三章 “言霊術師”
ほんとに今何が起きた?
だってフィニが一言口にした瞬間に俺とフィニが光に包まれて、そしたら服着てて……
で、折角の女の子の裸なのに……じゃなくて!!
「何したの?」
「あの私……実は言霊術師なんです。」
そんな世紀の秘密暴露みたいな顔されても、『コトダマジュツシ』なるものに全く聞き覚えのない俺としてはどう応えて良いか分からない。
「コトダマジュツシって何?」
仕方なく、俺はそのまま問い返す。
フィニは気を悪くした様子もなく、むしろ分からなかった事が嬉しいような表情で、それならばと説明を始めてくれた。
「えーとですね……私の世界では言葉には魂が宿るという信仰があるんです。」
それは何となく分かる。
日本にも似たような風習はあるからだ。
「その言葉に宿る魂を具現化する術がありまして、それを『言霊』と呼びます。」
「なるほど。その言霊を使える人を『言霊術師』っていうわけだ。」
フィニはそこで頷く。
コクという擬音が聞こえてきそうな控え目な頷きで、なんとも可愛らしい。
「それで、言葉に宿る魂を具現化するってどういう意味?」
「例えばですね……≪案山子よ≫」
フィニが何もない空間を指差しながらそう言うと、途端にその場に人型に象られた木の人形が現れた。
「≪燃えよ≫」
次いで、フィニがその案山子を指差しながらそう告げる。
すると、いきなりその案山子が凄い勢いで炎を上げて燃え始めた。
ほんの十数秒で案山子は燃え尽き、そこには単なる燃えカスだけが残る。
「え……と……まさか………」
「はい。私は自分の言葉をほぼ何でも現実にする事が出来ます。」
「例えば、フィニが『死ね』って言ったら……」
「……死にます。」
それ、なんてチート?
「ちなみにさ、言霊ってフィニの世界じゃ珍しいものでもないの?なんかさ、誰でも使えるものではないけど、割と使える人もいるよ的な……さ?」
最後の方は俺も不安になりながら訊いた。
「いえ、言霊は忘れ去られた過去の遺物です。恐らく、使い手は私だけかと……」
フィニが自身を『言霊術師』だと名乗った時のあの苦渋の表情は、つまりはそういうことなのだ。
行き過ぎた力は畏怖の象徴であり、侮蔑の対象……
同時に俺はフィニが『神に嫌われた』ということも理解した。
言葉を現実にするなんて、いかにも神の所業……フィニは神に近付き過ぎたのか……
「あのケント……私は、その……」
俺が衣服について困った表情を作ったのを見て、思わずフィニは言霊を使ってしまったのだろう。
それはフィニの優しさだ。
それでフィニが傷付くなんて間違っている……そして俺は女の子が傷付くのだけは決して許さない男だ。
「そんな悲しそうな顔すんなって。言葉を現実に出来るなんて凄いじゃないか!羨ましいぜ!」
そう極めて明るく言う。
実際、俺は嘘を言っていない。
そんな事が出来たらどんなに良いか、なんて一度も考えた事が無い奴がいるはずがない。
「でも……私は……化物なんですよ?」
きっと元の世界で心無い連中にそんな風に呼ばれたんだろう。
それこそ言霊の力で住み易い世界にでもしてやればいい物を、優しいフィニにそんな事は出来なくて……
「フィニが化物なら、俺は馬鹿者だな。ほら、俺の方がよっぽど悲惨だ。」
おどけて言う。
あくまで冗談という色を強く、同時に言霊なんて物は大した事じゃないという俺の本意を乗せて。
「プッ、クスクス。」
「お、笑ったね。その方が良いよ、うん。」
可愛い子は笑ってるともっと可愛いね。
「可愛い子は笑ってるともっと可愛いね。」
「え?……あの……//////」
はっ!?
思った事をそのまま口に出してしまった!!
俺の言葉を聞いて思わず赤面するフィニ……めっちゃ可愛い。
って、そうじゃなくて!
俺、今フィニに正面切って何を言いました?
「可愛い子は笑ってるともっと可愛いね」……死んだ方が良いですか?っていうか死んで良いですか?
「ご、ごめん。つい本音が……」
「っ!!///////////」
何を言っているんだ俺ぇ!!
本音って!おい!!
もうフィニの顔が湯でダコみたいに真っ赤で、このままだと頭に血が上って気絶する勢いだ。
それはまずい。
だから俺はこれ以上墓穴を掘らない内に頭を下げた。
「ごめん!悪気があったわけじゃないんだ!」
「うぅ……」
ちょっとフィニは泣き顔だった。
でも傷付いた感じの泣き顔じゃなかったので俺は安心した。
これがもし、傷付いた泣き顔だったら、俺は自分が女の子を傷つけたという事実に耐え切れずに自殺したことだろう。
「ほんと、ごめん!」
「そんな……謝らなくて、良いよ。ビックリしただけだから……そんな事、言われた事、無くて……」
その言葉には思わず顔を上げる。
フィニほどの可愛い子が『可愛い』って言われた事が無いって?そんな馬鹿な。
フィニは元の世界でいったいどれだけ酷い扱いを受けたんだ……
「でも、そんなこと悪気があって言えたら凄いかも、クスクス。」
でもフィニは笑ってくれている。
今、笑ってくれるのなら大丈夫さ。
俺の傍にいる限り、フィニがこれ以上傷付く事が無いよう俺は全力を尽くすのだから。
「じゃ、じゃあ、村の方、行ってみようか?」
「う、うん。」
まだいろいろと顔の赤い俺とフィニだが、とりあえず西にあると言う村へ向かって歩き始めた……歩き始めようとした。
「で、西ってどっち?」
「その……どっちでしょう?」
見渡す限りの果てしない草原には方角を示す様な物は何一つ無かった。
「どうしよう?」
「大丈夫ですよ、ケント。≪方角 西を示せ≫……あっちみたいですね。」
傷付けないと誓ったその場で俺はフィニの言霊に頼ることになってしまった。
「なんか……ごめん。」
「アハハ。謝らないでくださいケント。心配せずとも、私は言霊を使う事にそれほど抵抗があるわけではありませんから。」
そう言うフィニの笑顔だけが救いだった。
良かった、傷付いてなくて。
ホッと俺は息を吐き、そして俺はフィニの指差した方向へ向かって、フィニと共に今度こそ歩き始めたのだった。