第6話ー6
涼姫を個室に残したまま、私は守人と一緒に脱出する。彼女を連れて行くと、脱出は困難になるということで、守人を説得した。もっとも、私としては、次に彼女と相対することが怖いからだ。
侵入時にしてきた細工が生きているようで、私の侵入はまだ発覚していない。エレベーターで最上階まで行ければ、脱出できる。そう、私は思っていた。しかし……
「待ちたまえ。まだメインディッシュを振舞っていないと言うのに、お客様を帰すわけにはいかない」
追い詰められた精神状態のまま、エレベーターの手前で、敵に囲まれた。
敵は、アサルトライフルを持った戦闘服の兵士が背後に10人。さらに、リーダーらしき、白衣を着た30代ぐらいの男が一人。
「ようこそ、彩美奈陽君」
「あんたは……一体……?」
「失礼。自己紹介をしなくてはならないね。私の名は、皇冬智。君のような能力を持った人間の研究をしている」
「……NINJA?」
「おや、よく知っているね」
「美奈陽、NINJAって一体……?」
守人が聞いてきた。だが、私の代わりに皇が答えた。
「NINJAというのは、超能力や魔術といった、超常現象を操る能力を研究する機関のことだよ、陣守人君」
「超能力……? 魔術……?」
守人は混乱しているようだ。だが、それに構わず皇は話を進める。
「元々は、他の国にある秘密諜報機関のような組織だったのだがね。現在では、超常能力の研究がメインになっているのだよ」
その話は、ミナハから聞いて知っている。
「君のことは、以前から知っていたのだよ。君が十年前に神皆破と接触したことも、彼から力を与えられていることも」
「どうして――は、そういうことか」
ミナハの本名を知っているのは、私を除けば、現存している人物はいない。しかし、
「察しが良いね。そう、悪魔から得たのさ」
あの時、悪魔は、日本のどこかに落ちた。一般には爆発して何も残っていないとされているが、どうやらNINJAが隠匿したようだ。
「まあ、君のことを知ったのは、君が派手な活躍をした時の監視カメラの映像が残っていて、それを見た団涼姫君からのタレこみがあったからだがね」
「それで、私を釣ることを条件に、あの女の父親に便宜を?」
「ああ、そうだ。彼女は当初、そこの彼を危険に晒すことになるから反対していたがね、厳しいこの世界で育ててもらった恩を無下にできなかったようで、最後には応じてくれたよ」
「じゃあ、あんたが団さんを唆したっていうのか!?」
いつも大人しい守人が吼える。
「そうだ。さて、君にも役割を果たしてもらおうか」
皇がハンドサインを出すと、1人の兵士がアサルトライフルの引き金を一度引き、弾丸を発射する。
「が!」
弾丸は、守人の足を貫いた。守人は倒れ、痛みに苦しむ。
「守人!」
私は守人に駆け寄り、治療を施す。重要な臓器を撃たれたわけではないので、治療は簡単のはず。しかし、
「…………え?」
生命の光は、守人の患部に接触すると、瞬く間に拡散してしまう。
「ごふっ……!」
さらに、守人は吐血した。息も荒くなっている。そこまでの重傷じゃないはずなのに。
「そんな……」
再度治療を試みても、無駄だった。
「不思議かね?」
「何をしたの!?」
「別に、特別なことではないよ。ただ、君が使う魔術の源である魔力を、拡散させることによって無力化するナノマシンが、弾丸に混ざっていただけさ」
「ナノマシン!?」
魔力を拡散させて、魔術を無力化するシステム自体は、ミナハから聞いて知っている。
でも、それはあくまで発動を阻害するだけだったはず。しかも、ナノマシンではなく、電磁魔力無効化装置――特殊な電磁フィールドによって魔力を拡散させ、魔術を妨害するシステムだった。
つまり、これは単なる悪魔の技術ではない。
「お察しの通り、既存の技術との融合さ。君が知らなかったのも無理はない。おまけに、ナノマシンには対象の全身の細胞に干渉して、自壊を命じさせるプログラムがしてあるから、ナノマシンの活動を停止できなければ彼は死ぬ。
それに、兵士には全員にEMCを持たせているから、君には彼を治療することは絶対にできないし、我々を屈服させて治療法を得る術もない。――察しの良い君なら、私の要求も分かるだろ?」
「……力ね」
「そう。私の欲しいものは、あくまで君の力。それさえあれば、別段、彼の命を助けても良いし、君にも危害を加えるつもりはない。さあ、どうする?」
条件的には、私が力を失うだけという話。失うものは大きいが、それほど悪くはない話。
だが、彼が約束を護るかどうか……。
「さあ、どうする? 君が選ばないというなら、すぐにでも陣君のトドメを刺してあげるが」
「く……く……」
完全に詰んでいる。私1人だけなら、どうにか脱出できるかもしれない……いや、無理だ。彼らの装備内容からすれば、私からの攻撃も防ぐだろう。頼れるのは体術だけ。
しかも、相手の動きからすれば、敵は訓練された兵士。おまけに身体が微妙に重い。
おそらく、生命による肉体強化も無効化されているのだろう。完全な徒手空拳で、勝ち目などあるはずもない。
「さあ、さあ、さあ!?」
皇は、自信に満ちた顔をしている。銃口はすべて私に向けていて、少しでも動けば発砲する構えだ。
「さあ、あと10秒にしようか? じゅー! きゅー!」
皇は指折りして、カウントダウンを始める。
「はーち! なーな!」
勝ち目がない。でも、私の頭は勝利への道を探している。
「ろーく! ごー!」
たとえ、完全に道がなくても。
「よーん! さーん!」
私は、諦めることだけはしたくなかった。
「にー! いーち!」
私は、世界に価値があると信じたい。NINJAに力を渡して、世界が混乱に陥ることは、絶対に阻止しなければならない。
守人の方を見ると、
「気に……しないで」
私だけに聞こえる小さな声で、彼は言ってくれた。
「ぜーーーーーー、ろーーーーー!」
皇は、手を振りおろし、発砲を命じた。
「あああああああ!」
銃口の向きをきっちりと見据えて、私は駆け出した。来る方向さえ分かっていれば、回避できるかもしれない。後は、自分の体術と運に賭けた。だが、
「がああああああ……!」
銃弾は、私に向かっては飛んでこなかった。いや、守人が私の前に立って、盾になっていた。




