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お嬢様の縁談相手は、全員わたくしが面接しております

作者: よるの 余白
掲載日:2026/08/06


 ◇


 「それでは、面接を始めます」


 応接室の長机の向こうで、子爵家のご子息が

 椅子ごと半歩、後ろに下がった。


 「め、面接? 私は求婚に来たのだが」


 「はい。ですので、面接でございます」


 私は赤い革表紙の台帳を開き、羽根ペンを構える。

 当家の応接室に恋の駆け引きは存在しない。

 あるのは、採用試験だけである。


 ◇


 申し遅れました。

 クラヴェル伯爵家の侍女頭、マルゴと申します。


 当家のお嬢様、セレスティア様は、

 三年前にお父上を亡くされ、十九で家督を継がれた。

 継いだ時、領の蔵は空で、借金は蔵より大きかった。


 お嬢様はそれを、三年でひっくり返した。


 やせた麦畑を薬草と養蜂に切り替え、

 クラヴェルの蜂蜜は今や王都の菓子屋の取り合いである。

 巣箱、二百四十。臨時雇いを入れて働き手、六十人。

 帳簿の赤字は、二年目の冬に黒へ変わった。


 つまり、うちのお嬢様は天才である。


 ただし、ひとつだけ欠点がある。


 初対面の相手と、三語より先が続かない。


 「よ、ようこそ、お越し……」


 ここまでである。ここで止まる。

 続きは私が「くださいました、でございますね」と

 接ぎ木する。三年間、そうしてきた。


 蜂と帳簿と領民の前でだけ、お嬢様はよく喋る。

 それ以外の人間の前では、言葉が巣箱に籠る。


 二年前の王都の夜会では、

 挨拶に来られた侯爵夫人の前で言葉が籠った。

 長い長い沈黙ののち、絞り出した一言が、


 「……蜂は、いいですよ」


 だった。

 侯爵夫人はその後、本当に蜂を飼い始められたので

 結果としては外交の成功なのだが、

 あの夜以来、お嬢様は夜会を欠席し続けている。


 そこへ、求婚者である。


 空の蔵が蜜で満ちたと知れた途端、

 王都から月に十人、釣書が届くようになった。

 執事のセドリック翁は御年七十八、

 昼餉のあとは椅子で船を漕ぐお歳である。


 よって門番は、わたくしが務める。


 白状すると、私には性分がある。

 商家の帳場で育ったせいで、

 人を見ると、値が浮かんでしまうのだ。


 初めて会った行商人。銀貨十二枚。

 道で説教してきた司祭様。銀貨三枚。

 値付けの根拠は、口ではうまく言えない。

 言えないが、帳場育ちの目分量は、まず外れない。


 外れないので、面接をしている。


 ちなみに、当家の者にも値は浮かぶ。


 セドリック翁、金貨三枚。

 昼餉のあとは船を漕ぐが、あの頭の中には

 五十年ぶんの貴族名鑑が入っている。

 下女のリズ、銀貨四十枚。毎年、値が上がる。

 馬丁のトト、銀貨二十五枚。口は悪いが馬は正直だ。


 お嬢様には、付けない。

 浮かばないのではない。付けないと決めている。

 帳場の娘にも、売り物にしてはならぬものの

 区別くらいは、ついているのである。


 ◇


 一人目。オルバン子爵家の三男、二十六歳。


 釣書は立派だった。剣も馬も社交も一級。

 本人も、身なりだけなら金貨が浮く男前である。


 「まず一問。当家の主産物をご存じですか」


 「無論。……ぶどう酒、であろう?」


 「蜂蜜でございます。二問目。

  お嬢様のお名前を、どうぞ」


 「セ……セレス、ティーナ嬢?」


 「セレスティア様でございます。三問目。

  この求婚が成った場合、あなた様は

  当家の帳簿をご覧になりますか」


 「はっはっは。帳簿など、妻の――いや、

  家令の仕事であろう。私は狩りと社交で家名を」


 台帳に、値を書き入れる。


 ――銅貨八枚。


 釣書は金貨の顔をしていたが、

 中身は蔵を空にした先代の同類である。

 当家は一度、その型で潰れかけた。


 「本日はお越しくださり、ありがとうございました。

  結果は書面にて、三日以内にお送りいたします」


 「け、結果とは何だ。私は子爵家の」


 「不採用の通知でございます」


 ◇


 二人目は、手強かった。


 王宮騎士団のガーヴィン卿、三十一歳。

 こちらの面接の噂を聞きつけて、

 対策をして来たのが受け答えで分かった。


 「当家の主産物は」


 「蜂蜜。巣箱は二百を超え、

  薬草園は王室薬局とも取引がある」


 「お嬢様のお名前を」


 「セレスティア様。御髪は蜂蜜色と伺った」


 完璧である。台帳の上で、ペンが一度止まった。

 銀貨四十……いや、待て。


 面接の値は、応接室だけで付くのではない。


 私は席を立ち、茶の替えを装って下がった。

 廊下で、控えの下女のリズに目配せをする。

 打ち合わせどおり、リズは新しい茶を運び――

 卿の袖の横で、わざと茶器を鳴らして傾けた。


 零れてはいない。零れそうになっただけである。


 「――気をつけろ。安い茶なら拭けば済むが、

  この上着は君の給金では償えん」


 声は、応接室の外の私まで届いた。

 リズが下がってきて、小さく頷く。

 彼女の袖の内には、何も染みていない。


 染みたのは、台帳の値のほうである。


 ――銅貨三枚。


 なお、先に申し上げたとおり、

 当家の下女リズは銀貨四十枚である。

 卿は、当家の下女より安い。


 主人の前で花を撒く手と、

 召使いの前で出る素の手。

 嫁ぐというのは、その両方の手と暮らすことだ。


 「面接は、玄関を入られた時から始まっております」


 お帰りの背にそう申し上げたら、

 卿は振り向かずに、馬に鞭を入れた。

 馬丁への会釈も、なしである。

 馬丁のトトが「三枚は高いよ」と言った。

 当家の使用人は、私の値付けに遠慮がない。


 ◇


 三人目は、そもそも間違いだった。


 「レナート男爵様がお見えです」と

 セドリック翁が取り次いだ時、

 私は釣書の束を三度めくった。ない。

 翁は釣書のない男を、応接室に通していた。

 昼餉のあとの、翁である。


 通されてしまったものは、仕方がない。


 北の隣領の男爵、レナート様。三十二歳。

 旅装のまま、手土産もなく、

 持参の書類は釣書ではなく――水路の図面だった。


 「まず一問。当家の主産物を」


 「知らん」


 知らん、と来た。


 「では、本日のご用向きは」


 「東の谷の水路だ。おたくの薬草園の排水が

  冬にうちの村道で凍る。改修の相談に来た」


 求婚では、なかった。

 完全に、こちらの手違いである。


 値を付けようとして、ペンが止まった。

 浮かばない。

 高いのでも安いのでもなく、

 この男は、そもそも売り台に載っていない。


 帳場育ちの目分量が、三十年で初めて空回りした。


 その時、窓の外で悲鳴が上がった。


 ◇


 庭に出ると、薬草園の縁で巣箱がひとつ倒れていた。

 運搬の荷車が、角を擦ったらしい。

 蜂の唸りが、雷雲のように低く渦を巻いている。

 庭師も下女も、遠巻きに固まって動けない。


 その渦の中へ、旅装の男爵が歩いて入った。


 走らない。手も振らない。

 息を止めているのかと思うほど静かに巣箱へ屈み、

 両手で持ち上げて、元の台へ戻した。

 蜂の渦が、ゆっくりと箱へ吸い込まれていく。


 「――煙も焚かずに」


 背後で、声がした。

 お嬢様が、駆けつけて息を弾ませていた。


 「蜂は、騒ぐものにしか騒がん。

  北では素手でやる。冬が短くて、煙を待てんのでな」


 「北の……巣箱は、横型ですか。

  うちは縦の重箱式で、冬の蜜の残しかたが」


 「横だ。だが縦のほうが理に合う。

  あんたの巣箱、内壁に何を塗った?

  うちの蜂より、羽音が落ち着いている」


 「蜜蝋に、薬草園のプロポリスを混ぜて――」


 止まらなかった。


 三語で籠るはずのお嬢様が、

 巣箱と水路と越冬の話で、四半刻、止まらなかった。

 男爵は相槌が三語しかないのだが、

 その三語の置きどころが、いちいち正しかった。


 私は庭の隅で、開いた台帳を、そっと閉じた。


 値の浮かばない相手というのが、

 この世にはいるのである。


 お帰りの際、玄関で一応、聞いてみた。


 「男爵様。水路の改修、当家の負担は」


 「折半だ。図面はうちで引く。

  人手は、そちらの農閑期に借りる」


 即答だった。数字も割り振りも、まっとうである。

 まっとうすぎて、こちらの検分の出番がない。


 「……では最後に一問。お嬢様のお名前を」


 男爵は、少しだけ間を置いた。


 「聞きそびれた。――蜂の話が、面白すぎて」


 台帳は、開かなかった。

 開かなくても、これだけは分かる。

 名前を聞きそびれるほど話に釘付けになる男は、

 釣書を百枚積んでも、買えないのである。


 ◇


 その晩、お嬢様の部屋に呼ばれた。


 「マルゴ。話があるの」


 来た、と背筋を伸ばした。

 面接の件である。独断である。

 叱責なら、受ける覚悟は初日からできている。


 「面接のこと――」


 「存じております。出過ぎた真似を」


 「知っていたわ。最初から」


 お嬢様は、窓辺で夜の巣箱のほうを見ていた。


 「釣書が来るたび、胃が痛かった。

  断る言葉を考えるだけで、三日眠れなかった。

  でも、あなたが門にいてくれたから」


 振り向いた顔は、帳簿を締めた夜の顔だった。


 「私は安心して、蜂の世話をしていられたの。

  ……ありがとう。それから、ごめんなさい。

  次からは、私が自分で会うわ」


 「お嬢様」


 「三語で止まっても、四語目はあなたが

  接ぎ木してくれるのでしょう?」


 私は一礼した。

 礼の角度で、返事の代わりにした。

 口で返すと、湿っぽくなる性分なのである。


 部屋を下がりかけた私を、お嬢様が呼び止めた。


 「マルゴ。……あの水路の方は、また来ると思う?」


 「参ります。賭けてもよろしゅうございます」


 「……そう」


 お嬢様は窓の外の、夜の巣箱のほうを見て、

 それきり黙った。

 沈黙の温度で、だいたいのことは分かるのである。


 ◇


 十日後、レナート男爵が再びお見えになった。


 今度は水路の図面と――もう一枚、

 自分の手で書いたらしい、身上の書き付けを持って。


 紙は無骨で、字は角ばって、

 項目は三つしかなかった。


 名前。領地。それから、来訪の理由。


 理由の欄には、こうあった。


 『巣箱の話の、続きを聞きたい。

  水路の件は、口実に使った。すまん』


 正直にも、値段がある。

 私の帳場では、かなりの高値である。


 「書類選考は、通過でございます」


 「……選考?」


 「最終面接にお進みください。

  面接官は、わたくしではございません」


 応接室の扉を開けると、

 中でお嬢様が、背筋を伸ばして座っていた。

 膝の上の手は、固く握られている。

 それでも今日は、私を呼ばなかったのだ。


 「よ、ようこそ、お越し……くださいました」


 四語目まで、ご自分で継がれた。


 扉を閉めて、私は廊下に立つ。

 中からは、巣箱の話がもう始まっている。


 台帳の最後の頁に、私は一行だけ書き入れた。


 『査定額、算定不能。

  ただし当家の蜂は、あの方に懐いております』


 合否は、お嬢様がお出しになる。

 侍女の仕事は、ここまでである。


 ――なお、廊下で聞いた限り、

 最終面接は四半刻を過ぎても終わらない。

 茶の替えは、まだ運ばないでおく。


 話題というものは、

 邪魔が入らないところで、よく育つのである。


 おしまい。



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― 新着の感想 ―
お嬢様、男爵様、マルゴ(そしてお屋敷で働く方々)のキャラクターに惹かれました。もっと続きを読みたいと思ってしまいました。 短編なのにどっぷりはまってしまいました。 面白かったです。 ありがとうござ…
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