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七章 “村長宅にて”

 この世にはどうしようもない事がある、その体現だった。


 フィニの世界で『国崩しの竜』と呼ばれていたというカレイプスは、この世界では『災害の竜』と呼ばれており、実際その有り様は災害その物と言えるだろう。


 カレイプスは普段は自身の住処で大人しく寝ているだけの竜だが、至極たまに起き出して人里を襲う事があるのだそうだ。それがここ最近活発になっていたらしく、この近隣にあったいくつもの村や町があのカレイプスに襲われて見るも無残な姿に変えられてしまっていたのだ。


 当然、人は抵抗する。反撃もする。倒そうとする。

しかし、人智の到底及ばぬ絶対的な力の前に、成す術もなく人は散っていくのだ。


 先程の腕が折れていた人物は、他の村がカレイプスに襲われそうになった際に急遽その村の救助に向かった人物であった。

しかし、そこにあったのはカレイプスが畑を荒らし、家屋を吹き飛ばし、人を踏み躙る凄惨たる地獄。

男は打ち壊された家屋の一つの下敷きになって腕を折り、しかし運良くカレイプスに踏み潰されずに生き残った人間の一人であった。


 男は助かった数名の仲間と共に命からがら村に戻って来られたが、村の中の空気は生き残った英雄を迎えようと言う物ではなかった。

男が村に辿り着いた日から三日後、今度はこの村をカレイプスが襲うだろうという“予言”があったからだ。


 もう村の人たちは諦めた。

どれほど抵抗しようとも、人間などは紙屑の様に蹴散らしてしまうカレイプスの前では無に等しかったから。


 また、カレイプスの恐ろしさを直接その目で見た男たちが、カレイプスが今度はこの村に来ると知った瞬間、幼子の様に恥も外聞もなく泣き出してしまったことも大きい。


 絶望は瞬く間に村中に伝播したのだった。


「なぜ、逃げなかったのですか?」


 フィニが問う。


「逃げた後、我々に生きていく場所は無い。この村が我らが生まれた場所で、そして死に場所なんだ。」


 入口からは見えないが、村の裏手には墓地があるという。

この村ができてから、この村の中で死んだ人間全員の眠る歴史の刻まれた広大な墓地が……


 それが、村で産まれ、村で生き、村で死ぬ我々の覚悟なのだ、と村長は語った。


「おにーちゃん、助けてくれてありがとね。」


 ふいに脇から声を掛けられた。

俺が守った……守ろうとした、泣いて母に縋り付いていた女の子だ。


 そう、親子は偶然にも村長の配偶者と娘だった。

だからこうして感謝の言葉と手厚い歓迎と共に俺とフィニは村長宅に招かれている。


 ちなみに村の入り口にいた老人は前村長であり、現村長の父親。

この村では村長はこの家の長男がなるという決まりがあるとのことなのだ。


 村長の奥さんは旅人らしき人物が村に来たという前村長の話を聞き、すぐに立ち去るよう俺達に警告をしてくれるために外へ出、それに娘が付いて来てしまったところでカレイプスが現れた……そういうことらしい。


 ちなみに今、奥さんは家の奥に引込んでしまっている。

なんでも腕に縒をかけて俺達を歓迎する料理を作ってくれるのだとか……なんか、申し訳ありません。


「だが、何度も言わせてもらうが、娘と妻を……そして村の者を助けてくれてありがとう。君達にはどれだけ感謝しても足りない。」


 娘が俺達に感謝の言葉を告げたのを見て、また感極まったのか村長は涙ながらに俺達に頭を下げる。


「(実際、何度目だっけ?)」

「(アハハ……何度目でしょう?)」


 こっそり、聞こえない様にフィニと言葉を交わす。


 村長はカレイプスについて話してくれながら、話の途中、何度も何度も礼の言葉を繰り返してくれた。

勿論、助けた側として礼を言われることは吝かではないし、嬉しい事だ。

でも、数え切れないくらい同じ内容で頭を下げられては、いくらなんでも居た堪れなくなってくるという物だ。


「いえ、そんな大したことはしていませんので。」


 俺は掌を振りながら村長に応える。

実際、俺何もしてないし……


「カレイプスを倒した事を何でも無いだなんて!そうだお聞かせ願いたい!一体、どんな方法であのカレイプスをやっつけたのですか!?」


 村長がやや興奮した面持ちで俺に詰め寄ってくる。


「あ、あの……それは……」


 フィニがまた思い出してしまったのか顔を暗くしてしまう。


 フィニを傷つけた村長を思わず殴ってしまいそうになる。が、村長は言霊の事など知らないのだ……当然、フィニがカレイプスを消し去った事でどれほど心に傷をつけたのかも……

だから、俺は何とか殴ってしまう事だけは思い直す。


 どうやら村長は俺が倒したと思い込んでいるようだし、これ以上フィニを傷付けないためにもここは全て俺の手柄にしておこう。

それが優しさと言う物だ。


「この俺がグルッと投げ飛ばしてスパコォンと吹っ飛ばしたんですよ。」

「……」


 最低だった……まさかのダダ滑りだった……泣いて良いですか?

フィニだけが、気を使ってくれてありがとう、とでも言うような表情をしていてくれたのが救いだった。


「あ!そうですか!これはお察しできずに申し訳ありません!」


 すると村長による謎の謝罪。

まさか!俺のギャグを察せなかった事を!?

やめて!ギャグを察せなかった事を謝るのはやめて!!むしろ死にたくなるから!!

滑ったのならスルーしてよ!フォローとかやめよ?ね!?

それもう虐めだから!滑った人をギャグを言われた側がフォローするとか虐めだから!


「勇者様は自身の力をそう軽々しく人に教えたりは出来ませんよね……すいません。」


 時間が止まった気がした。


 はい?ユウシャ?ユウシャって勇者?

何それ?新手の虐め?


「勇者って俺が?」

「はい!」


 村長はいい歳して屈託のない笑顔でそう言った……言い切った。


「わー!おにーちゃん、ゆーしゃさまなの?」


 女の子がキラキラした眼で俺を見ている。


 その目の中に輝くお星様やめてっ!眩し過ぎるよ!


「え~と……勇者って何ですか?」


 その俺の疑問が解消される事は無かった。

村長が何か答える前に、村長宅の扉がノックされたのだ。


「おや?どなたでしょう?少しお待ちくださいね。」


 村長が席を立ち、扉に手を掛ける。

しかし、扉は村長が開くよりも前に、扉を跳ね飛ばさん程の勢いで開け放たれた。


 そこには若い端正な顔立ちをした金髪の美青年が立っていた。

青系の装飾の施された鎧を着込み、腰には剣を携え、背中に盾を担いだ騎士然とした青年は、その表情を厳しく引き結んでいる。

差し詰めは初任務に張り切る若い兵士と言った風体だ。


「私は帝国騎士団シュレン隊隊長シュレン=クル=ルグタンスと申します!貴殿の依頼を承り、カレイプス討伐のため馳せ参じた!」


 いろいろ言いたい事はあるが、とりあえず一つ思う。

こいつ……めんどくさそー

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