告げる
とても冷めた顔をするやつがいるなと思った。しゃべりかたも会話への参加のしかたも、とてもじゃないが誠実そうにはみえない。彼の友人は学校も年齢も性別もさまざまなようで、学校にいるあいだに、彼が「ちゃんと」ひととしゃべっているところを見るのは稀なことだった。
クラスには、俺がひそかに思いを寄せている子もいた。頭がよく冗談もおもしろいし、同い年とは思えないくらいしっかりした自分の考えをもっていて、それに違うことはしない、芯をもって、すきなように生きている印象のあるひと。
彼女がしゃべってわらっているだけで、一日に満足するような毎日だった。
「あいつはお前には無理だから。」
「え?」
「悪いね」
不遜に笑って、そいつは踵を返して去っていった。寒い秋の日だった。
・
なぜ、八重さんのアパートの玄関を前にして昔のことを思い出しているのかというと、高校時代のむかつくクラスメイトが、俺の憧れの女の子に、一世一代の告白をしているシーンと、いまの自分の状況が重ねられるからである。
いつも飄々としていたその男は、まだひともまばらにいる金曜日の放課後の教室で、いつになく真面目で焦った顔で、その子にすきだ、と言った。途端、彼女は鞄でやつを殴り、全力で逃走した。あとに残されたのは、唇を噛み締める男と、呆然とするクラスメイト。しばらくのち、やつは急に俺を睨み、俺の首根っこを掴んで教室から退散した。なんで俺……というのは今も解けない謎だ。
「……なんだよ急に」
「お前がうれしそうにしてたからだろ」
心外だ。いかな俺でも他人のフラれたシーンで高笑いするほどひどい人間ではない。それに噴き出しそうなやつなら俺よりひどい奴がいたぞ。
空き教室までつれていかれて、肩を落とす奴と向い合わせで座る。軽薄な人間だと思っていたのに、さっきからこいつの行動はあまりに感情的で人間らしくて、なんだか拍子抜けだ。
「まぁなー…」
「お前、そんなアツいヤツだったんだな」
「はぁ?なんだよソレ」
お前に言われる筋合いねぇよ、とニカッと笑った顔に、思わず見とれた。そもそもイイ造りの顔なのだ。
「たぶん、人生でひとりだけ、本気になるやつと会うんだよ、」
・
やつの真摯な顔を思い出す。当時の俺は何を臭いことを、と思う反面、同時に感動してもいた。俺にはまだわからないが、いつかヤツのように本気になりたいと思ったものである。少しだけ。
そして、いまがそれなのだ。八重さんがその人。
インターホンを押す。
八重さんがにっこり笑っていらっしゃいと言った。
(121122)(130220加筆修正)