四十四章 “様子見のつもりが泥沼”
カテアテ集合国。
それは、シュレンとウルナに地理を聞いた時に出た名前。
ルヴィス帝国の西にあるというこの国には「変わり者が多いらしい」とシュレンは言った。
第一、俺やフィニも最初はシュレンにカテアテ集合国からの旅人だと思われていたようでもあるし。
どうやら、少なくともルヴィス帝国には、変な奴を見かけたらカテアテ集合国の人間だと思っておけば良い、というような風習でもあるようだ。
ってな感じで、トールが去って行った後の牢屋の中でつらつらと思索に耽っていた。
ちなみに、トールの手錠はリザが手刀で一撃で粉々にしていた。
「フィニはどう思う?」
駄目人間の思考能力では限界があるので、俺はフィニに話を振ってみる。
「そうですね。変わった方だとは思っていましたが、まさか国主であったとは……」
フィニも概ね俺と同意見と言った所なのだろう。
まさかお国のトップが護衛も付けずにあんな汚らしい格好をして歩き回っているとは……カテアテ集合国とやらは予想以上に変わり者が多そうだ。
それに、世界を渡り歩く美食家として有名ってことは、実際にこんな事を相当長年続けているという事で、今回は運悪く捕まっちゃったから自分の部下に頼んで救出して貰った、ってとこなのかな。
「悪い奴だな。」
「そうですね。悪い奴ですね。」
フィニもクスクス笑いながら俺の言葉に同意を示した。
そんな悪い奴の口車に乗って、自分達の立場も忘れてルヴィス帝国の法に叛いた俺達は頭の悪い奴って事になっちゃうのかも知れないけど、そこはまあ、考えない事にしよう。
「それにしても退屈だな。いつまで俺達はここにいれば良いんだろう?」
リザとの騒ぎの時だって誰も駆けつけて来なかったし、何よりリザの言った「しかし問題はありません。ここから脱出口までの経路上にある障害は全て眠らせました。」という言葉の意味も気になる所。
となればこれはもう……
「様子を見に行くしかないな。」
幸いと言うべきか不幸にもと言うべきか、頑強そうな牢屋の鍵はものの見事にリザによって粉砕されている。脱獄してくださいと言わんばかりだ。
「大丈夫でしょうか?私達は悪い事をしたから閉じ込められているのですが……」
どうやらフィニは逃げだす事に若干抵抗があるらしい。「やめた方が良い。けど、ここにこうしているのは退屈。」的なオーラを感じ取れる。
「ダイジョーブダイジョーブ。見つかったら謝れば良いんだって。」
「ありがとう」と「ごめんなさい」は万国共通の筈だ。え?脱獄?何それ美味しいの?
「そ、そうでしょうか……」
お、なんだかフィニが若干乗り気になってきたっぽい。もう一押し。
「大丈夫さ。万が一何かあっても、フィニだけは絶対に俺が守るから。」
「……///」
あれ?黙って俯いちゃった……ハッ!?もしかして、俺みたいな駄目人間じゃ頼りないと思われた!?
それは良くない。ここは押すばかりじゃなくて少し引いてみるか……
「まあ、フィニがどうしてもって言うなら、俺一人で行って来るよ。ちょっと寂しいけど、フィニの気持ちを尊ちょ……」
「行きます!」
俺の言葉を遮って、頬を赤くしたフィニが叫んだ。
「そ、そう?そりゃ良かった。じゃあとりあえずこの邪魔な手錠をこわ……」
「≪粉砕≫」
「壊れよ、じゃなくて!?」
ぶっ壊れた。原型さえも分からないほどに粉々に粉砕された。手錠が人間だったら「解せぬ」とか呟きそうなくらいバラバラになってしまった。良いんだろうか?
「さあ行きましょう。」
鉄格子の方は既にリザによって切り裂かれているから言霊を使うまでもない。
俺とフィニはそれぞれに宛がわれていた牢屋から抜け出すと、一端頷き合ってから出口の方を目指した。
「なんだよ……これ。」
道理で誰も来なかったわけである。
「酷い……」
フィニも口元を掌で覆い、その光景に衝撃を受けていた。
「眠らせた……か。良く言うぜ。」
死屍累々。
この光景を表すのに的確な表現と言えばこの言葉しかないだろう。
牢屋の扉の外にいた二人、恐らくはこの牢屋の見張りだろう兵士たちはものの見事に昏倒させられていた。
「うぅ……」と唸っている所を見ると、どうやら生きてはいるようだ。
牢屋へ続く細道を抜けるとランクルート城の城門前広場がある。
そこにも何人もの兵士たちが倒れている。全員、先の見張りの兵士と同様の状態で死んではいない様子。
怪我らしい怪我もしていないからフィニもどう治せば良いか迷っているようだ。
「おいこっちだ!二人も逃げているぞ!」
やや遠くから聞こえるそんな怒鳴り声。
聞き覚えのあるその声の主は……
「やば、ハイラルだ。」
帝国最強らしい騎士が十人程度の部下を引き連れて、こちらに走って来ている。
「なんだこの惨状は!まさか奴らがやったのか!?」
そしてこの惨状に気付いたハイラルがさらに声を荒げ、さらにこちらに迫りくる速度が上がる。
あれー……なんかあらぬ嫌疑を掛けられてね?
「ケント……これは……」
フィニが不安そうに俺の服の裾をちょんと抓む。
多分、あの牢屋は脱獄すると分かるシステムになっているのだろう。
トールとリザは何かしらの方法でそれを避けて逃げたけど、俺達は間抜けにも何も考えずに牢屋から出てしまった。
それがこの結果なのか……となれば、騎士達はまだトールは牢屋内にいると思っている筈。
その辺りから切り崩して活路を見出す!!
そう心に決めて、俺は大きく息を吸い込むと、騎士達の足を止めるべく第一声を放った。
「トール=テン=ハリエニーラは実はカテアテ集合国の国主なんだ!」
ハッタリで乗り切るつもりが、なんかとんでもない暴露話になった。