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三十六章 “幼生エインゲンバー”

 何も問題は無かった。

フィニの言霊の最強っぷりは良く知っているし、怪我もせず、依頼も最速タイムでこなされたと言っても過言ではないだろう。そう……本当に問題は無い。

それでも問題があるとすれば……


   「可愛いー!!」


 ちょっとフィニが壊れたことかな。


 まあ失念していたわけだが、ここはエインゲンバーの巣付近。

この辺りを探索した所、運良く即座にエインゲンバーと遭遇した為に忘れていた。

巣である以上、ここには……


   「囲まれてるなぁ。」


 十数匹のエインゲンバーの子供に。まあ構わないんだけどさ。


 エインゲンバーの成獣からは想像も出来ないほど幼生のエインゲンバーの可愛らしさは異常だった。

小さくて滑らかな体、クリクリとした何かを訴えたそうな眼、そして申し訳程度に額にあるタンコブの様な角。

可愛い……思わず撫でたくなる子猫のような愛くるしさと、小突きたくなる様な生意気さを兼ね備えた最強の愛玩動物がそこにいた。


 彼等は、恐らくは自分たちの親が捕獲されているというのに、何も分かっていない様な無垢な瞳で俺とフィニを見上げている。憎むどころか、むしろ懐いて来そうな勢いだ。


   「ケント、これは撫でても良いんでしょうか?」


 構わないと思うけど、現在進行形で彼らの親を捕獲しているフィニの言葉ではないと思う。

普段の優しいフィニなら、親を捕獲しているなんて、それだけで罪悪感に苛まれてしまうだろうに……


 可愛い物を見るとフィニは若干壊れる……覚えておこう。


   「やめておいた方が良いじゃろ。」


 ふと背後から声がした。


   「幼生のエインゲンバーの角には強力な毒がある。彼等は彼等の親を攻撃した者に懐くフリをして近づき、その角に含まれる毒で襲撃者を殺そうとする。子が親を守る珍しい習性のある生き物なんじゃよ。」


 驚いて振り返れば、エインゲンバーの子供たちの輪の外にトールが立っていた。


   「しかし驚いたのぅ。二人だけではエインゲンバーは厳しかろうと思ってこうして援助に来てみれば、依頼のエインゲンバーは既に捕獲され、だというのにお主ら二人は生命の危機に瀕しておるとは……なかなかないぞ。こんな状況。」


 え!?俺達今死にそうなの!?


   「はっ!あ……」


 そこでフィニは自分が彼等の親を捕獲している事に今更ながら気づいたらしい。

途端、表情が一気に沈み込む。


 いけない……このままではフィニが傷付いてしまう。


   「私……は……」


 う……今にも泣き出しそうだ。


 でも、仕方のない事だとも思う。

多少脅迫気味だったとはいえ、エインゲンバーの捕獲の依頼を受けたのは俺達である。

その捕獲対象に子供がいたからと言って、それだけで罪悪感を感じるなんて、少し自分に甘えが過ぎるような気もする。


 生きて行く上で俺達は何かを食べる。

野菜も食べる。魚も食べる。肉だって食べる。

何かを食べると言う事は、食べられた何らかの生物の命を犠牲にしているという事で、自分では殺さないけれど、人が殺した物は平気だなんて、そんなことは甘えだと駄目人間な俺でも流石に分かる。


 しかしまあ、それはそれ。

今俺の目の前で女の子が傷付いている。

俺にとってはそれだけが重要で、それ以外に大事な物なんてない。


 俺が今すべきことは「気にするな。フィニは悪くない。」とフィニを慰める事。

慰めないといけない。可愛いフィニに泣いて欲しくないから。


   「きに……」

   「甘えるな小娘!」


 俺の言葉はトールに被せられた。


   「え?」


 フィニは当惑した表情でトールの方を振り返る。


   「貴様とて肉を食うだろう?その肉はどこからやって来た?ランクルートの町で貴様が食った肉は何の肉だとワシは言った?」


 あ、それ俺も思った。


   「ルヴィス帝国は生態系を崩さぬため、法で幼生の獣を狩猟する事を禁じている。つまり、この国の中で肉を食う時、その肉は必ず成獣の物であるのだ!食う事と殺す事が違う事などと、子供の様な事は言わぬであろうな?」


 捕獲する。その生物のその先の人生……っていうか獣生を奪う。それでもフィニは自分が殺すわけじゃないから平気だと言うのだろうか。

カレイプスを消した時、あれほどに涙を流したフィニが、自分が殺さないと言うだけで平気な顔をして笑えるのだろうか?


 そんなはずはない。

あの優しいフィニが生物を無為に捕獲するなんて平気で出来る筈が無い。

だったら、どうしてフィニはエインゲンバーに対して言霊を使う事が出来たのか……


   「ち、違います!私は、ただ……」


 フィニにはフィニで何か思う所があるらしい。

それはもしかしたら人間至上主義のエゴの塊なのかも知れないし、ひょっとしてカレイプスくらい大きくないとフィニにとっては生物として認識できないのかも知れない。


 どんな思想の持ち主だったとしても、俺はフィニの考えを尊重するし、それによって俺がフィニを嫌うなんてありえない。

俺にとって、俺の目の前で女の子が傷付かない事だけが重要なのだから。


   「まあ良いじゃろ。その論議は後にしよう。それより、今はこの状況を何とかする事を考えんとのぅ。」


 気付けば、つぶらな瞳をしたエインゲンバーの子供はジリジリと俺達への間合いを詰め、その円陣を狭めてゆく。

何も知らずに見れば抱き締めたくなるほどの可愛らしさだが、先のトールの話を聞いてからだと、こいつらは凶悪な獣にしか見えない。いや、実際に凶悪な獣なのだろう。


 親を攻撃した者を子が殺す。

それはつまり、幼生の方が成獣よりも強いという事で……


   「幼生のエインゲンバーの突進の速度は親以上じゃ。お主ら、死ぬぞ。」


 と、そのトールの言葉が早いか、一気に表情を凶悪に変えた幼生のエインゲンバーがロケットのような勢いで一斉に俺達に向かって飛び掛かって来た。

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