代理
「今夜はシェフが休みらしいな」
とあるレストラン。床には赤いカーペットが広がり、柔らかな照明がテーブルを温かく包んでいる。そのうちの一つの席に座る恰幅のいい男が、ニヤッと笑ってそう言った。高級そうなスーツがやけに艶めき、動くたびに腕時計が無遠慮にギラリと光り、存在を主張してくる。
その向かいに座る妻は、ふふっと笑みを返した。
「サラダもスープもひどい味だ。信じられん」
「ええ、ほんとそうね」
「これならピザ屋に電話したほうがよっぽどマシだ」
「そうねえ、うふふ」
「前に来たときはこんなんじゃなかったがなあ」
「あら、前にも来たの? 誰と?」
「……誰でもいいだろう。とにかくひどい料理だ。まずい、まずい」
「じゃあ、もう帰る?」
「ああ、そうするか……ん?」
男が椅子を引こうとした、その瞬間だった。銀盆を抱えたウェイターが肉料理を運んできた。だが男は皿に目もくれず、顎をしゃくって「シェフを呼べ」と命じた。妻は少し眉をひそめたが、苦笑するだけで何も言わなかった。
「あの、なんでしょうか……?」
少しして厨房から現れたのは、青ざめた若いコックだった。エプロンをぎゅっと握りしめ、目は落ち着きなく揺れている。
「ん? シェフはどうした?」
「い、いえ……今夜は、その……いません」
「ほお、まさか本当に休みとはな。で、君か? 今夜の料理を担当したのは?」
「は、はい……全部、僕が作りました。へへへ……」
「ふーん……」
男はテーブルに肘をつき、コックの全身を舐め回すように眺めた。痩せ細った体で肩は落ち、小突けば倒れそうな小枝のようなやつだと男は思った。
「こんな最低な夕食は久しぶりだよ。生ゴミでも使ったとしか思えんな」
「い、いや、そんなことは……おいしく作った……つもりなんですけど……」
「何? 君は普段、ゴミ漁りでもしてるのか? 味覚が死んでるとしか思えんな」
「あなたったらもう、やめてあげてよ。ふふっ……」
「いやあ、その……よくできたと思ったんですけど……なんでかな……」
「まったく……シェフが作った料理はないのか? ないのなら、もう帰らせてもらう。ああ、代金は払ってやる。多めにな。それでシェフに果物の一つでも持っていけ」
「いや、あの、まだ……」
「シェフが戻るまで、この店には来ないからな。いつ復帰するんだ?」
「それは、その……」
「まったく、話にならんな。さあ、帰るぞ」
「ねえ、もう少しだけ……あら? このお肉、とってもおいしいわ!」
「何? ……おっ、本当だ。これはうまいじゃないか!」
男は肉を口に運んだ瞬間、目を見開いた。噛むたびに広がる濃厚な旨味。先ほどまでの文句が嘘のように頬はゆるみ、思わず何度も頷いた。
「くそおっ!」
突然、コックが叫んだ。
男はギョッとしてフォークを皿に落とし、「な、なんだ?」と目を泳がせた。
「その料理はシェフで作ったんです! あいつ! 死んでからも! 僕の邪魔をする!」




