那が自力で造り上げた結界により見えなくなっているので問題は無い。
「コッチ」
刹那は静かにそう言って毛玉に戻ったアクラを肩の上に乗せる。彼の定位置は彼女の肩の上だ。
「そう言えば、今からどんな奴に会いに行くんだ?」
「………鬼よ」
「オニ……?」
真っ直ぐと進んでいく刹那の後を追いつつもネコは首を傾げた。刹那から告げられたのは『鬼』と言う言葉であり、鬼と言えばやはり妖魔を差した。
鬼の妖魔ならばたくさんいるのだが代表的な鬼の妖魔と言えば、〈牛鬼〉や〈一口鬼〉などがネコの中で代表的だった。
「今から合いに行く“鬼”は人間の陰をずっと見て来た鬼だから…独自の情報を持っているの。人間の通じてる闇を探るんなら人間よりも妖魔の方が楽だからね。ま、色々後から話すこととして… 入るよ」
刹那がそう言って懐から取り出したのは鍵。セーラー服の中で隠れていたからか気づかなかったのだが首に鍵をかけていた様だ。
ガチャリ、と言う音が聞こえ鍵が開いた。ガラガラガラと音を立てて扉を開き刹那は靴を脱いで部屋の中に上がるのだがその部屋は実に殺風景だった。小さな茶色い卓袱台に畳の部屋。その奥にも部屋はある様だが今回、刹那がネコと話す場所は卓袱台がある畳の部屋の様だ。部屋は昔ながらの襖により締め切られている。
日本建築等に見られる襖、障子、衝立、縁側などの仕掛けは古代より結界の役割を持っていた。恐らくこれも同じような仕掛けなのだろうと頭の中で納得したネコ。名前は確か……〈帳場格子〉と呼んでいたハズだ。
「ココなら誰にも検索されずに話せる」
そう言って刹那はアクラを机の上にぽむっと置いた。
「で、何から知りたいんだっけ?」
「情報を得ている鬼って……」
「あぁ、そうね…」と刹那はいいそのまま静かに話しだした。
「私が情報を得ているのは〈百鬼夜行〉から。大量の妖魔の群れでは無く、弱い鬼の妖魔の群れを差すわ。力が弱いせいが在るんだろうけど彼等は非常に知能が高い。仲間意識が高いおかげでその知り合いの中の妖魔から情報を得ているの。無論交換として琵琶何かの果物を上げたりする。ココにも妖魔を寄せ付けない結界があるんだけど…彼等はココに住み着いてもいいと言ってあるからヤバイ妖魔が来たら迷わずココに集まって来るから情報が得やすいって訳。彼等からしても結構いい条件だから…等価交換には持って来いでしょ?」
(まぁ、軽く刹那が脅しはしていたが内容を聞いて奴等も喜んで受け入れたからな…)
刹那は妖魔の中でもかなり有名らしく、その鬼たちも知っていたのだ。刹那に殺されると思った彼等は逃げれる力は無い為怯えて降り、刹那に「俺達悪くないぞ!」と悪い事をしていないと叫んだ。当然刹那は切るつもりは無かった為に首を傾げ、代表者に話しかけ、納得させたのだ。
刹那が情報を得ている〈百鬼夜行〉は基本的には何もしない無害な奴等だ。生きる為に“生気”は必要であるがそれは極微量。その為果物などを与えて置けば生気を吸われる事は無い斬る必要のない弱い妖魔たちなのだ。
そんな弱い妖魔たちでも強い妖魔に食われる時だってある。彼等だって生気を放っている為、強い妖魔が怪我をした際は傷を癒す為に生きる物を片っ端から食い散らかすのだ。だから彼等は逃げ込める安全な場所を求め、刹那はそれを提供する代わりに彼等から情報を得ると言う訳だ。実に良い等価交換だと言えた。
「なるほど… だから、妖魔師にはあんまり言えないのか…」
妖魔師は基本的に妖魔を斬るために在る。契約以外の妖魔とつるむ事はかなり妖魔師の中で亀裂を生む事となる。元々亀裂が入っている刹那は更に危ない為、この情報を漏らしたくは無いのだ。
「そ。 あ、そうだ。 先に言っておくけど…他人に言ったら…斬すからね」
何処からか取り出したちゃんと研いである剃刀をネコの首に置いた。肌に滑らせればその切れ味だけで薄く血が流れる様な気がして、ネコは冷や汗をたらしたがでも笑顔を浮かべた。
「わ、わォ… 物騒な事を真顔で言っちゃうのか…でも、そんな表情も俺は好きだよ、刹那」
刹那の脅しも守ればいいだけの話だと思っているネコは軽い脅しも屁の河童。さりげなく口説いているネコに対して刹那は真顔での無言。冷ややかな眼が向けられ、心の中では絶対「コイツ、何言ってんの?」的な事を思われているに違いない。
アクラと言えば毛を逆立ててネコに対して軽く威嚇した。刹那の前でなければ恐らく…絶対。半殺しにしていたハズだ。冗談には見えなかった為にアクラの警戒心を逆立てた。
《刹那に手ェ出したら殺すぞ、クソガキ》
「さぁ? どーだろうね」
ニッタリとした笑みを浮かべ、火花を散らす両者。
アクラの言葉に皮肉をたっぷり込めたような笑顔を向けるネコに対してアクラは舌打ちを打ち、殺気を滲ませたが攻撃してくることは無かった。殺すのは手を出してからだそうだ。まぁ、手を出しかけた状況を見れば即刻胴体と首が跳ぶだろうが。
「手、出すとか出さないとかそんな事どうでもいいからそろそろ本題に…」
そろそろ本題に入りたいと思った刹那はため息交じりにそう聞いた。 だが、その言葉が嵐を生む事になるとは本人は知る由もない。
ネコは光の速さで刹那の両手を握り締め、キッラキラの笑顔で案外真剣に話しかけた。
「それじゃあ今、襲っても問題ないよね」
「はぁ? 襲う……? 何をだ?」
襲うと言う言葉を理解していない刹那。
しかし、オカンが黙っているハズも無い。
《貴っ様……! 一旦死んどく… ……いいや、死ね! 何度蘇っても俺が何度でも黄泉送りにしてくれる!!》
「ちょ…… お父さん!」
《だ―れが貴様の父だ!》
軽いコントが始まりかけているのだが、両者は真剣だ。一方は本気で刹那を口説き、一方は本気で刹那(娘)を口説く邪魔者を駆逐する為に咆えている。
「…………コントするなら二人でしてくれない?」
刹那は飽きてしまったのかビャクの宿る堤時計をちらつかせた。銀色の堤時計はビャクが宿り刹那は彼をちょっと雑談でもしようと仕掛けているのかもしれない。猫又も色々面倒だが白黒も非常に厄介だ。アクラは咆えるのを止め、ギロリとネコを睨みつけた。
《一旦終いだ》
「……良く分かんないけど、分かった…」
アクラの申し入れにネコは戸惑いつつと言うか事情を大凡推測して感覚で頷いた。刹那は軽く溜息をつき、静かに堤時計を一旦服の中に戻した。
〈百鬼〉は別名、〈餓鬼〉とも言われ、〈餓鬼〉とは簡単に言ってしまえば生前において強欲で嫉妬深く、物惜しく、常に貪りの心や行為を犯した人が死んで生まれ変わるとされる。だが、それは一般的な事であり、妖魔師から見れば「赤子」と言う見方が定着していた。
〈餓鬼〉の姿は同じ鬼の妖魔、〈小鬼〉に非常に似ており、場合によっては〈小鬼〉と同じように分類される。姿は様々であるが、共通点は額に生える小さな何本かの角が目印なのである。彼等は基本的に廃墟と化した建物などに住み着き、強い者が来れば直感で逃げると言う臆病者たちなのである。
それでいてか、彼等は独自の情報網を持ち、その情報量は普通の妖魔師とは比べ物にならないと言える。妖魔は斬らない限りは寿命で死ぬ事は滅多に無い為、〈餓鬼〉の知識は千年ぐらい自分達の眼で見、感じた事が知識としてその小さな体を生かし続けていたのである。
「そろそろ、来るかな…?」
この家に入ってきて感じた事、それは刹那の家にずっと住み着いていると言うよりも必ず一匹はココに居る様にしているのだ。彼らなりの配慮である。
刹那は何時情報を欲しがるか分からない。その為、情報を持った〈餓鬼〉が一匹は必ずこの家に居る様にと〈餓鬼〉たちの中で決まりを作ったらしい。無論刹那はその事を知らない。知った時、アクラも此奴らなりの考えがあるんだな。と軽く関心をしたものだ。
「………降りて来な。 別に斬られたりはしないと思う。 多分」
《………た、多分って……! 俺、まだ死にたくないよ、セツナ!!》
上から聞こえて来た声はとても高い声。焦りを満たしているのが手に取る様に分かる声でもあった。
「問題ない、何なら肩に乗っててもいい」
《………わ、分かった》
相手が了承した所で、ネコは首を傾げた。
別に斬るのは構わないのだがあんまり…〈餓鬼〉とは面識が無いからである。アイツ等が逃げていると言う事もあるだろうが。
《うぅう… やっぱり怖いよぉ、セツナ―》
ひしっと刹那の制服の端を掴む小さな妖魔。
その物の声は先程上で鳴っていた声と同じく結構高い。女の子の様な声ではあるのだが、見た目が見た目であまり可愛くは無い。アクラと同じくらいの高さの妖魔であり、皮膚は暗い深緑色、それには映える様な金色…黄色の眼球は少しだけ不気味、怖さを発揮させた。額の上あたりにちょこんと乗っかる様に生えている小さな角は見方を変えれば可愛らしいのだろうが、でも見た目皮膚の色がかなり残念だ。
「じゃ、本題に入ろうか。 リョク」
《……ぁぅ…》
リョクと呼ばれた〈餓鬼〉はネコをかなり警戒しつつも小さく頷いた。まだ怖いのは変わらないらしい。
「心配するな、リョク。 お前を滅せれば此奴の首は胴体から一瞬で離れる。 因みに名前はネコだ、好きに呼べ」
《わ…ォ…… 流っ石刹那…… 容赦のない一言…》
リョクは固まって頷いた。だって刹那ならやりかねないってリョクは知っているのである。
「ま、まぁ、よろしくな! 餓鬼」
ネコはへらりと笑って手を振った。しかし、リョクは不満そうに叫んだ。
《餓鬼じゃ無い!》
「は?」
ネコは驚いた様に眼を見開き、リョクを見つめた。
《餓鬼なんかじゃ無い! 俺の名前はリョクだ!》
先程まであんなにも怯えていたと言うのに今はハッキリと自分に向かって意見する、餓鬼だ。ネコは少しだけ驚いて目を見開いた。餓鬼と言う妖魔は何度も言うがとても弱い。その為妖魔師を見れば怯えて逃げるし妖魔師に向かってハッキリと意見する事なんて珍しい事なのだ。
「はいはい、リョクね。そう言えば誰が付けた訳? その名前」
かなり名付け親が気になったネコ。リョクと言う名を持つ餓鬼に問いかけた。「リョク」と言う名前はあまりにもそのままで彼を差している様に思えて、思考を凝らしている様には思えなかったのだ。
《名付け親は、無論セツナだ! 俺が頼んだら俺に名前をくれたんだ!》
嬉しそうに眼を輝かせて言うリョク。ネコは「へぇ~」と笑ったのち、少しだけにこやかな笑みを浮かべて静かにリョクに問いかけた。
「リョクって名前、何だかそのまんまだな。 俺が新しいの付けてやろうか?」
へらりと笑ったネコ。名前なんて早々変えれる物では無いだろうが…。
《ヤダ!》
リョクからの返答は即答の拒絶だった。
《リョクは俺の名前だ! 俺がセツナから貰った大事な名前だ! 誰にも渡さないし、誰にもあげない。 俺はこの名前気に入ってる。お前の付ける名前なんてイラナイ。 お前はセツナみたいに綺麗じゃ無い。 怖いから、イラナイ……》
リョクの猛烈な棘のある言葉を聞き流していたネコはとある一部で苦しそうに唇を噛みしめた。
『お前なんて、イラナイ』
『義兄さんが居るんだ。 お前は必要無い』
『悪いね、一生。 俺が最強だ』
「……どうした? ネコ」
動きが固まり、何故か冷や汗をたらすネコを見て刹那は首を傾げて彼の額に手をやった。熱は無いようだが…口がかなり近い。だが、ネコは朦朧とした意識の中で小さく笑みを浮かべた。
「……!」
その笑みを見て、刹那はバッと彼から離れる。何だか無性に気持ち悪く思えたからだ。
「………もういい、本題に入るぞリョク」
《ぁ…… うん!》
刹那の言葉にリョクは大きく頷いた。
「〈人魚〉の居る場所は分かるか?」
「せ、セツナ!? い、今…… 〈人魚〉って……」
「あぁ、言った。 少しだけ情報が欲しくてな」
「……………」
血相を変えた様に叫んだネコを置いておいて、刹那はそのままリョクの方を見つめた。しかし、ネコの反応も当たり前と言えよう。刹那は〈人魚〉には興味が無かったハズだ。しかし、何故今、〈人魚〉の話が出るのかネコには理解出来ていても納得出来なかった。
刹那の黒い瞳が軽く輝き、そして部屋の中に緊張感をもたらした。 飼い慣らされてなどいない、野生その物の獣の様な瞳がリョクに向けられた。
「どうなの? リョク」
ビクリとリョクの肩が揺れた。刹那の表情を伺う様に見上げつつも、リョクは静かに口を開いた。
《…………無くは……、無い、けど……》
途切れ途切れに放たれたその言葉。刹那の眼の色が変わる。
「じゃあ、教え……」
《駄目だ!》
刹那の声を遮り、リョクは眼を瞑って叫んだ。刹那は殺気を出す事も無く、静かに聞いた。
「何故?」
その言葉は普通の言葉だった。普通すぎるゆえに、その言葉はすんなりとリョクの体に入ってしまった。
《そ、それは―――》
リョクは困った様にタジタジになりながらも突破口を探す。言葉を詰まらせながらも、必死に言葉を紡ごうと言葉を探す。
「教えなさい、リョク」
そして、彼女の言葉によりリョクの突破口は塞がれた。残された道は教える事だけ、リョクは沈黙に耐えられず静かに小さく、「ハイ」と声を漏らした。
《俺が見たのは金色の髪を持った女だ》
「金色の髪を持った……?」
それぐらいなら普通に居るだろう。髪を染めている一般人は結構多い、都会になればなるほど染めても何にも言われないから皆好きな色に染めたりしているからか、刹那も金髪を結構見た事がある。
《違う、根っこからの金髪だ。 綺麗で、透き通るようで、前にセツナから貰った蜂蜜みたいだった!》
それは昔に書いてあった資料と同じような姿なのだと言えた。刹那は静かに唇を噛みしめ、アクラを見た。
「アクラは見た事ある?」
《ある訳無いだろ、奴等は日本には生息していないからな》
妖魔にも生息地と言う奴が在る為、いくら知識豊富なアクラ言えども知っているのは国内の妖魔に限られている。それで知識豊富と言ってしまっていいのかとも思うのだが、国内の妖魔であれば何でも知っているアクラである為、問題ハズだ。
それからリョクから得た情報は極めて信じがたい、分かりにくい物でネコの頭を混乱させた。
妖魔は化ける事が出来、それは力のある妖魔だけなのであるが例え〈人魚〉でも力さえあれば人間に化ける事は可能だろう。しかし、長時間人間の世界に溶け込むとなるとアクラ並の妖力が必要だ。それか栄養補給の何かをするかと言う方法であるが…。
〈人魚〉は下半身が魚、上半身が人間と言う情報が一般的である。つまり、化ける事は案外簡単なのかもしれない。足さえ人間の素足にしてしまえば歩けるから普通の変化よりも妖力を使わずに済む。栄養補給を大量に摂取すれば問題ないかもしれない。
外国より伝わったよくある絵本「人魚姫」が有名であろう。簡単に説明すれば、とある人間の王子に恋をした人魚姫が魔女に頼み込み、人間になる薬を貰う代わりに声を失うと言う物だ。しかも王子と結婚できなければ海の泡になって消えてしまうのだと言う。声を失った為に自分が王子を救った物だとは言えず、王子は偶然通りかかった女を自分を救った物だとお見込結婚を宣言する。そして悲しみに暮れた人魚姫を助ける為、彼女の姉らは美しい長い髪を対価に支払、魔女から短剣を授かったのだ。王子の流した血に触れれば人魚の姿に戻る事が出来、死ぬ事は無いと言う事だった。しかし、人魚姫は王子を差す事は出来ずに海の泡となって消える話である。
あの様に声を対価に支払えば長時間人間の姿を保つことも可能だが、人間の世界で“声”を失う事は非常に大変な事だ。人魚にとって声は“唄う”為の武器である。その武器を手放すと言う事は非常に人魚からしてみれば命の危険性がある。その為人魚は人間の姿に化けれたとしても、人間の世界に足を踏み入れる事は無かった。安全な水の中ならば人魚は無敵だから。
人魚の唄は人を惑わす事も、人の傷を癒す事も出来ると言う。それは唄う人魚の心次第に寄り代わり、人魚が人間の世界で人を殺す唄でも歌ってどっかの動画サイトに流せば人類は終わりだな、なんてことも出来る。
強い力を持つ人魚ならば完璧に人間に化ける事も可能だ、しかも声を失うと言う代償も無しに。
《とある一軒家の近くの場所でさ、妖魔師がうろついてたんだ。それを排除してたのが居たんだ。水を操ってて、綺麗な髪の女が……》
人魚の主な武器は〈唄〉と〈水〉とされる。人間に化けた際は逃げる為に水しか使えないだろう。唄は人を惑わせる能力がある為、その気になればいけるかもしれないが、唄はとても強い代わりに非常に使いどころが難しい。
人間、しかも妖魔師を排除していたとなると、その人魚と思わしく女性はとても強い力を持った人魚だと言えた。例えザコ妖魔師でも殺したとなれば、かなり力が強い事となる。リョクが怯えるのも無理はないだろう。その強さをその眼で見、言葉に発する事は思い出す事よりも酷と言えた。
「そう…じゃあ、その人魚の特徴は?」
次は外見だ。特徴は知っておいた方がいい、情報は何度も言うが大事だ。
《それが――あんまり、見なかったんだ》
「見なかった?」
見えなかったならともかく、見なかったと言うのは少しだけおかしい。意図的にリョクが見ない様にしたと言う訳である。
《見なかったんじゃ無くて、見たくなかったんだ。 アイツを見たら、何だか俺…… 殺されそうな気がして――――…》
リョクの言葉を聞いて、刹那は口を閉ざした。人間界の方へ足を踏み入れて来る妖魔は特に高レベルな術や高い妖力を持っている。例えそれが人魚だって同じことだ。争いを好まない人魚が何故訳もなく人間を殺すのかと言うのはともかく、だが力が弱くて目障りとも言える存在であるリョクでさえ神経を尖らせて警戒する相手。その人魚はとてつもなくその時に怒っていたに違いない。
「つっかえねーなぁ…せっかく人魚らしき情報を得られたって言うのに。な、刹那」
無言の間に空気が読めないまさにKY発言をしたネコ。語尾に音符が付くぐらいにいい笑顔で述べる。しかし、次の瞬間。音も無くネコの首元に冷たい何かが当てられた。
「なっ……!!?」
《セツナ!?》
驚いた様に眼を見開くリョクとネコ。無理もない。
刹那は今、仲間であるハズのネコに一瞬で武器化したアクラの刀身を首の皮スレスレの所で置いているのだ。力を入れればザックリと切れるような切れ味のいい刀である事は誰もが一目瞭然だ。
「撤回しろ、ネコ」
「は?」
突然言い出したかと思えば、その様な言葉。ネコは不思議そうな声を出した。刹那の言葉が震えている事にさえ気づかずに―――…。
「先程の言葉、前言撤回しろ!」
先程の言葉…つまり、リョクに対して『使えない』と言った事をリョクを愚弄した事を撤回しろと言っている訳である。たかが〈餓鬼〉一匹にどんだけ感情入れてんだ?と思いつつもネコは彼女を見上げた。見下ろされる黒い瞳はゾクリと背筋が凍るほどに冷たい。何故、あんな事を言われたのか、ネコには分からなかった。でも死にたくはない。だから、彼女を信じてネコは静かに刹那をを見上げて淡々とした声で告げた。
「前言撤回、するよ。 刹那」
言った事を謝ろうと言う気持ちも無い。ただ単に、その言葉を吐いただけだった。感情など籠っていない本心では無い言葉を聞いた刹那。でも、ネコだって何で謝らなきゃ分からないからこんな言葉を吐いているのだ。妖魔相手に謝るのは侮辱的だった為に刹那を見上げて謝ったのだ。
刹那は何を思ったのか、じろりとネコを見つめたのち、静かに刹那は刀を下ろした。ホッとネコが息を付いたのも束の間、刹那は静かに背を向けて扉を開いた。
「来い」
腕を引く訳でも無い、拒否権が無いと告げている命令口調。ネコは戸惑いつつもヘラヘラした顔で立ち上がり、刹那の背を追った。リョクはオロオロしていたものの、刹那の後を追う為チョコチョコとついて行った。




