八章 “口は災いの……”
村長は嬉しさ反面、困惑したような表情を浮かべていた。
「おや?来ては頂けないものと聞いておりましたが?」
何となく察した。
村長はカレイプスがこの村を襲うと知った時、国に救助を依頼していたのだろう。
だが、国からの返事は芳しいものではなかった……つまりこの村は国に見捨てられた村だったわけだ。
「なんか……あの神様殴りたくなってきた……」
「あ、アハハ……」
俺のそんな呟きにフィニは苦笑いを洩らすが否定はしなかった。
「自分が無理を言って部隊を出させて頂きました!民を守るのは我々の務め!国が民を見捨てるなどあってはならぬ事です!!」
美青年……シュレンはそう熱く語る。
なるほど……空回り野郎か……
「それで?カレイプスはどこです?我々シュレン隊が蹴散らしてくれましょう!」
おー言い切ったよ。
国崩しの竜だぜ?災害の竜だぜ?
それを倒すだけならいざ知らず、蹴散らすときたか。
「ちなみにフィニの世界ではカレイプスを倒すにはどれだけの人間が必要だった?」
「そうですね……国の最強クラスの精鋭たちが200人……といったところしょうか?普通の兵士では1000人は欲しいですかね。」
つまりフィニは文字通り一騎当千というわけだ。
さて、このシュレン隊とかいうのがどれほどの規模か知らないが、扉の外の気配からして一個中隊もいるとは思えない。
当然、俺に気配を読むなんて高尚な事はできないが、まあ百人単位で人がいればさすがに俺みたいな一般ピーポーでも分かるよ……多分。
「それはそれは、わざわざこんな辺境の村にまでありがとうございます。ですが御心配には及びません。こちらの勇者様が既にカレイプスを倒してしまわれました。」
「勇者?」
そこでシュレンは初めて気がついたと言わんばかりに怪訝な表情を俺達に向けた。
いや、睨んでいると言っても過言ではない。
「貴様ら、何者だ?」
まあ見るからに怪しい俺達だ。警戒するのも分かる。
でもさ、いつだって抜刀出来るように手を剣の柄に添えるくらい敵意を剥き出しにするのはやり過ぎだろう。
そんな目で睨むなよ……反抗したくなるだろ?
「人に名の聞くならまずは先に名乗るのが騎士道ってもんだろ?まさかそんな格好しておいて、自分は農民です、なんて言わないよな?」
「な!貴様!」
シュレンのその端麗な表情を怒りに歪め、語気を強める。。
え?なんでわざわざ怒らすのかって?
イケメンは敵だ!……とか思っていませんよ。ええ、思っていませんとも。
元の世界でイケメンに好きな子盗られた恨みとか全く持っていませんよ。持ってないって。
「け、ケント!?」
俺の露骨な挑発にフィニが不安そうな表情を俺に向ける。
大丈夫だって。
今時こんな挑発、小学生だって乗らないよ。
と、そういう意思を込めて軽くフィニに手を振って応える。
「よかろう。私はシュレ……」
「シュレン=クル=ルグタンスさんだろ?知ってるぜ。」
「き、さま……馬鹿にしているのか!?」
シュレンの表情が怒りのあまり見る見る赤く染まっていく。
「あぁ、俺ケントつーの。よろしく。」
最後にあくまで軽い口調で名乗る。
騎士道を重んじるタイプにはこういうのも結構イラッてくるんだよね。
まあそれだけなら俺の立場はちょっと嫌なやつ程度で済んだんだろうけど……
「貴様ら臆病者の役立たずが国で尻込みをしているうちにこの勇者様がカレイプスなどやっつけてしまったわ!ほれ、帰れ帰れ。」
村長が火に油を注いでいた……おいおい。
まあ考えてみれば、この騎士達の到着はカレイプスがこの村にやってくるのに間に合っていない訳で、俺達がいなければこの村は間違いなく滅んでいたんだよね。
そこへいくと、村長からすれば国から見捨てられたと感じる訳で━まあ実際見捨てられていた訳だけど━国への恨みはこの若い騎士に向く訳だ。
となれば、俺の挑発に乗っかって言いたいことを言ってしまおうという村長の……まあなんだ?よく言えば子供心ってやつだ。
「だいたい貴様のような若造などカレイプスに敵うか!馬鹿者。」
いやーシュレンって俺よりは年上に見えるけどねー
あ、ちなみに女の子はシュレンが家に入ってきたのを見て、大人の話だと察したのか奥へ引っ込んでいった。
空気が読める子って素敵だよね。
「貴様など勇者様の手にかかればちょちょいのちょいだ!」
あれ?話が変な方向に……
と、思ったときには遅かった。
「つまり、私はそこの男よりも劣った存在だと、そういうことですね?」
あれ?あれ?
なんかシュレンの握り拳がプルプル震えてません?額に青筋生えてません?
こういうのって何て言うの?
いわゆるキレた状態ですか!?
「ケント、私の国には愚か者を戒める『戒訓』というものがあるのですよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
日本で言う諺みたいなものかな?
でも、なんでフィニは今そんな話を?
「その中に『諍いは口から起こる』というものがあります。」
あーなんかそれ聞いた事ある。
日本にもあるね。『口は災いの元』っていうの。
「私、シュレン=クル=ルグタンスは貴様に決闘を申し込む!!」
へ?
「ケント、頑張ってください。」
ニッコリ微笑みながら俺にそう言うフィニの口調には、なんだか責めるような気配が漂っていた。