十五章 “帝都ランクルート”
馬車はそのままランクルートを目指して進み、やがて街壁の前で止まる。
高くて立派な門扉が構えられていて、そこには二人の番兵らしき人物が槍を持って立っていた。
「シュレン隊だ。今、帰還した。」
ウルナがそう番兵に言う。
「ああ、はいはい。」
番兵はそう気の無い返事をして、槍をカツンと一回石の地面の上で鳴らす。
途端、ガガガガという音と共に門が開いて行く。
「ご苦労。」
「いやいや。」
そんな短いやり取りをウルナと番兵は交わして、そして馬車はゆっくりと門の中へ入って行った。
まず広がった景色は住宅街だろうか。
一見して対して大きさも変わらない家々が立ち並ぶ。
整えられた平坦な地面をガラガラと音を立てて馬車は行く。
道の広さは大体二車線分ほど……後ろから着いてくる大型の馬車だって苦も無く通れる。
先程まで道端で遊んでいた子供達は馬車が通ると知って脇に寄っている。継接ぎだらけの襤褸い服を着た子供達はとても裕福そうには見えない。
同時、馬車が通る音を察した大人が慌てて家から出てきて跪いて頭を垂れた。
子供にも同じようにすることを強要している。
「えーと……どうしたらいいわけ?」
「うん?何もしなくて良い。」
居心地の悪い俺の声にシュレンは何でも無いかのように答える……ちょっと嫌な感じ。
「ランクルートは大きい街だからな。どうしたって街の中に格差が生まれてしまう。ここは所謂貧民街というやつだ。」
格差社会ですか……
どこの世界に行ってもこういうのは……やれやれ……
「門の前は大型の魔物に襲われた際に真っ先に被害が広がる。故に人気が無く、地価が安い。そうなると、自然に金銭的に余裕のない人たちが集まってしまう。格差は悲しい事だが仕方が無いんだ。」
シュレンの性格上、こういうのは見過ごせない性質だと思えるが、しかし彼らは自ら望んでここに集まっている以上、やはり言う通り仕方のない事なんだろうか?
「じゃあ、皆が一様に頭を下げているのは?」
村での村長さんの対応しか見ていない俺としては、シュレン達がそんなに偉いと思えなくて、恭しく跪く人々に戸惑いが隠せないんですけど。
まさかシュレンって、実は下々の民が気安く話しかけれないくらい偉い人だったりします?もしかして俺ってとっても失礼なことしてるんじゃ……
「騎士団は実際に命の危険を伴う危険な職だ。故に騎士団所属の、特に一級騎士以上の騎士には下級貴族程度の暮らしは約束されている。そのせいか、騎士団の事を詳しく知らない人々には騎士団は貴族で構成されていると思われている。誤解は解いておきたいのだが、我々が話しかけても彼らは恐れてしまう。」
権威ある人間には傅いておく方が賢い……か。
嫌な考え方だと思うが、しかし否定は出来ない。
「貴族制度……」
フィニがそう口を洩らす。
ファンタジーではお約束のアレだろう。
簡単に言えばお偉いさんってやつだ……それも、王以下政治家以上という性質の悪い奴ら……
下手に権力があるから面倒なんだな。
「まあランクルートは皇帝が直々に治めている町だから、特段貴族が幅を利かせているということはない。彼らが頭を下げるのは実際に貴族に対する敬意によるものだから、気分を悪くするものじゃない。」
と、シュレンは最後にそう締め括った。
「俺、貴族じゃないんだけど。」
「わ、私も……」
生まれてこの方人に跪かれるなんて経験は初めてな俺としては気まずいことこの上なし。
「私だって貴族じゃないさ。最初は誤解を解こうと話しかけたもんだが、彼らは『滅相もない』なんて言って話を聞いてくれないからな。重圧に苦しんでいるわけでもないし、こうなったらもう諦めてしまった。」
えー……そういうもんなの?
「さて貧民街を抜けますよ」
その時、ウルナがそう呟いた。
確かに、ある所を境に急に街の雰囲気が変わっている。
軽い坂を上った先には、大きな広場があった。
露天商があちこちで敷居を広げ、色取り取りの果実や食糧、武器や鎧、分厚いハードカバーの本などが並べられている。
まさに市場といった感じのこの場所は、賑やかな喧騒に包まれて何とも楽しげだ。
さらにその広場から伸びる何本もの小道の奥には、コンクリートらしき材質の家が並び、先程の貧民街との違いが思い知らされる。
広場で賑やかにしている人々の服装も先程とは打って変わって洒落た物になっている。
まあ俺のセンスではないから良く分からないのだけど。
「ここは……まあ説明するまでもないだろう?」
確かに。
「ここを抜けて大通りを真っ直ぐ行けば、いよいよランクルート城だ。」
荘厳に聳え立つ立派な城が目の前にある。
馬車はゆっくりと広場を進み、そして抜ける。その途中でも野菜などを抱えた主婦らしき人物や恰幅の良い男性なども、馬車が通る際には必ず跪く。
どうやら確かに尊敬されているようだ。
「この大通りから、あちらの坂を登ると貴族街があるが、まあそちらは今は良いだろう?」
城へ向かう途中にある坂を指差してシュレンがそう言った。
確かに、今は貴族なんてどうでも良い……って、ちょっと待てよ?
「別に俺達、皇帝様とやらに会う必要は無いんじゃ……」
「何を今更。君達を勇者として城に歓迎する、と先程報告があったよ。」
え!?いつ!?
「なんか聞こえた?」
「いえ……」
フィニも良く分かっていない様子。
「まあそんなわけで、是非城に足を運んでくれたまえ。」
やや強引に、俺とフィニは城へ連れられて行く事になったのだった……良いんだろうか?