四十五章 “ハッタリ遁走 逃げられず”
音が死んだ。
そんな表現が脳裏を過るほどに、この場から全ての音が消え去った。
ハイラルも、その部下達も、フィニも、そして俺すらも何が何だか分からなくなってその場で固まってしまった。
う~む……秘密を守れない俺はやっぱり駄目人間なのか……まあ別に良いよね、緊急事態だし。
「フィニ、今の内に逃げよう。」
「え、あ、はい。そうですね。」
未だ戸惑っているフィニであるが、今のが隙を作るために発せられた言葉だと分かるや即座に同意してくれた。
「あ、おい!逃げたぞ!追え!!」
帝国最強の騎士のくせになんだかとっても雑魚っぽい発言だった。
「ハァハァ……撒いたか?」
しばらく走り、ランクルート城下の広場にまで来てから漸く俺は振り返った。
気付いていなかったが時間は既に夜遅く。天は闇に包まれ、街灯の無いランクルートの街は人っ子一人いない静寂に包まれていた。
街灯もない街中は現代日本に過ごしていた俺には信じられない光景であったが、しかし遮る物の無い夜空から月明かりが絶え間なく降り注ぎ、視界に困る事は無い。
「あ、ごめん……///」
「いえ……」
ずっと手を握りしめていた事に気付き、咄嗟に俺は手を離して謝った。
フィニも恥かしげに俯いてはいたが許してくれた。
そんな一幕が致命的なまでの隙になっていたとも知らずに。
「【精霊よ】【捕縛を求める大地の理】【彼の者共を地に拘束せよ】」
そんな文句が遠くから聞こえた……と、そう思った時には、足元の地面が急に粥の様に柔らかくなり、足首が、膝が、と埋もれて行く内に気付けば地表に出ているのは首だけになってしまっていた。
「え?え?何これ!?」
俺は焦り、全く動かない手足をそれでも動かして抜け出そうともがく。が、全く抜け出せない。まるでコンクリートにでも詰め込まれたかのような頑強さであった。
「ケント、落ち着きましょう。逃げる事はいつでも出来ます。」
そこに聞こえるフィニの落ち着いた声。
そうだった……俺には最強のフィニの言霊がついてる。大丈夫だ、落ち着け。
「逃亡者二名確保。」
そこにそう言いながら現れたのは、予想通りハイラルだった。
同時に、ハイラルの部下であろう騎士達が俺達を万が一にの逃がさぬよう取り囲む。
「どのような軽罪であろうと脱獄を謀った者は即刻死罪、と帝国の法は定めている。」
ゾッとするほど冷たい口調でそう宣いながら、ゆっくりとした足取りでハイラルは歩き寄ってくる。
フィニの無敵っぷりを知らなければ、恐怖で失禁していてもおかしくないほどに、それは絶望の光景だ。
「無論、貴様らも例外ではない……が、しかし詳しく聞かねばならぬ事が一つ出来てしまったな。」
と、ハイラルは分かりやすく困った顔を作り呟いた。
「え?」
その意味が分からなくて、俺は間抜けな声を洩らしてしまう。
「出し抜かれたというのも不愉快な話だ。貴様らは囮……だったか。」
事ここにいたり、漸く俺はハイラルが何を言わんとしているかを悟る。
やっとトールが牢屋にいない事に気付いたようだ。これからは牢屋には監視カメラを付ける事を強くオススメするね。
「いかにしてあの堅牢から我らに気付かせずして脱出したのか……話してから死ぬか、話さずに死ぬか、選択する権利を与えてやっても良い。」
どちらにせよ死ぬな~とか、どこか遠い世界の事の様に俺は考えていた。
どうせ俺達はリザという存在以外何も知らないし、リザが何をしたのかも知らない。
まあ見張りなんかを全員眠らせたのはリザの仕業だろうし、なんらかの脱獄したらそれが判明する仕組みを突破したのもリザの所業なのだろうけど、それを教える義理もないし教えても何のメリットも無い。
俺が守ると言ったのに、結局フィニ頼りになってしまいそうな俺は駄目人間だけど、でも生き残る術としてそれしか手が無いのなら、その手を出し惜しむべきではない事くらい駄目人間の俺でも分かる……勿論、言霊を使う事がフィニにとって辛い事であったならば、別の話ではあるのだが。
「そうか。」
と、だんまりな俺とフィニを見て、何を納得したのかハイラルはそう呟いた。
「ならば仕方ない……か。」
さらに残念そうに溜息を洩らし、しかし何かを諦めたかのように真面目な表情をハイラルは作り直す。そしてこう続けた。
「今この時この場において、帝国騎士団ハイラル隊隊長にして騎士団最高責任者ハイラル=イデ=ケスタリードの名の下に、幼生エインゲンバー狩猟の容疑者にして脱獄者二名に処断を下す。」
腰に差された細剣を抜き放ちながら、ハイラルはゆっくりとした口調で言葉を発す。
そしてその細剣の切っ先を俺達の方へ向け、一言だけ告げる。
「死刑。」
アッサリし過ぎてません!?