九章 “決闘って……喧嘩?”
シュレンが「表に出ろ!」と言うので仕方なく後ろについて外へ出た。
そこには二十人余りの似たような格好をした兵士たちが並んでいたが、どうもその表情は微妙な物だ。
まあそうだろう。カレイプスなんて強大な敵に立ち向かうと思って気を引き締めてやって来てみれば、そこにあったのは喜び勇んで涙を流す村人たちの姿だったのだから。
ってかむしろ、シュレンは村長の家に着くまでこの空気に気付かなかったのかと問いたい。
多分気付かなかったんだろうなーなんかシュレンって顔は良いけど馬鹿っぽいしー
「また隊長の悪いクセが出ちまったぜ。」
「ああ、あれさえなければな……」
「全く……鬼神の様に強いくせに、なんでああも頭が弱いのか……」
そんな周りの騎士たちの話し声が聞こえる。
やっぱりか、と呟きたい。ってか、それで良いのかシュレン隊の諸君……
「それにしてもあの男は何者だ?」
「シュレン隊長との決闘に応じるなど正気とは思えんな。」
「隊長と一騎打ちで勝てる人間など、帝国内には一人しかおらぬというのに……」
聞こえてるよ皆さん……
この人そんな強いの!?
悪いけど、俺って一般人ですよ?
ちょっと喧嘩は強いかなーってくらいの、素人なんですけど!?
「なんでも村長があの男を勇者だと仄めかしていたとか。」
「勇者って、あの『鳳印』のか!?御伽話じゃないのか!?」
「それは分からんが……しかし、もし伝承通りの勇者だとすれば……あるいは……」
すまん……期待には応えられそうもない。
だって俺って駄目人間なんだもん。(自虐)
あと、仄めかしてないぞ。盛大に言い切ったよ。
あーあ……調子に乗った結果がこれだよ……
「ケント!頑張って!」
なんかフィニの応援が辛い……
謝ったら許してくれないかなあ。
「ね、ねぇフィニ?」
「何ですか?ケント。」
「ごめんなさい、許してください。」
「駄目です。挑発したのはケントなんですから、ちゃんと責任取らないと。」
厳しかった。
でも一つ言わせて貰いたい……実際ブチギレさせたのは村長ですよね?
「勇者殿!どうぞグルッと投げ飛ばしてスパコォンと吹っ飛ばしてやってください!!」
ってか村長テメェ、それが見たいだけだろ!
それが見たいためだけにシュレンを俺に嗾けやがったな!
「では、行くぞ。」
シュレンは腰の剣を鞘から抜き放って右手に握り、左手に盾を構えて言う。
剣は真っ直ぐな両刃の刀身が80センチほどある、確かロングソードとかいう西洋風の剣だ。
いつの間にか俺とシュレンは他の騎士たちに囲まれた円の中で向かい合っていた。
つまり彼らが立会人にして、逃がさないための柵ってわけか……
村人達も流石の物々しい雰囲気に、なんだなんだと野次馬の様に集まって来た。
「おい待て!お前は丸腰の人間相手に剣を抜くのか!?」
今にも襲いかかって来そうな雰囲気のシュレンに向けて俺はそう叫ぶ。
「フッ。グルッと投げ飛ばしてスパコォンと吹き飛ばす男に武器がいるのか?」
こいつ……村長の言葉聞いてたのか……
「では、参る!!」
シュレンは右手の剣を大上段に振り被り、俺に向けて叩き付けて来た。
あーこれは直撃したらしぬなーと、俺はどこか他人事のようにその動きを観察していた。
剣の切っ先が俺の脳天を掠め、刃は迷う事無く俺の眉間にめり込むだろう。
そんな剣の軌道が見えた。
「メタルスライムってきっとこんな心境なんだろうな。当たったら死んじゃう。」
某有名なゲームの凄まじい回避率を誇る敵キャラの名前を呟きながら、俺は体を半身にし、また少しずらす事で難なくその剣を回避した。
「なに!?クッ!」
シュレンは驚いたようだが、すぐに振り下ろした剣を切り返し、俺が避けた方向へ今度は横薙ぎに振るってくる。
剣の切れ味とシュレンの実力次第だが、とりあえず当たれば俺の上半身と下半身が両断される軌道だ。
「でも、まあ当らないよね。」
しゃがんで避ける。
避けられるとは思っていなかったであろうシュレンは、剣を思い切り振り抜いたせいで体勢を崩した。
「とりゃっ!」
「アグッ!?」
流石に鎧部分を殴っては俺の手が壊れてしまう。
そんなわけで、俺が最も気に入らない部分、すなわちイケメンの顎に思い切りアッパーカットをブチ込んだ。
シュレンは吹っ飛ぶような事は無かったが、流石の衝撃にフラフラと二三歩後退した。
「俺ってさー実は地味に喧嘩だけは強いんだよねー」
駄目人間かも知んないけどさー、と付け加えようとして……やめた。理由は……推して知るべし。
「ふん、戯言を。この程度で倒れる私ではない!!」
まあ若いっぽいけど、むしろ若くして隊長なんて役職についているだけにそれなりに歴戦の勇士なんだろう。
油断していたから今一発入れれたけど、多分もうそんな隙は出来ないよな……
「うわっ!おっと!うひっ!」
迫りくる止まらない斬撃を俺は全てギリギリで避ける。
ロングソードは片手で扱うための剣だと、昔誰かに聞いた事がある気がするけど、それにしたってこんな速度でガンガン切り返せるなんて異常だ。
俺には一応動体視力って言う特技があるし、身体能力もそれなりに自信あるから何とか避けられるけど、これはそこらの奴ではあっという間に細切れにされてしまうだろう。
俺だって気を抜いたら一瞬でこの世からサヨナラだ。
いや待て待て……『俺だって』って……調子に乗るなよ俺……
今こうして俺が避けられてるのが既に奇跡だろうがよ。
とか考えていたら、ふいに斬撃が止まる。
うん?と思ってシュレンを見ると何やら不敵な表情で俺を睨んでいた。
「なるほど、その身こなしは素人ではない。」
素人ですけどね。
「カレイプスを倒したというのもまんざら嘘と言うわけではなさそうだ。何か切り札があるんだろうな。」
倒したのは俺じゃないし……まあ、切り札って言えば確かに最強のがあるけどさ……
「ふん。私の剣術はそれほど褒められたものではないが、それでもここまで避けられるのは流石に悔しいな。」
え?褒められたものじゃないって?
でもあんた、『帝国』とやらで二番目に強いんだろ?
さっき部下達が言ってたぜ?
「ならばもう小手調べはやめよう。少し力を出そう。」
出さなくて良いって!!
「おい!隊長がアレを出すぞ!」
「分かってる!総員!村人に被害が出ないよう全力で守れ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
ああなるほど。俺達を囲んでいる騎士は何も俺を逃がさないための柵だけじゃなく、シュレンが実力を出した時のとばっちりが周りに行かないように守るためでもあるのか……
……そんなに危険なのかよ!シュレンのアレとやらは!!
「【精霊よ】」
シュレンは剣を腰の鞘に戻し、空いた右手を上空にかざしながらそう唱える。
「【破壊を求める業火の理】」
その右手に何やら言い知れぬ力が収束していくのを感じる……言うまでもなくヤバげだ。
「【獣を象りて敵を撃ち砕け】」
シュレンが上空にかざしていた掌を地面に叩き付ける。
瞬間、地面から噴出した何本もの火柱がグネグネと蠢いて何かを象り始め、最終的には何匹もの炎の獣が出現した。
うん……俺、ピンチ……