確信
ある日のアトリエ。
藤代カイは、闇の中で狂ったように筆を走らせていた。
胸の奥、あの女に撃たれた場所から広がる「正体不明の違和感」。それは痛みを知らぬ彼にとって、恐怖であると同時に、これまでにない強烈な「表現への衝動」となっていた。
「……なんなんだ、この感覚は。何なんだ、これは!」
彼は生まれて初めて、想像ではない、自分自身の内側から溢れ出る何かをキャンバスに叩きつけた。描き上げたのは、血を流し、絶望に顔を歪める一人の男――無敵になる前の、自分自身の死に際だった。
描き終えた瞬間、カイは戦慄した。
「なぜだ……。なぜ俺は、あの日捨てたはずの自分の姿を描いた?」
彼は吸い寄せられるように、始まりの場所――事故現場へと向かった。
立入禁止のテープを越え、自分がかつて「死んだ」はずの泥濘に膝をつく。そこには、変異後の彼がいくら自傷しても流すことのできない、赤黒く乾いた「かつての自分の血痕」が残っていた。
カイがその血痕に触れた、その瞬間。
「……が、あ、あああああッ!!」
激痛。
無傷。だが、かつての自分の一部に触れた指先から、全身を焼き切るような衝撃が走った。
彼は理解した。自分を殺せるのは、自分自身の「人間だった頃の残骸」だけなのだと。
ふと見ると、周囲の土壌が掘り返され、何者かが捜索した痕跡があった。
カイの背筋に、冷たい汗が流れる。
「……あの女。俺の場所(過去)を、嗅ぎ回ったのか」
彼は嫌な予感を振り払うように、自身のアトリエへと全速力で駆け戻った。
一方、天野は研究室で、スキャナーが映し出す奇妙なエラーログを凝視していた。
1機目のショットガンを撃ち込んだ際、なぜあの一撃だけが彼の動きを止めたのか。
「……硬度じゃない。物理的な干渉じゃないわ。効いてないと思ってたけど、明らかに効いている。」
彼女は、1機目の材料に紛れ込んでいた事故現場の廃棄物から、微かな「生体反応」を検出した。
「藤代はあの日、人間として一度死んだ……。だとしたら、今の彼にとって、唯一の拒絶対象は、彼自身の『DNA』なんじゃないの?」
彼女の指が震える。AIは「不純物」としか認識しないその血痕が、彼を「人間」に引き戻す唯一の鍵であると、彼女は確信した。
アトリエの扉を乱暴に蹴破り、カイは中へ飛び込んだ。
壁一面に並ぶホラー作品。だが、そこには決定的な「空白」があった。
「……ない。」
彼がかつて自らの体を切り、その血を混ぜて描いた「自分自身」の作品群だけが、綺麗に抜き取られていた。
「……ああ、そうだ。」
背後から、冷たく、だが確かな熱を持った声が響いた。
カイが振り返ると、暗がりに天野が立っていた。
その手には、不格好だが以前よりも禍々しい威圧感を放つ「2機目」のショットガン。その銃口からは、彼自身の「血」の匂いが、死の香りのように漂っていた。
「勝手に人の作品を盗むなよ。……それは俺の、俺だけの痛みだ。お前にはわからんだろうがな。」
カイは、恐怖を殺意に変えて、天野を睨みつけた。
女は、彼の「血」で弾丸を研ぎ。
男は、自らの「血」がもたらす初めての死に、怯え始める。




