物語 “鳳印”
『鳳印』とはルヴィス帝国、フィガル神国、そしてアメリア王国に良く広まっている英雄譚であり、特にフィガル神国では知らぬ者などいないというほどに有名な御伽話である。
親が子に寝物語として語る御伽話の中では最も一般的であり、古くから語られ続けられる伝承の一つでもある。
歴史が長いために沢山の解釈が存在し、物語の展開や顛末などは多岐に渡るため、最早『鳳印』の正確な原書は分からないとされている。
しかし、どの話の中でも中心として描かれるのは『勇者』という一人の男。
解釈によって、悪鬼の如き強さを誇る戦士であったり、敵を翻弄する策略謀略を張り巡らせる軍師であったり、万人の心を動かす人心掌握術に長けた政治家であったり、とその在り様は様々であるが、共通しているのは『勇者』が何かしらの巨悪に立ち向かう物語である事。そして、『勇者』が常に他者を圧倒する絶対的な存在として描かれている事である。
舞台は『鳳の地』と呼ばれる土地。これも解釈により、未開の大地であったり、王の支配する領地であったりするのだが、問題なのは『鳳の地』がかつてのガルバーナ大陸の事をいう古い地名である事である。
それ故、『鳳印』の原典にはかつてこの土地で起こった史実が描かれていた可能性がある、とルヴィス帝国にいる歴史学者は言う。対して、単に実在の土地を舞台に描いてあるだけの御伽話である、という歴史学者もいる。
二つの意見は対立しているが、どちらが正しいのか、『鳳印』の原典が存在しない現在では確かめようがないために両者の意見の主張はずっと平行線を辿っている。
「これが大まかな『鳳印』についての話だ。私が知っている物語で良ければ、内容も語ろうか?」
「是非。」
かつてルヴィス帝国には『鳳の地』全土を我が物とするために、あらゆる国と戦争を起こした愚かなる支配者がいた。その愚かなる支配者は自らを『魔帝』と称し、その圧倒的な力により他国を次々と蹂躙していった。
目の前を横切っただけで一族郎党まで皆殺し、という凄まじいまでの恐怖政治体系を作り上げた魔帝に逆らおうなどという者はおらず、ルヴィス帝国および魔帝に蹂躙された数々の国々は完全に魔帝の支配下にあった。
ある時、そんな魔帝に逆らう者が現れる。齢15歳にもならない少年であった。当時の人々はこの少年の事を『蛮勇を奮う者』として『勇者』と蔑んだ。そう、『勇者』とは最初は侮蔑の言葉であった。
「魔帝様、貴方の行動はおかしい。私利私欲のために罪のない他国の民を蹂躙するなど間違っている。」と、少年は魔帝に謁見を求め、そして謁見の際に正面切ってそう魔帝に告げた。
当然のように魔帝は激怒した。「なんだ小僧!この魔帝に意見しようとは何事だ!一族郎党まで皆殺しにしてくれる!!」
家臣たちでさえ震え上るほどの剣幕で激怒する魔帝に、しかし少年は怯みすらせずに言葉を重ねた。「それには及びません魔帝様。もう私に家族と呼べる人間は残っていませんので。」
少年の声音に込められていた刀剣の様に冷たく鋭い感情に、怒り狂っていたはずの魔帝は思わず言葉を失ってしまう。
さらに少年は続ける。「魔帝様の怒りに触れた私がこの先も生きていられるとは思っていません。いつだって処刑を受ける覚悟はできております。ですので、一つだけお聞かせください。魔帝様は『鳳の地』を全て支配して、何がしたいのでしょう?」
そんな少年の真っ直ぐな問いかけに、魔帝は言葉で応える事が出来なかった。かと言って、魔帝には何故かこのまま少年を処刑しろ、という指示を出す事が出来なかった。
自分の気に触れた者など殺してしまえば良い。もし、少年が魔帝の前を横切ったりすれば、それだけで魔帝は少年の首を刎ねただろう。実際、少年が魔帝に向かって言葉を発し、怒りに触れた時、魔帝は確かに少年を家族ごと殺してしまうつもりだったのだから。
だというのに、何故か魔帝には今この少年を殺してしまう事が何か重大な罪を犯すことになってしまう様な気がしてならなかった。
魔帝は少年の質問に答えず、代わりに別の質問を少年に返した。「少年よ。貴様にはなぜ家族がいない?」
「父も母も、兄も姉も……戦争に行き、殺されました。」少年は即答する。
いつもならば、たったそれだけの事と一笑に付す魔帝が息を呑む。
「魔帝のために戦い魔帝のために死ね」と、一定の年齢に達しさえすれば男女問わず、魔帝は自国の民のほぼ全てを戦争に投下していた。
少年はさらに続ける。「私は明日をもって徴兵される規定の年齢に達します。」
そこで魔帝は初めて少年の心の底に秘められる感情の冷たさの正体を知った。
「少年よ。我が憎いのか?ならば刃を持ってこの魔帝に立ち向かって来るが良い。しかし心せよ。貴様が怒りをほんの少しでも私に向けた時、貴様の体は首から上を失くすことになる。」と、いつまでも物静かに冷たい感情だけをぶつけてくる少年を不気味に思い、いっそのこと激情を向けられた方が楽になると考え、そう口にする。そうすれば、今まで通り、逆らう者などただ処刑するだけになるのだから。
しかし少年は静かに首を振った。「だからこそ、私は魔帝様に教えて欲しいのです。『鳳の地』全てを支配した暁には、何を成す御積りなのか。」と、少年は最終通告であるかのようにそう告げた。
魔帝はしばし考え、そしてゆっくりと、自身が『鳳の地』全土を支配しようと目論んだ最初に理由を思い出す。
それは幼い頃の記憶。当時、魔帝はどこにでもいるような、そんな普通の少年だった。普通に産まれ、普通に生き、普通に幸せになるはずだった、そんな少年だ。
魔帝は両親を戦争で亡くしていた……奇しくも、今魔帝の前にいる少年と同じように、魔帝の両親は当時のルヴィス帝国の支配者によって強引に戦いに出向かされ、そして殺されていたのだ。
魔帝は当時の支配者を憎んだ。殺してしまいたいほどに。
やがて魔帝が成人した時、魔帝はその支配者を暗殺し、自身がその支配者に成り代わった。
最初はそう、戦争なんて悲しい事をやめさせるためだった。
しかし、戦争を失くす事は出来ない……その理由を国が複数あるせいだと判断した魔帝は、自身が恐怖の対象として世界に君臨、世界の全てを支配し一つの国とする事で争いを無くそうと本気で考えた。
「私はどこで間違えたのか……」魔帝はそんな事を小さく呟いた。
そんな魔帝に少年は今までの様な冷たさを孕んではいない、優しい声音で声を掛ける。「魔帝様……魔帝様は間違えたのですか?」
そんな少年の声はスルリと魔帝の心の奥底まで滑り込んだ。
「我は……魔帝は、間違えてなどいない!世界を統一し、悲劇を生む争いなどなくしてしまおう!その暁には、犠牲になった我が国の民、そして蹂躙した他国の民に酬い、魔帝は自らの命を断つ!」と、魔帝は少年の真っ直ぐな言葉を受けて、初めて魔帝は自身の心の底からの叫びを口にした。
少年はその言葉を聞いて一度微笑み、「だから、私は魔帝様を憎んではいないのです。」と一言そう言って頭を下げ、魔帝との謁見を終了して退室した。
この日以降、戦場に一人の伝説が現れる。
その人物は他者を圧倒する絶対的な力を駆使して戦場を駆け、迫り来る敵を薙ぎ払い、まるで鬼神の如き強さを持って戦場に君臨した。
やがて他国の兵はその存在に恐れ戦き、一人、また一人と武器を捨て、ルヴィス帝国に投降していった。
気付けば、いつの間にかルヴィス帝国は『鳳の地』全土を支配していた。
そう、魔帝が目指した大陸の掌握という偉業は達成されたのだ。
晩年、目的の全てを達成し、今まさに刃を自身の腹部に突き立てるその刹那、魔帝は一つの言葉を残している。「『勇を以て義を成す者』……それが伝説だ」と。
「これが私の知る『鳳印』の物語の一つだ。」
「……」
知らず、俺とフィニはシュレンの語る話にのめり込んでいたのだった。
どこにでもありそうでなさそうな、そんな物語を目指しました^^;
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