共犯者のリスト
月明かりさえも届かない、地下の廃墟。
藤代カイの前に、一人の男が震えながら膝をついていた。男の顔は恐怖で土気色になり、手にしたノートパソコンの画面だけが、その卑屈な表情を青白く照らしている。
「こ、殺さないでくれ……。俺は、天野さんの下でシステムを組んでいただけなんだ。販売ルートを管理していただけなんだよ……!」
カイは無言で男の首筋に手をかけた。その指先がわずかに動くだけで、鋼鉄さえも拉げることを男は知っている。
「……お前たちがバラまいた『盾』のせいで、俺の場所はなくなった。その盾を剥がす方法を吐け。さもなければ、お前も俺の『作品』にしてやる」
「無理だ! 暗号は天野さん本人にしか解けない! でも……でも、これを見てくれ。これなら、君の求めている『答え』になるはずだ!」
男は死に物狂いでキーを叩き、一つの管理ダッシュボードを開いた。
画面に映し出されたのは、無機質な数字の羅列と、日本地図を真っ赤に染め上げる巨大なグラフだった。
【国内普及率:91.2%】
【累計ライセンス売上:国内7800万件】
「……これだ。見てくれ。特定なんて、もう意味がないんだよ」
男は狂ったように笑い始めた。極限の恐怖が、彼の精神を歪ませていた。
「君を叩いた奴も、君の絵を笑った奴も、君を見捨てた奴も……みんな、このソフトを5000円で買っているんだ。政治家も、警察も、君の隣を歩いている善良そうな主婦も、学生も! みんな裏じゃ自分の汚い秘密を守るために、5000円で『無敵』を買ったんだよ!」
カイの動きが止まった。
画面上の「91.2%」という数字が、彼の瞳に焼き付く。
「……そうか。」
カイの口から、乾いた、ひび割れたような笑い声が漏れた。
彼は気づいたのだ。自分が探していた「犯人」は、特定の誰かではない。5000円という端金を払い、匿名という暗闇に逃げ込み、そこから石を投げる快感に溺れた、この国の「マジョリティ」そのものであることに。
「犯人探しなんて、必要なかったんだな。……俺の絵を殺したのは、この国そのものだ」
カイは男の頭部を、熟した果実を潰すような容易さで握りつぶした。
悲鳴すら上がらない。ただ、ぐしゃりという鈍い音が地下室に響き、画面に赤い飛沫が散った。
帰宅して彼はアトリエの外、深夜の街を見下ろした。
窓の向こうには、数多の家の明かりが灯っている。その光の数だけ、匿名ソフトをインストールしたPCがあり、その数だけ「自分の手は汚れていない」と信じ込んでいる共犯者たちが眠っている。
「5000円の盾か……。いいだろう。一生、その中で震えていろ」
カイの瞳から、最後の一滴の「人間性」が消えた。
これまでは自分を貶めた「特定の敵」を探していた。だが今、彼の定義は書き換わった。
この街に住む者、すべてが敵。
この空気を吸う者、すべてが群がるアリ。
踏み潰しても気づかないレベルの弱者だ。
彼はゆっくりと、街の中心部へと歩き出す。
重厚な足音が、アスファルトを微かに沈ませる。
夜が明ける頃には、この街は「匿名」では隠しきれない、物理的な絶望と血の色で塗り潰されることになる。
「孤高の怪物」が、本当の意味で世界に敵意を示した瞬間だった。




