四章 “無気力な村”
俺とフィニは相変わらずの草原が続く代わりない景色の中を歩いていた。
「そういえばさ、さっきの獣は何だったんだと思う?」
「私たちがこの世界に来る際に都合悪く近くにいたこの世界の生き物なのではないでしょうか?」
フィニがそう予想を言ってくれる。
俺もそう思う。
なんせ、気付いたらあのオオカミみたいなのに囲まれていたのだ。
もしかしたら彼らのテリトリーに入り込んでしまっていたのかも知れない。
彼らは侵入者を排除しようとしただけだ。
食われるとこだったけど……
「元の世界でさ、あの獣に似た生物っていた?」
「そうですね、私の世界にはオオカミという生き物がいまして、それに近かったような気はします。」
「そうなの?いや、俺の世界にもオオカミっていてさ。やっぱり似てるよ。」
「そうなんですか?」
こうして話をしながら俺達は世界についての情報を交換していく。
話の中で分かった事だが、生物については俺の世界とフィニの世界では大きな違いは無い。
イヌやネコ、今の話で言えばオオカミなど俺の世界にいる生物はフィニの世界にもいるようだ。
ただ、俺達の世界では伝説の存在とされているドラゴンとかペガサスとかいう存在はフィニの世界では割と普通に生息しているらしい。
俺達の世界では超能力や魔法と言った物は眉唾であるが、フィニの世界ではそれが技術としてしっかり浸透しているとのこと。
俺の世界での文明が電気の力で発達したように、フィニの世界では魔法の力によって文明が発達したそうなのだ。
また機会があれば詳しく聞いてみたいところ。
「あ!あれがそうじゃありませんか?」
三時間も歩いた頃だろうか、果てしない草原の中にポツンと孤立するように一つの集落が見えた。
自称『神』が言っていたように、確かに小さな村だ。
恐らく人口は500人にも満たないであろう。
「ケント、行ってみましょう。」
「あ、ああ。」
何が嬉しいのか、フィニは俺の手を引きながら少し歩調を早めた。
そんなことしなくても村は逃げないって……と、手を握られて気恥ずかしさ百億パーセントの俺は呟かなかった。
村の入口らしき場所に立っていた老人に「旅の方ですか?」と訊かれた。
老人は見た感じ齢70といった風体で、腰を大きく曲げて杖を突いていた。
服装は貧乏な農夫といった感じで、半袖で継接ぎだらけの薄い生地のシャツのような上着にクウォーターパンツのような下衣。
老人は遠慮なく俺とフィニを舐めるように見渡し、そして怪訝な表情を作っての先程の質問だ。
多分、見慣れない服装の俺とフィニに警戒心を抱いているのだろう。
旅人かどうか、なんと答えるか迷った俺はフィニに視線を送る。
フィニも困ったような視線を俺に返してきた。
「まあ何でも良い。我々は余所者を歓迎しない。が、特段拒絶もしない。」
そう呟くように言う老人の声は甚く弱って聞こえた。
「だから、せめて村の者だけは傷付けないでくれ。」
老人は祈るようにそう言って、村の中へ消えて行った。
「……」
「どういう……意味なんでしょうか?」
俺は何も言う事が出来ず、フィニも言葉の真意が分からないようで俺にそう投げかけた。
勿論、俺はそれに答える事は出来ない。
「ま、まあ拒絶しないって言われたんだし、とりあえず入ってみようぜ。」
「そうですね。何か分かるかも知れませんし。」
疑問は残るが、とりあえず俺達は村の中へ足を踏み入れた。
現代日本で暮らしていた俺にはある意味新鮮な景色だった。
藁で編み込まれた屋根を四本の木が支えているだけの、壁さえ無いテントの様な家屋が並び、どの家も大きさも形も大して変わりがない。
どの家にも近くには5メートル四方ほどの田畑が備えてあり、まさに農村と言った風体だ。
だが……
「なんか……おかしいな。」
「ええ。」
違和感にはすぐに気付いた。
村人たちに一様に覇気が無い。
脱力し切って動きが無く、まるで人形の様だ。
畑もまるで荒らされ放題で、新鮮な野菜など一切見当たらない。
形の崩れたキャベツらしき野菜などが申し訳程度に転がっているだけだ。
「ケント!あれを。」
「っ!」
その時、何かに気付いたのかフィニがある方向を指差す。
俺も即座にそれに気付き、二人でその人物に駆け寄った。
その人物は完全に腕が折れていた。
腕がまったく有らぬ方向に曲がり、骨が皮膚を突き破る寸前なのか薄らと白い色が肌の上から見える。
だというのに、痛そうな素振りさえ見せず、切り株の上に座ってただ空を無気力に眺めていた。
「あの!」
フィニが声を掛ける。
腕の折れているその人はフィニの声に微かに反応を示した。
「ああ……旅人……か?」
声は消え入りそうなほど力が入っていない。
男性だった。
全く整えられていない無精髭を伸ばし、髪もクシャクシャで脂っぽい。
頬はゲッソリとしていて今にも死んでしまいそうだ。
「その腕、大丈夫なんですか?」
俺は男の質問には答えず、腕を指差しながらそう問うた。
「ああ、何でも無いよ、こんなのはね。」
男は何かを諦めたかのようにそう答える。
「……≪治れ≫」
フィニがその痛々しさを見ていられなかったのか、男の腕を指差しながらそう口にする。
その瞬間男の腕はみるみる内に元の形に治った……医者いらずなんだな、なんて場違いな事を思う。
男は一瞬目を見開いたが、すぐに無気力な眼差しに戻る。
「これは驚いた。お嬢さん魔術師だったのか。ありがとう。でも……」
魔術師という単語は気になるが、それよりも男が言葉を切った話の続きの方が気になる。
どうも楽しい話ではなさそうだが……
「意味が無いよ。この村は今日、滅ぶからね。」
どこか遠くから耳を劈く様な甲高い生物の鳴き声が聞こえた。