十四章 “言霊を使う理由”
野営の準備の手伝いと言われたので何をさせられるかと思いきや、客人に疲れるような事はさせられないというシュレンによって俺達の仕事は火の管理となった……だったら手伝って欲しいとか言うなよ、という言葉は呑み込んだ。
さらに俺とフィニには客人ということで個室を用意された。俺とフィニは同室で。
何故かと問うたら、シュレンに「え?二人は恋仲じゃないのか?」と素で問い返されてしまった。
真っ赤になって、小声で「ち、違いますよぅ」なんて否定するフィニは可愛かった。
どうもシュレンやその他隊員さん達の間では、勇者たる俺の旅に恋人のフィニが付き添っている、という感じに認識されているようだ。
フィニが俺と恋人である事を否定した事にシュレンが顔を輝かせた事が気に入らない……が、ここで喧嘩を売っても何も進まないので俺が堪える事にする。
さて、そんなこんなでフィニは個室、俺は隊員達の寝るタコ部屋に押し込まれて雑魚寝をすることになった。
騎士団なんて花の無い集団に属しているせいか、その夜の会話は素晴らしく色めき立っていた。
隊員の方々は随分とフィニに御執心の様子で、俺はフィニとの関係を夜通し聞かれる破目になった……恋人だと公言したいところだけど、フィニが否定した以上、適当に誤魔化しておく……
その代わり、シュレン隊の人達とは随分と仲良くなれたと思う。
皆結構気さくな人達だし、修学旅行の夜に今まで話した事のない人とも仲良くなれるあの空気に似ていたと思う。
まあそんなわけで、俺はほぼ徹夜で夜が明けた。
新たな発見だが、この世界での時間の流れ方はおよそ俺の世界と同じ二十四時間周期になっているようだ。
「ケント?なんだかくまが凄い事になってますけど、昨日寝れなかったんですか?」
体感時間的に朝の六時ごろであろう時刻。
野営用に作られた巨大テントを片付ける為にせかせかと働いている騎士たちを眺めている俺の顔を、心配そうにフィニが覗き込んできた。
「いやぁ、ちょっとね。他の隊員さんとの会話が盛り上がっちゃってさ。」
嘘は言ってないよ、嘘は。
むしろ嘘なのは、徹夜明けなのにくま一つ作らず、しかも元気にテントを片づけている隊員さん達だよ、うん。
「心配しなくてもさ、俺ってちょっとくまが出来やすいんだよ。」
「そうなんですか?」
「でも……眠い……」
流石に眠かった。
夜更かしに慣れてる現代日本人の俺でも徹夜すれば流石に眠い。
しかも悲しい事に、この世界では朝食を摂る習慣が無いようだ。
飯さえ食えれば多少は元気が出ると言う物を……
ちなみにフィニの世界にも朝食を摂る習慣は無いそうだ。
「朝ってご飯を食べるものなんですか!?」なんて驚かれた……カルチャーショック
「辛いですか?」
フィニがそんな事を聞いてくる。
「辛いよ。だから……」
ちょっと寝かせて、と続けようとした。
「では……≪眠気よ 去れ≫」
スッキリ爽やか!……じゃねーよ!
これぞ言霊の無駄遣い……
「大丈夫ですか?」
「眠気は取れたけど……こう、なんて言うの?寝る事で得られる快感とかさ。俺はあると思う……」
ちょっと落ち込む。
「そうでしたか?じゃあ≪睡眠の快感をケントに与えよ≫」
二十時間くらい寝ていた気持ち良さ!しかも寝覚めスッキリ!!……じゃねーよ!
「なんでも言霊で解決しようとするんじゃありません!」
「あれ!?駄目でしたか?」
なんか予想外と言う表情で驚かれた。
そんなに俺って理不尽な事で怒っってますか?
「っていうかさ、フィニって言霊を使うの嫌じゃないの?前の世界で化物とか言われたんでしょ?」
それが疑問だ。
口にするだけで何だって現実にする化物……世界さえ歪める神に嫌われた女……後者は微妙に俺の脳内補正が入ってるけど、決して大げさじゃないと思う。
だからフィニは別の世界で人生をやり直したいと願ったはずなんだ……だったら、言霊を使って、また化物呼ばわりされるのは嫌じゃないのか?
「あ、いえ……むしろ私は喜んで貰えるなら積極的に言霊を使って行きたいと思ってます。」
優しい……優し過ぎる!
その優しさもうマザーテレサ……いや、聖母マリア様すら超越していると言っても過言ではない!
フィニは化物と呼ばれる人生をやり直したかったんじゃない……例え化物と呼ばれても、人に喜んで貰いたいがために人生をやり直したかったんだ……
なんて健気な……そして、なんて一途なんだろう。もう俺感動で泣いちゃうよ?
「さて、出発しましょう。」
いつの間にか出発の準備は整っていて、馬車の御者台からウルナが俺達を呼び寄せる。
思えば、なんで副隊長のウルナがわざわざ御者なんてしているのだろう……他の馬車は騎士じゃない御者さんがちゃんといるのに……
という俺の疑問は、ウルナの「単純にオレが好きなんですよ。こういうの。下手な御者なんかに任せておけません。」という答えによって掻き消えた。
「後どれくらいで着くのですか?」
帝都とやらに着くのが待ちきれないのか、フィニが期待に輝いた顔でウルナに問うた。
「もう幾許の時も経たずに到着しますよ。そうですね……昼食は街の中で摂れるでしょう。」
そのウルナの言葉通り、幾許の時間(俺の体内時計的におよそ五時間)が過ぎた頃、遠くに町の形らしき何かが見えて来た。
巨大な街壁に囲まれていて街の中は見えないが、しかし遠目に見ても分かるほど巨大な城がその壁の中に聳え立っている。
それは質実剛健と表現すればいいのか、良くファンタジーな物語に出てくる中世ヨーロッパの城に似ているようで決定的に違うとでも云うような……自分の貧弱な語彙が恨めしく思えてくるほどに立派な城だった。
「あれが、帝都ランクルートだ。ルヴィス帝国の首都であり、皇帝の統治する街さ。」
そんなシュレンの解説が嫌に耳に残った。