二十五章 “フィニVSウェルストン”
当然、同時に発言すれば早いのはフィニだと……そう思った。
「【精霊よ】【雷を求める天空の理】【目に見えぬ速さにて敵を撃ち砕け】」
ウェルストンの詠唱は速かった。
それは恐ろしいまでの速度で、フィニが≪止まれ≫の≪ま≫を言い終わるか言い終わらないかの内に、そこまで言い切っていた。
なるほど、晩餐会場でのあれは理性を失っていたという事か……冷静ならこれほどの実力を発揮できると……
「≪止まれ≫!」
フィニの目前。
直撃するかしないかというギリギリのところで、フィニに向かって降り注いできた雷は止まった。
雷が空中で止まるという不思議な現象が起こっているが、両者そちらに気を配る様子無し。
「一語法……だと!?」
何かウェルストンにとって驚くような事があったのだろうか?
「お返しします。≪相手に向かえ≫」
フィニの言葉通り、ウェルストンの放った雷の魔術はそのまま方向を変えてウェルストンに襲いかかる。
「クッ……」
ウェルストンは歯を噛み締めながらもサイドステップを用いてそれを回避。
「それなら……【妖精よ】【撹乱を求める幻惑の理】【我が分身を無数に配置せよ】」
途端、ウェルストンが二つに分離したかと思ったら、あっという間に数え切れないほどのウェルストンがフィニを取り囲んだ。
むむ……分身の術ってわけか。
「≪薙ぎ払え≫」
フィニが右手を振る。
それだけで、前方に位置していた目算300人ほどのウェルストンが吹き飛ばされる。
「む!?」
どうやら予想外だったようで、ウェルストンの表情に動揺が走った。
ただ、全部のウェルストンが急に同じ表情を作るのはちょっと滑稽だった。
「≪本物よ≫」
フィニが背後のウェルストンを指差しながら言う。
それだけで、ウェルストンの分身は全て掻き消えた。
なるほど……分身の一角を吹き飛ばして動揺を誘い、その上で本物を見抜く時間を作る……か。
策士だな、フィニ。
フィニの口物が若干笑ったように見えた……来るか?攻撃の言霊……
「なっ!?クッ……【精霊よ】!」
動揺しつつも新たな魔術を発動しようとするウェルストンだが、流石に今度は圧倒的にフィニが早い。
「【発破を求め……」
「≪倒れよ≫」
ズシャァと、脱力するような滑稽な音を立ててウェルストンはその場に転んだ。
「なんだこんなもの!すぐに立ちあが……」
「動かないで!」
それは言霊ではなかったがウェルストンの動きはそこで止まる。
ウェルストンは当然言霊を知らないであろうが、それでも動けば自分がタダでは済まない事を察したのだろう。
「≪ほんの少しでも動いたら あなたは気絶します≫」
言霊ってほんと万能だな……
死ぬんじゃなくて気絶するだけってのがフィニらしいけど。
「何を馬鹿な……」
そんな事を言いながらもウェルストンは動かない。
きっと本能が告げているのだ。フィニの言っている事は冗談ではないと。
「降参していただけますね?」
「フフ……私も甞められたものだ……」
しかし、そんな絶体絶命な状況にあって、ウェルストンは不敵に笑う。
まだ諦めてなどいないとでも言うかの如く。
「私とて貴族としての矜持があるのだよ!【聖霊よ】【解放を求める呪術の理】【我が身に掛りし呪詛の類を取り除け】!」
ウェルストンの体から一瞬カッと光が迸った。
その次の瞬間には、ウェルストンは全身の筋肉をフル稼働させてフィニから一気に距離を取っていた。
フィニの言霊を破った……だって!?
「そん……な………」
今度はフィニが動揺する番だった。
「そんなに自分の魔術に自信があったのかな?」
世界すら歪める言霊術師であるフィニだ。
自分の力に自信を持っていない筈がない。
例えそのせいで化物と蔑まれ、神に嫌われ、果ては世界を追放されたのだとしても、言霊はフィニが持つフィニだけの力だから、フィニが言霊に自信を持っているのは当然のことなのだ。
「そろそろ、決着としよう。【精霊よ】【崩落を求める破滅の理】」
ウェルストンがこれで決着をつけるとばかりに詠唱を始める。
ゴゴゴゴ……と、まるで大地が揺れているかのような威圧感がウェルストンから発せられる。
それほどに、これからウェルストンが発動しようとしている魔術が協力だという事か……
「私は……ケントを馬鹿にしたあなたを許さない!」
フィニはそれを見て、なお気丈にウェルストンを睨む。
その小さな体の、どこにそんな気力が詰まっているのだろうか……と、俺は自分の竦んでいる膝を睨みながら思った。
「好きにしたまえ。これで勝つのは私だ。」
そうだな。
確かに勝負はウェルストンの勝ちだったよ。
そんな余計な事さえ言わずにさっさと詠唱を完成させていれば。
「【大地に宿りて敵を穿つ刃とな……」
後は【れ】って付け加えるだけだったのにね。
「≪衝撃を 顎へ≫」
なんてピンポイントな……なんて思う間もなく、ガキッ!とちょっと嫌な音がした。
ウェルストンは少しの間その場でガクガクと震えていたが、やがてその場に崩れ落ちて白目をむいた。
「あっ!」
そこでフィニは心底「しまった!」という様な声を出した。
「気絶しちゃったら、ケントに謝って貰えない……」
……そんなわけで、勝者フィニ。
「あの、ケント……ごめんなさい。」
「なんでフィニが謝るのさ。御苦労さま。良く頑張ったな。」
何も出来なかったから、代わりに俺はフィニの労を労うつもりで軽く頭を撫でた。
頬が赤くなっていたような気がするけど……まあ気のせいだろう。うん。