十九章 “騎士昇華訓練 其の壱”
皇帝はこの後事務仕事があるそうで、あのメイド忍者(俺命名)に席を外すよう丁重に申しつけられた。
「自由に見学してろって言ったってなぁ……フィニ?」
「そうですね。この街の事も何も分かりませんし……」
案内人無しでは間違いなく迷子だ。
「そうだな。私が案内できれば良いんだが……」
そこにシュレンが申し訳なさそうに口を挟んだ。
絶対にシュレンは悪くないのに、全て自分のせいだとでも言いたげな、どこか気に障る言い方だ。
こんな言い方されたら謙虚を美徳とする日本人たる俺は許すしかないじゃないか。
「まあ気にするなよ。わざわざ自分から罰を受けようなんてそうそう出来ないことだって。」
「そう言ってもらえると助かる。」
遠まわしに『生真面目で損をする馬鹿』って言ってるんだけどね。
「それよりもさ、騎士昇華訓練って何なわけ?」
「き……騎士しょう……騎士昇華訓練というのは……だな……」
なんかシュレンの声が震えている。
「騎士見習いや劣級騎士が一段階上に昇格するために受けなければならない訓練の事ですよ。」
ランクルート城から出て、広い庭園を外に向かって歩いている俺達の背後から声を掛けられた。先程別れたウルナだ。
「えっと……つまり?」
「つまりですね、これを申し付けられるということは、騎士失格だと宣告される様なものなんです。名誉はこの訓練を騎士見習いや劣級騎士と混ざってやり抜く事で回復します。」
公開処刑の恥晒しってわけか。
「まったく……隊長らしいですよ。真面目なのは良いですが、生真面目過ぎるのはどうか、とオレは何度も言ったでしょう?」
「すまんなウルナ。そういうわけで、私は訓練場の方へ行く。二人の案内を任せられるか?」
「了解しました。」
ウルナが敬礼でシュレンに応える。
それを見たシュレンは即座に飛ぶように去って行った。なんだか逃げ出したみたいに見える。
「さて、先程は一人勝手に抜けたりして失礼いたしました。」
途端、ウルナは急に俺とフィニに向かって頭を下げた。
「あ、いや。別に何とも……なぁ?」
「はい?はい!」
困った俺はフィニに助けを求めて話を振った。
フィニは困惑しながらも力強く肯定した。
「そうですよ。何か用事があったんですよね?」
「はい。」
それだけウルナは頷いたが、詳しい内容は教えてくれなかった……まあ仕方ない。ってあれ?もしかして皇帝の口癖、移った?
「では案内をさせていただきますが、何か希望はありますか?」
フィニと目を合わせた。フィニも大体俺と同じ考えっぽい。
何か希望はあるか、なんて決まってるじゃないか。
「騎士昇華訓練を見学したい。」
「はい。では、露店の方で適当に昼食を摂ってから訓練場の方へ行きましょう。」
ウルナも良い表情で同意してくれた。
「訓練をやり通す事で名誉を回復すると言いましたが、そもそも騎士として階級を上げて行くにはこの訓練を受ける必要があるのです。私も三回ほどこの訓練を受けています。なぜそれが罰になるのかと言いますと……」
焼きそばの様な味がする焼きそばの様な何か(それはもう焼きそばじゃないのか?と思うけど、どこか焼きそばじゃなかった)を昼食として食べて、俺とフィニはウルナに連れられてサッカー場のような楕円形のフィールドへ連れて来られた。
「この訓練が百戦錬磨の隊長でも倒れそうになるほどキツいものだからです。」
そうらしい。
まあようは、ドギツい訓練で騎士魂を思い出せという事らしいのだ。
でもまあ、以前に一度乗りきった訓練に参加するだけなんだから、名誉の回復なんて完全な出来レースだよね。
多少辛くても、それを乗り切るだけで不問になるっていうならどうってことは無いだろう。
「丁度始まるようです。」
観客席なのか、扇状に広がっていくつものベンチが並べられた場所に俺達は腰を下ろした。
芝生の敷き詰められたフィールドには14人の似たような甲冑に身を包んだ男女が二列になって並んでいる。
ここから見て右の列の一番後ろにシュレンがいる。表情はどことなく嫌そうだ。
その二列に並んだ先に一際高い台座がある。
その上に一人の男性が立っていた。
黒衣に身を包んだその男性はサディスティックな表情で並んでいる騎士達を見下している。
やがてその男が口を開いた。
「テメェらはクズだ。」
いきなり何なんだ!?
「クソの役にも立たねぇクズだ。どうしようもねぇクズだ。戦場に出たら何も出来ずに死ぬようなクズだ。」
なんという凄まじき罵倒の嵐……
「これはテメェらみてぇなクソの役にも立たねぇクズをクソの役くらいには立つクズに鍛える為の訓練だ。テメェらみてぇなどうしようもねぇクズをどうにかなるクズに鍛える為の訓練だ。テメェらみたいな戦場に出たら何も出来ずに死ぬようなクズを何とか戦ってから死ぬ事が出来るクズに鍛える為の訓練だ。」
壇上の男はそこまで一気に言い切り、そして一度大きく息を吸い込んだ。
「分かってんなら突っ立ってねぇで今すぐその場で腕立て伏せ1000回やりやがれ!!」
返事すらせずにフィールド上の騎士達は一斉に地面に両掌を着いて腕立て伏せを始めた。
「何?あれ……」
「人間が疲労を忘れる感情は何と言っても『怒り』だそうで。ああやって騎士達を発起させて訓練を乗り切らせよう、というのがあの教官殿の談ですが。」
嘘だ。あのSっぷりは絶対に素だ……楽しんでやってるに決まってる。
それにしても、いきなり腕立て伏せ1000回か……多分俺には出来ないな。
「終わったら立ち上がれ!崩れたらやり直せ!死んだら生き還れ!テメェらみたいなクズは勝手に死ぬ権利すらねぇんだよ!!」
黒衣の教官は500回を超えて苦しそうになっている騎士達を順に踏みつけながらそう声を張り上げている。
しかしまあ、何と言っても騎士だ。
あんな重そうな鎧に身を包んでいるのに、それでも腕立て伏せを1000回やり切れそうなのは流石と評するべきだろう。
「おや?シュレンか?面白い。よし特別だ。私がお前の背中に乗ってやろう。」
そう言うと教官は涼しい顔で腕立て伏せを続けていたシュレンの背中へ腰掛けた。
途端、シュレンの表情が苦しそうな物に代わる。
「ありがとうございます!是非やらせていただきます!!」
ややヤケクソ気味にシュレンはそう叫んで、我武者羅に腕を曲げ伸ばしする。
それでも出来るのがシュレンの凄さだろうか?
やがてチラホラと腕立て伏せが1000回終わった者が立ち上がり始める。
それを見て教官は満足げに微笑むと、
「よし!1000回できた者は次だ!指立て伏せを2000回!できたら片腕立て伏せを各4000回!最後に片手指立て伏せを各10000回ずつやったら立ち上がって良し!!」
そう叫び、また当然のようにシュレンの背中へ腰掛けた……鬼だ。
そんな調子で地獄の騎士昇華訓練は続く。




