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盗剣転性~盗んだ剣でメスになる!?~  作者: kadochika


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11/13

11.突撃と危機

 世界が生まれる以前、そこには何もなかった。

 そこに最初に産まれたのは、女神だった。

 女神は孤独だった。

 そこに、どこからか邪神が現れた。

 邪神と女神は語らい、女神は孤独を紛らわせた。

 だが、ある時邪神が愛を(ささや)いた。

 女神はそれを拒絶し、邪神は激怒した。

 二柱の神は相争い、長い戦いの末、女神が邪神を打ち倒した。

 悲しんだ女神は、邪神の亡骸を使って大地を作った。

 流れた涙は集まって海となった。

 女神は歩く生き物と泳ぐ生き物を作り、供とした。

 それでも寂しく思い、自らに似せて女を生み出した。

 一方で邪神の亡骸から生まれ出る者があり、それは邪神の眷属だった。

 邪神の眷属は女を脅かしたので、女神は女を守らせるため、男を作った。

 だが、女神の思惑に違い、女は男と子を成した。

 女神は顔を歪めたが、女の幸せそうな顔を見て、様子を見ることにした。

 産み増えて大地に増えてゆく人間たちを、女神はしばし見守った。

 しかし、大地となった邪神はしばしば体を揺さぶり、そこから血を噴き出して人間を脅かした。

 女神は自ら人間を守ったが、限界を感じた。

 邪神が大地に変じたために、対になる彼女も天空へと変わりつつあったのだ。

 いつしか女神は空と太陽と月、星に変わっていた。

 時折神託を下し、火の祭りを命じて、彼女はかろうじて人間たちと交信していた。

 そして、邪神がひときわ大きな身震いをした時、ほとんど全ての人間が死んだ。


* * *


 夜が明けて目覚めたフィプリオは、宿泊室を飛び出して父親を探した。

 そして早朝から理事長室に突入し、机に向かっているジャオに向かって挨拶をした。


「おはよう、親父」

「おはよう、フィプリオ」


 その意外な返事にやや調子を狂わせつつ、彼女は切り出した。


「……息子と認めてくれたとこで悪いんだけどさ」


 要件を続ける前に、ジャオが言葉を挟む。


「見当はついている。兵器級保管庫だろう。付いてこい」

「……悪いな。あいつを取り戻したら必ず返すから」


 ジャオは椅子から立ち上がりつつ、言った。


「善意で貸すのではないぞ。

 折角女神の巫女が現代に蘇ったのだ、有用なデータを取っておかねばならんからな」

「……手当とかもらえたりしねぇの?」

「今は非常事態だ。後で考えよう」


 理事長室を出た二人は、そのまま兵器級保管庫――兵器として使用可能な女神の遺産を保管する施設へと向かった。

 コンクリートで形作られた頑健な別棟で、そこには外敵からの防御以外に、扱い方を誤れば災害にもなりかねない危険物を扱うという意味もあった。

 着くと、研究官が挨拶をする。


「おはようございます長官、フィプリオさん」

「おはよ……悪りぃなこんなナリで」

「復活した女神の巫女が兵器級を使うデータが取れる、貴重な機会です。

 拝みたいくらいですよ」

「早速だが、第一案から始めてくれ」

「分かりました」


 ジャオが言うと、研究官が奥へと彼女をいざなう。


「ではフィプリオさん、こちらへ」

「……第一案って何?」


 気になって尋ねると、別の研究官が答えた。


「既に昨夜の時点で、ジャオ閣下と所長が四種の組み合わせを提案しているのです。

 大地の同盟が拠点化しているであろうディサンに突入して、女神の剣と復原の秘宝を取り戻すという目的に合わせて」

「マジかよ……」


 フィプリオが泣いて眠っていた間に、そこまで話が進んでいたのだ。

 彼女は少々恥じ入りつつ、研究官たちの案内に従った。


「それをこれから、隣の運動場で簡単に試して実効性を確認することになります」

「明後日には大地の同盟が世界をどうこうする儀式をするって話だけど、大丈夫か?」

「未知の動力で走る二輪車があります。

 巫女が使った場合の性能次第ですが、それを使えば最長でも一日あれば間に合う計算です」

「マジかよ……」


 ある程度の知識はあるが、兵器級の遺産となるとフィプリオには専門的な知見はない。

 ジャオや研究員たちに従いつつ、フィプリオは女神の遺産を身につけて行った。


* * *


 『大地の同盟』は、およそ30年ほど前に帝国に登場した新興の宗派である。

 一地方の司祭であるパルヴェ・リスティが唱えた『善地説』を採る。

 これは邪神の悪性を否定する説であったため、当初は『善地派』と呼ばれ、異端として排斥された。

 だがパルヴェは学界などから拒絶されつつも地道に布教と交流の活動を続け、人脈を広げ続けた。

 ある時は値上がりを続ける物価を前に、皇帝に対して公共事業を要求し、時には私財を擲って人々に仕事を提供した。

 ある時は疫病の流行を前に、手洗いを奨励して罹患率を低下させた。

 ある時は大火を前に、独自に組織した消防・消火隊を活動させ、多くの人命を救った。

 その地道ながら堅実な活動を見て、彼の教義は帝国の人々の中に、徐々に浸透していった。

 邪神と呼ばれている神は、本当は悪ではない。

 それはやや突飛な思想ではあったが、善地派が実行を伴った活動を広げていくと、それを信じる者も増えていった。

 帝国の主神とされる女神を否定することは決してなかったので、排斥も徐々に弱まっていった。

 そして今や彼らは『大地の同盟』を名乗り、帝国の有力な協力団体、資金源、支持基盤として、一廉の影響力を持つに至っている。

 発祥の地であるマキナには二万人を超える信徒たちが暮らしており、他の大都市にも少なからぬ数がいるという。

 その教祖――彼らの呼び方では「教司祭」――パルヴェは、今はマキナを離れ、拠点の一つであるディサンの村に来ていた。

 この地こそが、世界の復原を行う儀式の場である。

 既にディサンは半ば要塞化され、信徒たちが自ら築き上げた防塁に陣取り、儀式を妨害する者を排除しようと目を光らせていた。

 邪神の眷属も配置されていて、ここでは彼らは人間を襲わずにじっとしている。

 邪神――否、大地の神の子である眷属と、女神の子である人類の共存。

 それはまるで、二柱の神の融和を示しているようではないか?

 パルヴェはその様子を見て微笑みながら、とりわけ強い女神の加護を受けた者が近づいて来ているのを感じていた。

 同時、部屋の扉を叩く音がしたので、入室を許可する。


「入りなさい」

教司祭(きょうしさい)様! 女神の巫女らしき女が、凄まじい速さで支道を走ってくるそうです!」


 パルヴェは既にそれを知っていたが、今知った体で命令を下す。


「分かった。犠牲が出ないよう、威嚇で止まらないならそのまま通しなさい。

 レイクスさんが到着するまでは決して殺さないように」

「は! そう伝えます!」


 部下が退出すると、パルヴェは高揚した。

 いよいよ、世界の復原が近づいているのだ。


「さて、私も行くか……」


 彼は自身も部屋を出て、裏手に向かった。

 建物の裏には馬に似た、足の長い四つ脚の邪神の眷属が待機している。

 それにまたがり、パルヴェは儀式の場へと繋がっている山道へと乗騎の歩を進めた。


* * *


 研究所での試験を一日がかりで終えて、フィプリオはカナイドを出発した。

 重装備に身を包んだ彼女を乗せて疾走しているのは、『鋼鉄の馬』。

 二つの車輪で大地を蹴って、猛烈な速度で突進する乗り物だ。

 フィプリオと彼女を鎧う多数の女神の遺産を乗せて、鋼鉄の馬は唸りを上げる。


「な、何だ……!?」


 生身の馬よりもはるかに速いその速度に、『大地の同盟』が設けた検問にいた信徒たちは動揺した。

 フィプリオは背負っていた女神の遺産を手に取り、彼らに向けて引き金を引く。


「う……!」「何……だ……」


 照射された力によって信徒たちは活力を失い、眠るように倒れ伏していった。

 『夜伽(よとぎ)火筒(ひづつ)』。向けた先に、強烈な眠気を催す女神の加護を放射する武器だった。

 そうして検問を複数突破し、ディサンに到達すると、今度は邪神の眷属が複数襲ってきた。

 大まかには狼のような形状でいて、しかし体表は粘土細工のような質感。

 メレイ研にも来ていた獣土と呼ばれる眷属で、動きは素早く、口器に並んだ牙で人間に噛みつき絶命させる。


「……!」


 フィプリオは新たな武器を取り出して、構えた。

 『不外(ふがい)の弓』。ジャオが使っていた、邪神の眷属に対して大きな威力を発揮する必中の弓だ。

 撃てば当たる、恐るべき性能を持っていた。

 軽く引き絞って撃つだけで、命中した獣土は粉々になっていく。

 そして『鋼鉄の馬』で村へと突入すると、今度は村人たちが攻撃を仕掛けてきた。

 機動を阻害するためにあちこちに設けられた防塁を、フィプリオは『鋼鉄の馬』を巧みに跳躍させることで飛び越えていく。

 彼女を捕獲しようと村人たちの投げつける網は、『(けん)なる灯火(ともしび)』を起動することで切り裂いていった。

 普段は柄しかないが、必要に応じて輝く刃が出現する。

 『女神の灯火』を強化して武器に転用したと思われる、『涙の剣』に並ぶ強力な剣だ。

 こちらは、人間になる機能はないが。


「ちっ、邪魔をするんじゃねぇ!」


 フィプリオは『夜伽の火筒』で村人たちを眠らせて行くが、倒れた彼らを引き潰さないように気遣っていると、『鋼鉄の馬』の機動が阻害された。

 そして村人たちをあらかた無力化しても、未だ数の多い獣土、泥男が襲ってくる。

 それらを『不外の弓』で射殺し、『剣なる灯火』で切り裂き、『鋼鉄の馬』の車体を振り回して引き潰しながら、フィプリオは儀式の場所を探し続けた。

 腰から下げた空の鞘――ウルスが剣の時に収まっていたものだ――が、いやに重く感じられる。


「どこだ、あのバカ……!」


 儀式は、やはり邪神の眷属に守らせているはずだ。

 意識を集中して、彼女は眷属の固まっている方向を探る。


「あっちか……!」


 フィプリオがハンドルをそちらに向けて山道を走り出すと、邪神の眷属の気配が近づいてくるのが分かった。


(一体だけか……? そこまでデカくもねぇ……)


 不審に感じた彼女が速度を落とすと、その先に人の形をした何かが佇んでいることに気づく。


(……まさか)


 それは、土か泥で出来た全身鎧を身にまとっているように見えた。

 そうした形の、未知の邪神の眷属――というだけではなかった。

 頭から足先までを甲冑で覆っているように見えて、左右の手首だけが生身で露出している。

 そしてその手で握っているのは、剣だ。

 ひどく見覚えのある、諸刃の剣。


「ウルスか……!?」


 思わず発したその声に、邪神の眷属の中から返事があった。


「そうですよ、兄さん」

「……レイクスッ!」


 土色の甲冑の兜のバイザーが一人でに跳ね上がり、中から険しい表情をした弟が顔を見せる。

 フィプリオは唸るように、訊ねる。


「……その恰好、自分で志願したのか」

「そうです。この剣で兄さんを斬れば、兄さんに宿っている女神の力をこの剣に回収できるそうなのでね」

「……誰に聞いた。ウルスか」

「彼の名誉のために言っておきましょう、ウルスさんは何も喋っていませんよ」

「だろうな……あいつが健在ならこの状況で、大人しくお前の手の中に収まってる訳がねぇ。

 何でそいつは黙って剣のままになってる? 誰の入れ知恵だ?

 教祖のパルヴェはそんなことまで知ってんのか?」


 この儀式、恐らくは村の守りの規模からして頭目の教司祭、パルヴェが指揮を取っているはずだ。

 少なくとも、彼に黙ってレイクスが独走しているということはあるまい。

 だとしたら、パルヴェはどうやって、フィプリオの中の女神の力を回収する方法を知ったのか?


(いや、知ったんじゃなくて、()()()()()()()のか……?)


 指摘が合っていたのかどうか、彼は話題を変えてきた。


「兄さん、やはり我々に協力しませんか?

 あなたが素直に手を貸してくれれば、私たちも手荒なことをせずに済みます」


 フィプリオは弟に、夜伽の火筒を向けて答えた。


「世界の巻き戻しなんて真似をして自分たちが無事で済むと思ってる連中のお手伝いなんざ、御免だね」

「残念です」


 涙の剣を構えて斬りかかるレイクスに、フィプリオは『夜伽の火筒』を発砲した。

 だが、邪神の鎧がそれを阻んだか、レイクスは動きを鈍らせることなく突進してくる。


「効きませんよ!」

「クソ! お前こそ、兄貴を斬るのかよ!」


 火筒を捨てて灯火で受ける、互角。

 フィプリオは何とか弾くが、レイクスは次々と追撃を繰り出す。


「家族を裏切って出奔したあなたが、言えたことか!」

「あーもー、悪かったっつの!」

「悪いと思っているなら、我が同盟に協力しなさい!」

「イヤだね! 勝手に人の……剣を盗んで人質にする奴らの言うことなんざ、信用できるか!」


 フィプリオもレイクスも、このように接近しての武器を使った戦闘は、嗜み程度には教わっていた。

 だが、今はフィプリオの分が悪い。

 肉体が女に変わったことで低下した筋力は、多少剣になったウルスを握った程度で得た経験でカバーできるものではなかった。

 その上、レイクスが纏っている邪神の鎧は、恐らくは彼の膂力を大幅に強化している。

 レイクスは、なおもウルスを振るいながら言う。


「これは元々、あなたのものじゃないでしょう!」

「うるせぇ、そんじゃあそいつを起こして聞いてみろよ!」

「減らず口を!」


 『剣なる灯火』は、加護の力で作り出した即席の刃にしてはよく耐えていた。

 だが限界が近い。

 フィプリオは迷っていた。

 勝ち筋ならばある。

 鎧から露出しているレイクスの手首を狙えばいいのだ。

 恐らくは邪神の眷属が女神の遺産に直接触れられないため、そこだけはレイクスの肉体を露出せざるを得ないのだろう。

 鎧で守られていない分、そこだけは自身の強烈な攻撃の反動でダメージを受けてもいるはずだ。


(切り落とすか、弟の手首……!?)


 自分の命には代えられまい。

 そう考えて一歩下がった時、フィプリオは不意に落下感を覚えた。


「――!?」


 彼女は一瞬にして、冷たい粘液の中に落下していた。


(ヘルキュステス……!?)


 正面から打ち合う振りをしながらも、背後からこの邪神の眷属を忍び寄らせていたのだろう。

 迂闊――レイクスはすぐにでも、眷属の作り出した沼に落ちたフィプリオにとどめを刺しに来るに違いない。


(クソ、もうどうにでもなれッ――!!)


 彼女は手元の『剣なる灯火』に向かって、強く意識を込めた。

 それが自分の器官の一部であるかのように、自分の握りこぶしに力を込めるように。

 すると、そこから光が破裂した。

 フィプリオは邪神の眷属と共に反動で吹き飛び、その腔の中から地上へと吐き出された。

 彼女にとどめを刺そうとしていたレイクスは意表を突かれ、動きを止めている。


「おりゃッ!!」


 ヘルキュステスの残骸である粘度の高い泥水を掬い取り、フィプリオはそれを弟の頭部目がけて投げつけた。


「うッ!?」


 それは見事に命中し、レイクスの視界を奪ったようだ。

 不透明な粘液は甲冑のバイザーを塞ぎ、手で払った程度では拭い去れない。


「クソっ!!」


 レイクスがバイザーを跳ね上げた、その瞬間。


「――!?」


 そこに狙いを定めていたフィプリオの『夜伽の火筒』から催眠波が投射され、露出したレイクスの顔面を射抜いた。


「う……! に、兄さん……!」

「おっと!」


 脱力したレイクスは剣を取り落とすが、甲冑はなおも襲い掛かってきた。

 今度は、彼を包み込んでいる甲冑型の邪神の眷属自身が動いているのだろう。

 フィプリオは体当たりを回避して、レイクスが落としたウルス――『涙の剣』を拾い上げる。


「どりゃあッ!!」


 そしてその刀身から光を放射して、邪神の眷属だけを葬り去った。

 バラバラになって崩壊する甲冑型の眷属の死体が蒸発すると、そこには強制的に眠らされたレイクスだけが残る。

 身体の動きを阻害しないためにか、着ている服は肌着だけだった。

 そのまま山道に置いて行くのは忍びなかったので、彼女は弟の頬を叩いて起こした。


「おいバカ、起きろ! 眷属に食われちまうぞ!」

「う、うぅ……」


 意識をかろうじて取り戻したらしいレイクスは、苦しげに尋ねる。


「兄さん……」

「ウルスが返事をしねぇ。戻す方法を言え」

「……彼が人間にならないのは、恐らく気絶しているような状態だと思われます。

 泥巨人の体内に飲み込まれて、地神の力を強く浴びたためでしょう……」

「戻すにはどうすりゃいい」

「わかりません。対になる女神の力を浴びせ続けて様子を見るしか……」

「クソ、こいつが戻らなかったら痛い目に遭わせるからな……」

「兄さん、本当に世界の復元を止めるつもりですか……?」

「あぁ止める。てか、俺が元に戻るのに秘宝が必要だからな。

 悪く思うなよ!」


 フィプリオはレイクスの命に別状ないと判断して彼を解放すると、『鋼鉄の馬』にまたがってハンドルを握り、発進させた。

 多数の邪神の眷属の気配からして、距離はそう遠くない。


「…………」


 儀式の場がいかなるものか、彼女は知らなかった。

 ジャオや研究者たちも同様だった。

 ただ、ウルスを攫ってフィプリオをおびき寄せたからには、彼女がいなくては始まらないのだろう。

 彼女は鞘に収めた『涙の剣』に声をかけた。


「おいウルス、起きてるか?」


 先ほどは眷属を倒すのに剣の力を使ったが、彼の意識の有無とは関係ないのか、ウルスが音ならぬ声で返事をすることはなかった。


(クソ、一旦引くか……?)


 またも迷いが出る。

 レイクスの口ぶりでは、復原の秘宝があろうとも、フィプリオたちがいなければ世界の復原は発動しないはずだ。

 一度撤退してはまずいだろうか?


(……いや……)


 敵が復原の秘宝と共に待ち構えているであろう今が、秘宝の奪取の好機だ。

 ジャオを通して大地の同盟を追求するという手もあるだろうが、復原の秘宝は小脇に抱えられる程度の大きさしかない。

 この機を逃せば、どこに隠されるか分かったものではない。

 フィプリオは自分が元に戻るために、怪しげな儀式を実行される危険を選んだ。


(まぁ、なるようにならぁな……!)


 そこはあまり考えないようにして、彼女は『鋼鉄の馬』のパワーを上げ、山道を更に進んだ。

 木々の向こうに、開けた場所が見えてくる。

 終結した邪神の眷属の気配もいよいよ近づき、否応なく緊張が高まった。

 そして辿り着いた場所は。


「…………」


 そこは過去に放棄された石切り場のようであり、そこかしこに平面にえぐられた鋭い崖が切り立っている。

 気配を感じたとおり、多数の邪神の眷属――泥男や獣土がうずくまり、異様な光景を呈していた。

 だがその中心には、小さな建物がある。

 小屋というよりは、屋根の付いた祭壇とでも言うべきか。

 そしてそこには、長髪を伸ばした男がこちらを向き、木組みの椅子に座っている。

 肖像画などは見たことがあったが、彼が大地の同盟の教祖――教司祭などという彼らの呼び方はこの際、どうでもいい――、パルヴェだろう。

 邪神の眷属の数が多いため、迂闊(うかつ)に仕掛けるのはまずい。

 フィプリオはそう判断して、眷属たちの群れから離れた所で『鋼鉄の馬』を停止させた。

 そして『不外の矢』をいつでも引けるよう構えつつ、声を上げる。


「来てやったぞ! お前がパルヴェか!?」


 呼んだ相手は立ち上がり、両手を広げて言った。


「待っていたよ、女神の巫女よ」

「うるせぇ!」


 フィプリオは毒づいて、彼の後ろの祭壇に黄金色の箱が置かれていることに気づき、要求する。


「その後ろの、復原の秘宝を渡せ!」

「その様子では、私に協力する気は無さそうだね」

「あるかボケ! 手前がやってきたこと、忘れたとは言わせねぇぞ!」

「ならば仕方がない――」

「――!?」


 彼が手を上げると、祭壇の周囲にたむろしていた邪神の眷属が一斉に姿勢を上げる。


「――やれ」


 そして、それが合図か殺到し、襲い掛かってきた。


「うわクソ!?」


 『不外の弓』の一撃を放って、泥男を一体と、その周囲の何体かを巻き込んで葬る。

 だが数が多すぎる。フィプリオは『鋼鉄の馬』の出力を上げて、離脱を試みた。

 が。


「――!?」


 数体の泥男が、『鋼鉄の馬』の後部に取り付いていた。

 邪神の眷属は女神の遺産に触れるだけでダメージがあるはずだが、それを厭わずしがみつき、後ろへと引っ張っている。

 本来はその程度ならば、振り切れる。

 しかし、今は四方八方から邪神の眷属が襲い掛かってきている状態だ。

 フィプリオは咄嗟に『涙の剣』を抜いて、閃光を放ちながらそれを振り回した。


「どりゃッ!!」


 紙吹雪が風に散らばるように、邪神の眷属たちが吹き飛んでいく。

 だがそれでも、その死屍を踏み越え、泥男に獣土が迫ってきた。


「こんのォッ!!」


 今度は『鋼鉄の馬』を降りて、『涙の剣』と『剣なる灯火』を左右の手に持って、同時に閃光を放つ。

 激しく炸裂する光で更に多くの眷属が吹き飛ぶと、さすがに敵の攻勢が弱まった。

 泥男も獣土も、彼女の様子を探っているようだ。

 ただ一方で、フィプリオも消耗していた。


(クソっ、この何かが“減ってる”感じ……女神の加護の力ってやつが……?)


 心身の重くなる感覚に、彼女は焦った。

 同時、思い至る。


(そうだ、教祖は? パルヴェの野郎はどこに……!?)


 周囲を探すが、その姿は消えている。

 だが、彼が座っていた屋根付きの祭壇の上には、黄金色の箱――あの時遺跡に置き去りにした『復原の秘宝』が置かれたままだ。


「…………」


 明らかに、罠だろう。

 だがウルスが目を覚ましていない状況では、相談も出来ない。

 フィプリオは『剣なる灯火』の刃を畳み、『涙の剣』を構えて残った眷属たちを警戒しつつ、祭壇に近づいた。

 その時。


「――!!」


 背後にするりと近づいてきた、邪神の眷属の気配。

 それに対して剣を構えて振り向くと、そこには泥にまみれた教祖が立っているではないか。

 足元には、泥だまり――いや、邪神の眷属ヘルキュステス。

 その内部に入って、姿を晦ましていたのだ。

 蹴り飛ばして距離を取ろうとした時には、既に遅かった。


「なっ――」


 眼前に教祖の顔が迫り、次の瞬間、フィプリオは唇を奪われていた。


「…………ッ!?!?」


 そして入り込んでくる舌――いや、舌ではない。

 もっと()()()()が、彼女の喉の奥へと侵入してくる!


「ごッ……!?」


 混乱の中で『涙の剣』の柄尻を教祖の側頭部に打ち当てようとしたが、相手の動きが先んじていた。

 突き飛ばされて姿勢を崩す、フィプリオ。

 打撃は空振りし、彼女はそのままよろめき、尻餅をつきそうになる。

 既に喉から胃へ、胃から腹の底へと、フィプリオの体内に、吐き気を催させる何かが入り込んでしまった。


「を、ごぇぇぇぇぇ……!!」


 『涙の剣』を杖代わりにしつつ、腹筋の力を振り絞って嘔吐感の元を吐き出そうと試みる。

 が、口から唾液が滴るばかりで、叶わない。

 苦痛で意識が混濁し、平衡感覚が薄れてくる。

 思わず、彼女は助けを求めていた。


(ウルス――!)

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