六章 “フィニの優しさ ケントの優しさ”
一つ思う……言霊ってスゲー!
何と言えばいいのか分からない。その凄さを言葉に出来ない。
ただ凄い。
フィニはカレイプスが一匹で国に甚大な被害を与えると言った。
つまりカレイプスは━少なくともフィニの世界では━国が総力を挙げて倒さなければならないレベルの相手だったという事だ。
それほどの敵を一撃……いや、一言で屠る力……
忌み嫌われると言うのも分かるが、それ以上に俺はそんな力を扱えるフィニを尊敬した。
「う……ぅ……うぅぅ……」
しかしどうしたことか、フィニは泣いていた。
大粒の涙を眼からポロポロと溢し、手で口元を抑えるも止まらない嗚咽の声が甚く俺の耳に残る。
そう……フィニが傷付いている。
それは言霊術師であることによって元の世界で受けた扱いを思い出したのか、それとも今フィニが“消し去った”カレイプスを想ってなのか……
きっと後者だ。
フィニは優しい。それこそ俺なんか足元にも及ばないくらい、その心は慈しみに満ちているんだろう。
人を簡単に殺す、ただいるだけで人にとって害悪を撒き散らすような、そんな存在であったカレイプス相手にだって、殺してしまう事を本当に悔い、涙するほどに。
「フィニ……」
傷付いたフィニに何と声を掛けて良いか分からない。
ハッ……女の子が傷付く事を許さない、なんてとんだお笑い草だ。
現にこうしてフィニは傷付き、その傷を癒してやる事すら出来ないなんて……
何が、フィニが傷付かぬよう全力を尽くす……だ!
俺は……俺は……
「ケント……どうしてそんな泣きそうな顔をしているんですか?」
涙は止まったらしく、やや充血した眼を俺に向けてフィニはそう訊いてくれる。
今まで泣いていたのは自分なのに、泣き出しそうな俺の心を救うために、フィニはそう声を掛けてくれる。
「フィニこそ……っ!」
そこから先は言葉にならなかった。
フィニがまだ涙を流していたから。
「あれ?あれ?おかしいな、ちゃんと止まったと思ったのに……なのに、なのに……だって、ケントが泣きそうだから、傷付いてるから、私が泣いてちゃ駄目なのに……」
どこまでフィニは優しいのだろうか。
自分が傷付いて悲しい時に、人の事を想うだなんて、言葉にするほど簡単な事ではないのに……
「良いよフィニ。俺は傷付いてなんかいない。フィニが傷付くのを助けられなかったのが悔しかっただけだから。」
俺がそう言って、フィニは顔をあげた。
「そんな!私は傷付いてなんか!」
やや語気を強めて、フィニは意地を張ってそう言う。
俺にはそんな風に強がって見せるフィニがとても痛々しく見えた。
「じゃあフィニは……言霊で生物を殺した事が……あるのか?」
「っ!!」
そう言う事なのだ。
フィニは元の世界で生き物を殺した事が無い。
その重圧がフィニを今押し潰そうとしている。
「殺してなんか……」
「同じ事……なんだろ?」
「……」
フィニは無言で頷いた。
フィニが口にした言霊は≪消え去れ≫だった。
だから文字通り、存在ごと消し去ったのだろう。
それはある意味において、命を奪うよりもさらに残酷な行為なのかも知れない。
でも、フィニは敢えてその言葉を選んだ。
なぜか?そんなもの答えるまでもない簡単なこと。
フィニは優しかったのだ。
優しいから、フィニは村の人を殺そうとするカレイプスを止めたかった。
でも優しいフィニはカレイプスにだって苦痛を与えたくなかった。
だから、例えそれが命を奪うより残酷であろうと、フィニはカレイプスを“消し去る”事にしたのだろう。
それらは全て俺の推測だけど、その後で大粒の涙を流したフィニを見ていれば、俺の考えが間違っていないであろうことは分かるはずだ。
「フィニ。悲しいなら言って欲しい。傷付いたのなら強がらないで欲しい。」
強がるという行為は己を強く見せる為の行為であり、つまり心の傷を見て見ぬふりをする行為なのだ。
それを女の子が傷付かぬようにと行動していた俺は経験的に知っている。
「フィニには傷付いて欲しくない。傷付いたのなら、その傷を広げて欲しくない。」
フィニは俺の言葉を真摯に聞いてくれていた。
口を挟まず、噛み締めるように、一言ずつ。
「だからさ、そんな悲しそうな顔で人の事まで気に掛けるのはやめろよ。まずは自分の傷を癒してから……それからだろ?」
「……うん。分かった。」
もうフィニは泣いていなかった。
やや腫れぼったい眼をしていたが、でももうその表情に憂いは残っていない。
「やっぱそうだよ。可愛い子は笑ってないと。」
「フフ。もうそんな言葉で取り乱したりしませんよ。」
と、ちょっと顔を赤くしたフィニからの返事だった……めっちゃ可愛い/////
むしろ俺の方が赤面した。
でも、それを前面に出すのはさらに恥ずかしいので、
「そりゃ残念。」
と、軽く肩を竦めて誤魔化した。
「ケント。」
「ん?何?」
さて、祈った状態のまままだ状況が分かってない村の人たちに何を言おうか、と考えているとふいにフィニから声を掛けられた。
「ありがとう。」
「っ!/////」
完全に不意打ちだった。
今までの様な微笑みではなく、しっかりとした笑顔に思わず俺は顔を背けてしまうほどに動揺したのだった。
「ああ、いやいや、どういたまして……」
噛んだ……
「プッ、クスクス。」
笑われた!?
悔しいので反撃する。
「こっちこそありがとな。」
「ふえっ!?」
俺の感謝の言葉にフィニは素っ頓狂な声をあげて驚いた。
「ほら、カレイプスに踏み潰されそうになった時さ、助けてくれたろ?」
「ああ、いえ……はい、どういたしまして。」
そう言って頭を下げた。
「あ、あんた達……もしかして……カレイプスをやっつけちまったのかい!?あの災害の竜を!?」
その時になって、漸く状況に気付いたのか、俺が守ろうとした親子の母親の方が俺達に声を掛けて来た。