四十二章 “投獄”
気が付けば俺達には一人一部屋の個人部屋が用意されていた。
四畳半ほどの広さの部屋は鉄格子で区切られ、その中には硬質なベッドにフワフワの毛布、そして申し訳程度に区切られた区画に和式っぽい様相の厠が一つ……いや、まあ現実逃避はやめよう……言うまでもなく牢獄だった。
牢獄同士の間も鉄格子で区切られているので隣の牢獄に入っているフィニやトールの様子も分かる。
ちなみに向かって左からトール、俺、フィニの順番だ。
武装は解除━とは言っても俺もフィニも武器らしい物は何も持ってないけど━され、入念な身体検査をされた後、手首に填められた手錠はそのままにランクルート城の地下にあるらしい牢獄に放り込まれたというわけだ。
「緊急避難なら大丈夫じゃなかったのかよ~」
半ば愚痴るように、俺はトールに対する恨み事……嫌味を口にする。
「ふーむ……帝国最強の騎士があそこまで頭が堅いとなるとのぅ……本当にこの国の騎士は心が狭くていかんのぅ。」
当の本人のトールは俺の批難には特に堪えた様子もなく、単に自分の読みが浅かった事を悔いているように見えた。
「話も何も聞いて貰えませんでしたね。」
ハイラルと言うあの男、「話は帝城で聞く」とか言いながら、俺達を牢獄に放り込むなり「裁決が下されるまでそこで待つように」とか何とか言ってさっさとどこかへ行ってしまった。
取り付く島も無しとはこの事だろう。
「しゃーないし脱獄しよっか。」
サラッと言ってみる。場を明るくするためのジョークだと思ってもらえればそれで良い。
「あ、逃げますか?では、≪壊れよ≫」
ガシャンという音と共にフィニの手に填められていた手錠がアッサリと砕け散った。
「何っ……じゃと!?」
トールの恐ろしい程に驚愕した声。当然だろう、言霊の最強っぷりを目の前で見せられたのだから。
それにしてもフィニは逃げる事に何ら抵抗は無いのだろうか?自分達は悪い事など何もしていないのだからこのような扱いは不当である、と言わんばかりの軽はずみな行動だよ。
そういや、フィニって案外喧嘩っ早い性格なんだよね。
「いや、逃げるなんて冗談だから!そんな荒っぽいことしちゃ駄目だって!」
「そうですか?では、≪直れ≫」
砕け散った手錠が再び寸分の狂いもなく元の形状に戻りフィニの腕に填められる。
ビデオの逆再生を見ているようで、何とも形容し難い光景である。
トールが唖然として言葉も出ない様子だった。
「『一語法』じゃと!?」
あ、驚いてたのそっち?
ウェルストンとの決闘騒ぎの時の反応もそうだったけど、どうも『一語法』というものは俺の予想以上に凄まじい物であるらしい。
伝説上の存在とか言ってたし、日本人の俺の感覚からすれば、そうだな……マンガやアニメの魔法の様な物を現実に見せつけられた感覚に近い……のかな?
「それに『魔封じの枷』を物ともせずに……」
この手錠って『魔封じの枷』っていうんだ。俺みたいな駄目人間でも分かりやすい。
「クス。冗談ですよケント。いくらなんでも誤解を解かずに逃げるなんてしませんよ。」
そりゃそうだ。むしろフィニのジョークを理解せずに真剣に受け取った俺の方が悪いという物だろう。
それにしても驚いてるトールはスルーなんだ……
最近気付いたけどフィニって若干Sっ気あるよね。優しいのになぁ……いや、むしろ優しいからこそなのかな?根は優しいし咲いてる花も優しいからこそ若干の棘付き的な……その棘も、まあ結構柔らかいけどね。
「驚いてるけどさ、トールの『後唱法』なんて詠唱せずに魔術発動するだろ?そっちのが凄くない?」
あの時間を止める魔術をやられたら、もしかしたらフィニでも勝てないかも知れない。なんせ魔術の発動まで一言も発しないのだ。フィニが≪止まれ≫と一言言うよりもさらに速い。
となれば、下手しなくても一語法を超える詠唱法なのではないかと思うんだけど……
「そうでもないんじゃよ。どうしてワシが貴様らをすぐに助けなかったと思うんじゃ?わざわざ解除して動き出してから狩ったのは何故じゃ?」
むむ?トールから質問を質問で返されてしまった……う~むむむ……
助けなかった理由か……俺達が困ってる様子を見て楽しんでたとか?
解除してから狩った理由……実力を見せつける為とか……
「それと、見られたくない技のはずなのに、動きを止めたのはエインゲンバーだけで私たちには作用していなかった理由……もですね。」
「小娘の方は賢いの。その通りじゃよ。」
意味が分からない。
見られたくなかったのに、あの魔術に俺達を巻き込まなかった理由って……ああ、そうか分かった!
「条件があるのか!」
例えば、人には使えないとか、使っている間は動けないとか……そういうのがあるんだな。
「概ねその通りじゃの。やっと気付いたか。」
なるほど。いろいろと条件が厳しいせいで、一言で魔術を発動する一語法とはまた凄さに天地ほどの差もあるわけか。
「『後唱法』は『一語法』とは似て非なるものじゃよ。もっとも、『一語法』の使い手にわざわざ語って聞かせる必要などないだろうがの。」
いや、『言霊』と『一語法』もきっと似て非なるものだからちゃんと教えて欲しいなー、なんて言えるわけがない。
「まさか小娘が伝説の『一語法』の使い手だったとは……ふむ、そういえば名前、聞いていたかの?」
言ったよ!俺が教えたよ!!完全に聞いてなかったのかよ!!!
「フィニです。」
「フィニ……か。覚えておこうかの。」
「じゃ、じゃあ俺の名前も……」
「無能者の名前など覚えるに値せんわ。」
バッサリ言われてしまった。これは落ち込むしかない……思いっきり落ち込んだ。ズーンって感じで両膝を地面に付いて落ち込んだ。
俺みたいな駄目人間にだって感情はあるんだぞ……
「ケントは無能なんかじゃありません!」
落ち込む俺を見てフィニは声高く叫んだ。
「そうか。それは悪かったの。訂正しよう。名前は……そうケントじゃったな。」
あれ?随分とあっさり覆したな。まさかフィニの心の叫びが届いたとかいうわけでもあるまいに。
フィニも拍子抜けと言わんばかりのポカンとした表情で頭を傾げている。
「ケントにフィニ。覚えておくぞ。またいつか出会う事があれば、の。」
そんなまるで別れの挨拶の様な言葉をトールは口にする。その次の瞬間だった。
「ハリエニーラ様。お迎えにあがりました。」
音もなく、ともすれば始めから牢屋の中にいたかのようにそいつは現れ、そして片膝をついてトールに頭を垂れた。