四十七章 “思考縛りと未来予知”
俺の話を聞いて皇帝は暫くの間黙り込んでいた。
あまりの内容に軽々しい判断を下せない様子だ。
今いる場所は皇帝の執務室。何故かゲル状になって居た皇帝と最初に出会った場所だ。
あの時はなんだかテキトーそうで頼りない感じの人間だと思ったが、こうして真剣な表情で何事かを考えている様子はそれなりに偉い人間な貫禄がある。
ところで、俺に向けらているハイラルの視線がなんだかやけに鋭い気がするけど気のせいだと信じたい。
「まずい事になった……」
唐突に皇帝はそう呟いた。
「あーハイラル君。」
「ハッ!」
左胸に右拳を当てながら皇帝の言葉に返事をするハイラル。
「ネルトの方面に向かわせたシュレン君達を至急呼び戻してくれ。それと、ナーグ君の部隊にも召集を掛けておいて欲しい。」
「承知いたしました!」
ハイラルはハキハキとした声で答えると、一礼した後に身を翻して執務室から出て行った。
「さて、ケント君とフィニ君。」
次いで皇帝の視線が俺とフィニに向けられる。
「嫌味を言うつもりはないが、一応私の話を聞いてくれるかな?」
皇帝が言う嫌味だなんて、そんな不穏な前置きに俺は唾を呑み込まざるを得なかった。
「戦争が……起こるかも知れない。」
は?まじで?
☆
皇帝の話では、旅する美食家として名の知れるトールが、今日までカテアテ集合国の国主である事に気付かれなかった事についていくつかの理由があるらしい。
まず、カテアテ集合国には変わり者が多いと云う噂。
カテアテ集合国は実はあまり他国と関わらない閉鎖的な国で、その内情は実は全くと言って良いほど知られていないのである。
次いで、トール自身があのような格好で護衛も付けずに出歩いている事。
一つ目の理由にも通じるが、カテアテ集合国出身の旅人であると云う理由で大概の人間は納得してしまうのだ。
――ここで一つ捕捉になるが、この世界で云う『旅人』とはつまり故郷を追放されたか、単に故郷を捨てたかで行く宛のない人間の事を云うらしい。犯罪者であったり、単なる世捨て人で会ったりと様々だが、兎に角、旅人と言えば帰る場所のない人の事なのだそうだ……俺達の事だと云うのも間違ってはいない。
だからナーグも言った『夫婦での旅路というのも素晴らしい』とかいうのは慰めの様な物であったようだ。
さてトールがカテアテ集合国の国主だとばれなかった理由に戻ろう。
最後の一つとして、トールのあの思考縛りの話術である。
何もかもを煙に巻いて有耶無耶にし、気付けばトールの掌の上と云うあの話術は人から思考力を奪い、“何故”という疑問を意識させない。
だからトールはいつまで経っても旅する美食家なのだ。
「う~む……」
皇帝の話の後、状況分析と今後の対応を検討する為に皇帝を始めとするルヴィス帝国の重鎮たちで会議が行われるというので、俺達は再び皇帝のメイド忍者に案内されて客室へ通された。
そこで俺は容量の少ない駄目人間の頭脳をフル稼働させて、皇帝の話を自分なりに解釈していた。
「ケント?」
唸る俺をフィニが不安そうな顔で覗き込んでくる。
思わずドギマギしてしまって、思考は一発で断ち切られた……直前に何を考えていたのかも忘れてしまうくらいに。
「にゅおぅ!?」
素っ頓狂な声を出してしまった。
「?」
そんな俺を見てフィニは不思議そうに頭を傾げた……可愛い。
「どうかしました?」
美人と近距離で目を合わせるなんて嬉し恥かしイベントに耐えられるほど、俺の精神は大人として成熟してはいないのだよ。
いやまず、駄目人間たる俺の精神が人として成熟しているかどうかと云う所から、俺の場合は考えなくてはいけないのだけれどね。
「いや、さ……」
歯切れ悪く、しかし滔々と俺は今考えていた事をフィニに語った。
「トールの……事なんですね。」
「ああ。」
話を聞けば、彼は云わばトラブルメイカーと云う奴で、今回の様なトラブルはよくある事らしい。
しかし、彼はその思考縛りの話術と持ち前の逃げ足の速さであっと言う間に官憲の手を逃れてしまうと云うのだ。
それに、本人自身の強さやあのリザという『くノ一』の存在もあり、捕えようにも一般兵程度では相手にもならない様であるのだ。
それでも、シュレンやハイラルと云った上級騎士以上の手だれであれば相手取る事も可能であるが、わざわざ騎士団が出張るほどの大きな犯罪を犯す事は無いのであると云う。
今回の幼生エインゲンバー討伐も実はそれほど大きな罪と云うわけではないのだ――せいぜい厳重注意、投獄されても一晩で反省を促される程度であるので、逃げられてしまえば特に追い掛けもしない。
だからわざわざ逃げずとも待っていればすぐに出して貰えたようだ。
今思えばあの『裁決が下されるまでそこで待つように』というハイラルの言葉も反省を促す意味があったのかも知れない。
「でも脱獄したら死刑は極端だよね。」
「確かに。でも、規律を慮ると云う事は大切な事だとも思えます。」
フィニはどうやら規律が厳しい世界で生きて来たようだ。
『脱獄したら死刑』だなんて、ゆとり世代真っ盛りな俺からすれば厳しい事この上ないと思う。
――閑話休題
トールが何をしたかったのか――まさか本当に幼生のエインゲンバーを食べてみたかっただけなんて事は今ここに至ってはあり得ない事だというくらいは、駄目人間な俺でも分かる。
「世界を旅する美食家か……って事は、つまりいろんな国を出回ってるって事なんだよな。」
「でしょうね。」
色々な国で美食と称してはありとあらゆる食材を食いつくして来たのだろう。
でも、きっとそれは仮の目的。
「本来の目的はそう……全ての国での諜報活動。そしてその理由は……」
「戦争を起こす為……というのが、あの皇帝の見解でしたね。」
本来ならば捕まる前に逃げる事も可能であったであろうトールが何故わざわざ一度捕まり、リザの手を借りて逃げたのか……一国の国主を牢に拘束したと云うその事実を作る為。
つまり――
「戦争の引き金を引く理由を作る為……か。」
そして最後にわざわざ俺達に声を掛けた理由。
「私達のせいで逃げ遅れた、という状況を演出する為……ですかね?」
最初から、ずっと全てが茶番だったのだ。
あの街の中での肉焼きから――いや、トールが世界を旅する美食家であると云う噂を流そうと思いたった時から、もうトールの中にはこの状況が出来上がっていたのかも知れない。
トールの―思考縛りの話術なんて物よりも余程恐ろしい―未来予知にも似た先見の明に、俺もフィニもただ恐れ戦いたのだった。
『神勇者と死神魔王』でリフレッシュ!
やっとこちらの小説にも筆が向きました。
というわけで、かなりの急展開となっておりますが、この展開は最初から考えていた物ですので、取って付けたような設定とか言わないでくださいね(汗
更新遅れて申し訳ありません。
楽しみにしていられた方には大変迷惑をおかけしました。
また今後も頑張って行きたいです。
評価、感想、コメント、アドバイスなどありましたら、是非お願いいたします。
あなたの一言が僕が次の章にかける熱意に変わります!
では、これからもよろしくお願いいたします。