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盗剣転性~盗んだ剣でメスになる!?~  作者: kadochika


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5.衣服と酔客

 駆け寄りながら、青年は彼女の身を案じて言った。


「グレッフェ、怪我はないかい?」

「ありがとう、ウルス。大丈夫、何ともない」


 安堵した彼女は礼を言い、生きた心地を骨身に感じた。

 女神の巫女として、彼女は邪神の眷属を蹴散らせる強力な加護を与えられている。

 ただ、強度の高い戦闘訓練を受けているわけではなかった。

 一蹴できたとはいえ、無数の邪神の眷属に殺到されると、その恐怖は計り知れない。

 彼が、口にする。


「やっぱり神託の回収は僕らに任せて、君は神殿にいた方がいい。

 女神の巫女の身に何かあれば、僕たちが困ったことになる。

 今からでも隊を分けて送り返そう」

「ありがとう、でも戦力として一番大きいのは私だから」

「……僕が判断したら、女神の巫女といえど引き返してもらう」

「ごめんなさい、わがままを言って……」


 これは、人類のために必要な行いなのだ。

 彼女は申し訳なさを感じつつも、彼の気遣いに感謝し、再び歩き始めた隊列に続いた。


* * *


 翌朝、フィプリオは目覚めた。

 悪夢も見たが、幸せな夢も見たような気がする。

 朝が近づくにつれて(うな)されることは減っていき、彼女は何とか、それなりに眠ることが出来ていた。

 息を吐きながら、思い返す。


(……何の夢見てたんだっけか)

「おはよう、フィプリオ……眠れたかい?」


 既に起きていたウルスが、窓の鎧戸を開けながら訊ねてきた。

 彼女は(まぶた)を擦りながら答える。


「……まぁそこそこ……」


 だがそこで、改めて気づいたことを口にする。


「ところで、男に戻るのは前提としてだ……やっぱ服が体に合ってねぇのはちょっとだりぃ。

 悪りぃが、ちょっと今日は古着屋に行く……前に、馬を売りに行く」

「そうか。まぁ、持て余してたところだしね。

 馬が欲しい人はいっぱいいるだろうけど……

 僕に今の相場は分からないから、君がやり取りしてくれるかな」

「……面倒くせぇがしょうがねぇ。さっさと済ますか」


 二人は宿で朝食を取って、馬を売りに行くことにした。

 何やら都合のいい事に、宿場町の外れでは馬市が開かれていた。

 宿の(うまや)から馬を連れて、フィプリオたちは馬市の会場に入っていった。

 街道脇の草地に広がる臨時の会場には、馬の体臭や糞の匂いがほんのりと混じっている。

 フィプリオは周囲を見回しつつ、手近な馬喰(ばくろう)へと声をかけた。


「すんませーん、この馬買ってくんないスかー?」

「何だ君、飛び入り? ずいぶん立派な馬だが……」


 人のよさそうな造作の中年の男だ。

 彼は早速、フィプリオたちの連れてきた馬の身体を、舐めるように見まわす。

 彼女は今朝がた考えた内容を、馬喰に語った。


「村に迷い込んできまして……うちでは持て余すってんで、売りに来たんスけど」

「…………」


 フィプリオのこの説明は、当然ながら換金のための虚偽だ。

 ウルスの冷ややかな視線を浴びつつ、彼女は笑顔で馬喰の顔色を窺う。

 彼は一応、納得したようだった。


「そういうことなら、まぁ馬具込みで見せてもらおうかね」


 部下を騎乗させて歩様を見るなど、専門家らしい品定めが続いた。

 馬喰たちの話し合う様子を見るに、馬の質自体は悪くないようだ。

 そこで、馬喰がフィプリオに話しかけてくる。


「それでお嬢さん、この焼印なんだが」

「あ……どこのか分かります?」

「これ、『大地の同盟』のだな。知ってるよね?」

「あー、最近流行りの……」


 彼の言う『大地の同盟』とは、かいつまんで言えば宗教団体の一つだ。

 帝国では基本的に女神が尊ばれているが、神話にはもう一柱、神の存在が言い伝えられている。

 それが、邪神だ。

 この世界の始まる前、女神と対立して打倒され、その身を大地に変えられた、とされている。

 『大地の同盟』は、その邪神が悪ではないと主張する宗派なのだ。

 そうとなれば、遺跡や街道で襲ってきた隊長たちは、その『大地の同盟』の実行部隊という可能性が浮上してきた。

 買った馬、あるいは盗んだ馬を使っていた可能性はないでもないが、フィプリオは厄介事の匂いを感じつつ、誤魔化した。


「ははは、あそこの馬だったんスかね~」


 馬喰はふぅと短く息を吐くと、告げる。


「文句なく良い馬だし、問い合わせるのも面倒だから買う。

 だが、その分差し引くぜ」

「げ……ま、まぁしゃあねぇか……」


 多少交渉はしたが、さほど値は上がらなかった。

 他の馬喰を当たろうかとも考えたが、時間をかけすぎてまた先日の隊長たちに見つかってはまずい。

 馬喰たちから過度に怪しまれることも、避けるべきだった。

 フィプリオは見込んでいた売値の半分程度で成約を認め、金を受け取りウルスと共に町に戻った。


* * *


 町を歩いて軒を連ねる店の看板を眺めながら、フィプリオは言った。


「んまぁ、そこそこの額にはなったな。これで服買うぞ」

「大丈夫かい? 服って高いと思うけど」


 案じるウルスに応えて、彼女は笑う。


「お前の時代とは違うんだよ、今は古着屋ってのがあんの」


 繊維の生産量が少ない社会ではその価格は高く、衣服も貴重品となる。

 現代の帝国であっても、流行に合わせて買い足して古いものを捨てるなど、王侯貴族の道楽だ。

 ただ、それでも繊維の生産が発達してくると、修繕した中古の衣服を一般庶民に対して売ることを副業にする、仕立て屋なども出てくるようになる。

 フィプリオが見つけたのは、そうした店だった。

 店の前に立って看板を眺め、ウルスが腕を組んで感服していた。


「へぇ、今は本当に、こういう古着を取扱い商売が成り立つんだね」

「まぁな。そういや、お前のそれは? 何か上等そうな生地だけど」

「女神の戦士の正装だって話はしたっけ? それで支給されたものだよ。

 現代の服って動きやすそうではあるけど、そのぶん採寸とかが大変そうだ」

「ま、服を新しく誂えられるのなんざ仕立て屋かお貴族様くらいのもんだからな」

「オキゾクって?」


 何気なく出した単語に、ウルスが反応する。

 フィプリオは腕組みをしようとして――乳房が邪魔をしたのでやめつつ、説明した。


「えーとだな、そうかお前の時代は……」


 ウルスのいた時代では、まだ各種の行政官などは議会から選ばれる形式だったはずだ。

 その議会は、一定以上の税を納めたと証明された市民による投票で選ばれる。

 しかし『破局』を境にそうした形式は衰え、現代の帝国では世襲が主となっている。

 フィプリオは少し迷って、簡素に説明した。


「貴族ってなぁ、各種の代官様がなし崩しに世襲になったやつだよ」

「えぇ……? 堕落してるなぁ現代」

「お前らの時代だって政務官の賄賂(わいろ)だの人気取りだのはあっただろ! いいから入るぞ」


 扉を開けて、二人は古着屋へと入った。

 上等そうな衣服で着飾った中年の女が、カウンターで出迎える。


「いらっしゃいませー」


 フィプリオはハンガーにかけられて並ぶ衣服を見回しつつ、用件を伝えた。


「えーとすいません、事情があってサイズの合う服が欲しいんスけど」


 彼女の身なりを見て、女が言う。


「あらやだ、ぶかぶかじゃないですか。どうしてそんな服を?」

「ちょっと……すごく汚れちゃって……動きやすいやつあります?」

「ドレス? それとも上下ものかしら」

「上下で、出来れば下は股下付きの長裾を」

「あらずいぶん活動的なのね、まぁあると思うけど……

 採寸しますから、こちらへ。お連れさんは?」

「あー、それは俺が今着てるのを着させるんで」


 そう言いつつ、フィプリオはカーテンで仕切られた小部屋へと連れていかれた。

 女はフィプリオの後に続いて小部屋に入る前に、ウルスに訊ねる。


「お連れさん、ずいぶん珍しい格好ね……すごく良さそうな生地だけど。

 うちに下取りに出しません?」

「あ、いやこれはそういうことはできないので。申し訳ないけど」

「あら残念。気が変わったらいつでも言ってね」


 彼女がそういうと、フィプリオはカーテンの仕切りの中で服をまくって、採寸を受けた。


「うーん、ずいぶんお胸が大きいのね。

 誂えになるけど、胸の下着をつけた方がよさそうね」

「え、胸に……?」

「ちょっと締め付けはあるけど、動きやすい格好がご所望でしょ?

 なら付けた方が乳首が擦れて痛くならずに済むし、垂れにくくなるし」


 自分が女物の下着を身に着けることを想像すると、フィプリオにはわずかに肌が粟立つところがあった。

 しかし、乳首が擦れて痛くならない、というのは魅力的に感じられる。

 感じつつ、彼女は尋ねた。


「……時間と代金はどのくらいかかります?」

「うーん、半日で2万5千ってところかしら」

「たっか……」


 だが、すぐに戻れる保証もない以上、あった方がいいだろうと彼女は考えた。

 遺跡から逃げた時に擦れた乳頭が、まだ微妙に痛むのだ。

 幸い、予算はある。

 採寸が終わり、カーテンを開けながらウルスに訊ねる。


「おいウルス、半日くらいなら大丈夫か?」

「買うんだ……まぁそのくらいなら大丈夫かな。

 無理に合わない服のまま動くのも良くないから、ここは待とう。

 でも予算は大丈夫?」

「……予備も買うと怪しいかもな」

「うーん、じゃあ服と靴を揃えたら、次は仕事を探そうか。

 ここから次の宿場町に移動するついでに出来る……荷運びとかそういうやつはないのかな」

「荷運びなんて遠方向けの成功報酬のやつしかねぇから、路銀稼ぎにはちょっとな」


 そこに、フィプリオにサイズの合う衣服を集めて持ってきた女が言う。


「あらお客さん、お金困ってるの?」

「あーいや、代金払う程度は――」

「なら友達のやってる店を紹介しましょうか?

 今給仕が欲しいって言ってたから」

「…………」

「服買ってくれるんだし、ただで紹介するわよ?

 手配屋に斡旋料払うより安上がりだと思うけど」

「………………」


 フィプリオたちはやや悩んで、その提案を受け入れることにした。


* * *


 服屋の主人の紹介で、フィプリオは短期間ではあるが、酒場の給仕を務めることとなった。

 急いでいたこともあり、居酒屋『根付く大地』で、彼女は早速、業務に入っていた。

 ちなみに、今は先日宿屋で委任状を見せた際に使った、リオ・クラルキという偽名を名乗っている。


(クソ、この足元がやたらスースーするのはしょうがねぇとして……

 乳の谷間出すようになってるこの服は……!)


 今のフィプリオは、簡素ではあるが煽情的に胸元が開いたドレスをまとい、その上からエプロンを重ねた姿で注文を取っている。

 白と黒の服装に、流れるような長いブロンドの髪。

 そして何より大きく開いた胸元が、昼間の時点で客の目を引いていた。

 彼女も男だった頃ならば、そうした衣装を着た娘に視線を向けていたかも知れないが。


「おっ新人ちゃん? かわいいねぇ!」「こっち向いてー!」


 既に時刻は日没後、仕事を終えた男たちが、夕食と共に酒を飲む時間帯になっていた。

 注文と同時に代金を取る形態で、フィプリオの腰の袋には代金がずっしりと溜まっていた。


「ネェちゃんこっち追加ー!」

「はいはいただいまー!」


 今日は新人であるフィプリオ以外に給仕がおらず――正気の沙汰ではない――、中々に忙しい。

 彼女が素人なこともあるが、さほど広くない敷地の中に席を詰め込んでいるため、店内は狭い。

 酒が入れば気分は高揚し、口も手も軽くなる。

 フィプリオは先ほどから、テーブルを通り過ぎるたび、何度も自分の尻を男たちの手が掠めていくのを感じていた。


「ぐッ……!?」


 席の間を()って移動する彼女の尻の上を、布越しにも感じる不快さが行き交う。

 時折ドレスの裾をまくり上げ、その中を暴こうとする者さえいた。


「あっクソ……!」


 店から、そうした手合いは手をはたき落としていいと言われてはいる。

 だがそうなれば客も、酒の入った頭なりに巧妙に手を出してくるようになる。

 フィプリオはできるだけ反撃しつつも、用心棒として店の隅で構えているウルスのことが気にかかった。

 彼はまじめな面持ちで店内を監視しているが、フィプリオはそれを見て、胸中で毒づく。


(クソ、こういうのからも守れよな、あんにゃろ……!)


 しかしこれも、路銀のためだ。

 フィプリオは何とか堪えて、注文を捌き、酒と食事を配っていった。

 そして深夜、業務が終わると。


「もぉやだぁ……」


 用意された部屋のベッドに倒れ込み、フィプリオは嘆いた。

 既に一日分の給金を受け取っていたが、それでは休まりきらないほど心が疲弊していた。

 まだ人間のままのウルスが、それを宥めるように言う。


「僕も助けたかったけど、さすがにあの狭い店内でいちいち手を捻っていくわけにもいかないからね……

 すまないと思ってる」

「思ってるなら代われよぉ……」

「いや、だって、僕は用心棒になっちゃったし……

 君一人で酔っぱらいを摘まみ出すなんて無理だろう」

「うぅ……もうやめたい……ケツ触られまくるのがこんなに不快だとは思わなかったぁ……」

「この部屋は君が給仕するっていう条件で借りてるものだからね……

 君がやめたら別の宿を借りることになる。

 君は他所で働いて、僕はここで用心棒を続けるとして……

 その稼ぎで宿代を払って、残る額を計算してみて欲しいんだけど」

「えーと……」


 フィプリオは頭の中で大雑把ながら計算し、十分な路銀を稼ぐのに必要な額を求めた。


「く、一月半もここにはいたくねぇ……」

「さすがに彼らも嗅ぎつけてくると思うんだよね。

 宿代がかからないなら、休みを除いて十日も頑張ればいいんじゃない?」

「とおか……とおい……やっぱブラ買うんじゃなかった……」

「……明日は休むかい? 今から店主に伝えてくるよ?」

「…………」


 それもいいかという思いが胸に差し込み始めるが、フィプリオは昨日襲われたことを思い出し、起き上がった。


「いや、やる……

 路銀稼いで男に戻る方法を探し出して、元の生活に戻る」

「遺跡荒らしはダメだよ。学があるようだから、そっちを生かした方がいい」

「うるせぇ俺の決意に水差すんじゃねぇ!」


 そしてフィプリオは翌日以降も、仕事を続けた。

 反抗的ながらも根が真面目なためか、彼女は仕事の覚えもよく、仕事中は愛想も良くなっていった。


「お待たせしました、白パン大二つとローストポーク二皿でーす!」


 自身の尻へと伸びた客の手を叩き落とす勘所も会得し、不快感に悩まされることも減った。


「リオちゃん美人だからねぇ。評判を聞いて客が増えたよ」


 器量ゆえか、店主の覚えも良かった。

 開店中は満席が常となり、屋外にも少しばかり席を増やすことになった。


「あたしのだけど、こういうリボンとか付けてみない?

 似合うと思うんだけど」


 他の給仕や料理人とも言葉を交わすようになり、早くも馴染みつつあった。


 (この仕事も悪くねぇのかも……)


 そんな考えすら沸き起こってきつつ、早くも十日目がやってくる。

 その日は大テーブルを占拠した荒くれた一団が彼女を煽り、口笛を鳴らしていた。


「なぁリオちゃんさぁ、今夜は俺たちとしっぽりしねぇ?

 お酌だけなんてもったいねぇよぉ~」「いやぁん、だめぇ♡」「ギャハハハ!」


 それを無視して他の席の注文を取りに行こうとした彼女の肩を、席を立った一人が掴んだ。


「まぁ待てよ! せっかくだからこれで、もちっとサービスしてくれや!」


 よほど気が大きくなっているのか、男はフィプリオの胸の谷間に銀貨を差し込み、その胸を鷲掴みにした。

 彼女は不快を顔に出し、その手を全力で叩いた。


「バカ、やめろ!」

「おっ、かーわいー♡ 気の強い美少女マジでそそる♡」


 男はより強い力でフィプリオの肩を抱き寄せ、その下あごを手で掴む。

 彼女は恐怖を感じつつも、負けじと抵抗し、腕を引きはがそうと試みる。


「やめろっつってんだろ!」

「かわよー! リオちゃんもっと叱ってー!」「ギャハハハ!」

「そこまでにしろ」


 そこで、席の合間を縫ってやってきたウルスが男の手首を掴み、引きはがす。

 そして肩を優しく叩いてフィプリオを遠ざけると、彼は粗野な男たちに告げた。


「彼女に謝罪して、食事に戻れ。それが嫌ならこの店から出て行け」


 彼の言葉に、男たちは威勢よく煽りで返す。


「ンだ手前ァ!? カッコつけてんじゃねぇぞ、ギャハハハ!」

「オレたちを知らねってか! ギャハハハ!」

「知っているかどうかは無関係だ。ならば力で追い出す」


 静かに語気を強めるウルスだが、荒くれ者たちの威勢はそれ以上に盛り上がっていた。


「俺たちゃご存じ毒蜂一家だぞァ!?

 眷属退治で名を上げたウチに喧嘩を売るたぁ、命知らずか、世間知らずか!?

 ギャハハ――」


 鳴き声じみて笑っていたその一人の顔面を、ウルスの肘打ちが射抜いた。

 男は悲鳴すら上げられず、椅子を巻き添えに崩れ落ちる。

 ウルスは残った面々を睨んで、短く口にした。

 

「追い出すと言った」


 残った男たちが、歯噛みしつつ呻く。


「――の野郎!?」「構わねぇ、やっちまえ!」


 それを無視し、ウルスが戸口の方向を手で示して言った。


「同じ目に遭いたいならついてこい、表で好きなだけやってやる」

「知るか、ここで死ねァ!」


 荒くれ者たち――毒蜂一家の一人が、腕を引き絞ってウルスに殴りかかろうとする。

 しかし彼は素早く踏み込み、相手の拳の反対側の手と顎とに手をかけ、それぞれを引き離すように引っ張った。


「うぐぇ……!」


 動きを止めたところに襟首を掴んで頭突きを見舞うと、二人目は鼻血を垂らして失神する。


「野郎!?」


 そこに見舞われたもう一人の前蹴りは一歩下がって勢いを殺し、掴み取った足を両腕ではね上げて転倒させる。

 無防備になった腹部を軽く踏みつけると、三人目が戦闘不能となる。


「ぼほ!?」


 この間、三秒。


「舐めんなよ手前ェ!」


 次の一人は、短剣を抜いて襲い掛かった。

 ウルスはその一撃を冷静に蹴り上げて、相手のナイフを取り落とさせた。

 ついでにそのナイフを奪って相手の手の甲へと突き立てる。

 加減したので刃が貫通してテーブルに縫い留められることはなかったが、


「ぎょあぉッ!?」


 四人目が流血する左手を抱えて、テーブルに横倒しになった。

 それらには目もくれず、彼は残った毒蜂一家の面々を見渡して告げる。


「残り半分だ。まだ続けたいか」

「この若造……恥かかされたまま、終われっかよ!!」


 既に立ち上がっていた四人はそれぞれが短剣を抜き、ウルスに敵意を剥き出しにする。

 が、その時。


「静まれ、何事か!」


 店の入り口に、荒くれたちとは別の男たちが立っていた。

 その先頭にいるのはがっしりとした中年の男で、短く生やした顎髭が造作の精悍さを(かも)し出している。

 荒れた状況を咎めるその声は頼もしくはあったが、フィプリオとウルスは、同時に気づいてもいた。

 右脚を(かば)うように歩いているその姿は、遺跡や街道で彼女たちを襲った一団の隊長のものだった。

 彼も、フィプリオたちに気づいて声を上げる。


「ん……? 貴様ら……!?」

「やっべ」


 フィプリオは腰の代金袋をもう一人の給仕に預けつつ、ウルスに呼びかけた。


「ウルス、行くぞ!」

「仕方ない!」

「あっ待て、貴様ら!?」


 右脚を庇いつつ店の中に踏み込んで彼女たちを追おうとする隊長に、店主が席の合間を縫ってすがりついた。


「隊長さん!? すみませんちょっと暴れてる人たちを何とかしてください!」

「ぐ、遺跡荒らしに縄をかけたい所だが、系列店の頼みは放っておけん……!」


 店主が足止めをしてくれている間にフィプリオは急いで着替え、荷物をまとめてウルスと共に店の裏口から出て行った。

 給金は九日分しか受け取っていないが、この際仕方がない。

 二人は小雨の降る夜の宿場町を、急いで逃げた。

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