理解者と悲劇
「……今、なんて言った?」
カイの声は震えていた。激痛による震えではない。自分の存在を「偽物」だと断じ、匿名という闇から石を投げ続けてきた世界の中で、ただ一人、自分の「痛み」を求めていたという女の叫びに、魂が凍りついたのだ。
「あの日から、お前の絵を欲しがる奴が他にいたか!? 私は喉から手が出るほど欲しかった! お前の『痛み』だけが、この嘘だらけの世界で唯一、本物だったから!」
その言葉には、、、天野の瞳には、殺意ではなく、狂おしいほどの情熱が宿っていた。
彼女は、彼を殺すために彼の血を盗んだのではない。彼の「真実」を理解するために、自分の罪と向き合い、彼に挑んだのだ。
その一瞬の隙。
カイの脳を、弾丸よりも速く言葉が撃ち抜いていたのだ。
――ドォォォォン!!
至近距離。ゼロ距離からのショットガンが火を噴く。
改良された弾丸は、彼の強固な胸骨を「共鳴」によって容易く通り抜け、その奥にある生身の心臓付近へと深く食い込んだ。
「……ぁ、が、あ……ッ!!」
カイは、糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちた。
生まれて初めて体験する、肉体が「内側から消滅する」ような、根源的な恐怖を伴う激痛。
彼は血を吐きながら、自身の作品が散らばる床を這い、天野を見上げた。その瞳からは、もはや怪物の威厳は消え失せ、絶望に濡れた涙が溢れ出していた。
「認めない……!自分の私利私欲とストレス発散のために俺を利用してるだけだ。この世の中は、いつだって俺を……!」
泣き叫ぶ彼の声は、もはや怒りではなく、子供の悲鳴だった。
天野は、返り血を浴びた顔で、次弾を装填する。その指は、重いショットガンの反動でもう感覚がなくなっていた。
「違う……。利用したんじゃない。あなたの作品に、あなたの『本物の痛み』に触れなければ、私はこんな武器なんて、生み出していなかった。あなたの絵が、私に挑ませた。この地獄のような世界で、唯一向き合う価値があるのは、あなたの魂だけだった。」
這いずるカイの動きが止まった。
自分を貶めた「5000円の共犯者」たちが群れる外の世界。
だが、目の前のこの女だけは、自分の「痛み」を、自分の「作品」を、誰よりも深く、恐ろしいほどの執念で理解していた。
「……だったら、……だったら見逃してくれよ。なあ、痛いんだよ。初めてなんだよ、こんなに痛いの。……俺、もう何も壊さないから。……助けてくれよ、痛いの、嫌なんだ……っ」
かつて「自分さえ良ければいい」と言い放った孤高の怪物が、地面に額を擦り付け、無様に命乞いをする。
天野は、涙を流しながらショットガンを構え直した。銃口は、彼の喉元を正確に捉えている。
「……ごめんなさい。でも、ここで見逃したら、私のこの『熱』は嘘になってしまう。あなたの作品を、あなたの人生を、世界で一番理解した証拠を……私が、完成させる。」
彼女の指が、トリガーにかかる。
アトリエの窓の外では、依然として何も知らない「匿名のアリたち」が、スマホの画面をなぞりながら無責任な言葉を垂れ流している。
そのノイズを切り裂くように、彼女は最後の一声を絞り出した。
「さようなら、藤代カイ。……痛みの理解者。」




