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盗剣転性~盗んだ剣でメスになる!?~  作者: kadochika


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10.黄衣と別離

 何千年もの間沈黙を保っていたはずの火山が、激烈な爆音と共に、溶岩と噴煙、火砕流を吐き出し始めた。

 市民は大きく動揺したが、神託によってこれを予知し備えていた帝国は、良く対応した。

 避難計画通りに兵士たちが動き、市民を助けていく。

 しかし、更にそこへ、邪神の眷属が大挙した。

 泥男が、獣土が、泥の巨人が、逃げ延びた人々を襲う。

 阿鼻叫喚、地獄絵図の有様となった帝都の外れにある工房で、グレッフェは様子を見に来たウルスと出会った。


「グレッフェ! 無事か!」


 彼女は、以前から決めていた通りに行動した。


「ウルス、あなたはこれを持って、壕へ!」

「これは……?」


 小脇に抱えられる程度の大きさの、黄金色の箱。

 グレッフェは焦りつつ、告げる。


「使い方は書いてある、あなたが眷属から守って!」

「わかった、でも僕は壕の場所を知らない。案内してくれるかい?」

「こっち!」


 彼女が壁に設置された切り替え器を操作すると、絨毯の下から扉がせり上がり、地下室への入り口が開いた。


「未完成の壕に繋がってる。あなたは奥で、その道具を守っていて」

「君はどうする!?」

「巫女は切り札……切り札を今切らなくてどうするの?」

「君が力を発揮するには、剣と合一を果たした僕が必要なはずだ!」

「……そんな時のための予備が、もうある」


 首から下げていたペンダントを手に取ると、それは巨大化し、鞘に収まった一振りの剣になる。

 ウルスが合体しているものと似た形状の、恐らくは同質のものだ。


「いや駄目だ、僕も戦う!

 君が命を懸けるなら、最後まで……せめて最期くらいは同じ場所にいさせてくれ!」

「…………!」


 火山の活動はなおも続いており、外では散発的な轟音と黒煙が天を覆っている。

 グレッフェは、彼の真剣な眼差しに胸を痛めつつ、諳んじた。


「我が最愛の者よ、剣となれ!

 そして十日の間、人に戻ることを禁ずる!」

「何……!?」


 すると、ウルスは剣になった。

 本来ならば自分の意思で即座に人間に戻れるが、創造主である女神の巫女、グレッフェの命令には抗えない。

 このような時のために、彼に黙って組み入れていた仕様だった。

 剣を持って持ち上げると、ウルスの声が脳内に響いてくる。


(やめてくれグレッフェ! 僕は逃げたくない!

 こんな結末、僕は認め――)


 グレッフェは、剣となったウルスと『復原の秘宝』とを壕へ放り込んだ。

 夢は、そこで終わっている。

 その後グレッフェがどうなったのか、フィプリオには分からなかった。


* * *


 その夜。

 女神の歴史と遺産の研究所――通称・メレイ研は、歴史・考古学的遺物を扱うと同時、それに混じって発見される兵器級の女神の遺産を保管する軍事施設でもあった。

 よって、それなりの数の帝国の兵士が、夜間も警備に勤めている。

 国境から離れたカナイドという大都市に位置しているため、滅多なことで兵士たちに出番が来ることはない。

 が、その夜は違った。

 夜間、研究所へと侵入する多数の足音が響く。

 遅くまで論文を書いていた研究官が、それを聞いて訝った。


「何だ……?」


 すると、扉を乱暴に開けて人間が入ってきた。

 いや、人間だけではない。

 それに続いて、土まみれの獣のようなものが、音も立てずに入室してくる。

 人間は男が二人、どちらも丈の短い黄衣を纏っていた。

 獣の方は土まみれというよりは、本当に土でできているかのようだ。


(獣土……!?)


 獣土、あるいはペロデステリオン。

 標本は見たことがあるが、人間を嗅覚で追跡して襲う、邪神の眷属の一種だ。

 研究官は死を想起したが、獣土は研究室を探るように嗅ぎ回った後、黄衣の男たちの元に戻って行く。


「…………!?」

「お騒がせしました!」


 彼らは怯える研究官にそう告げて、部屋を出て行く――

 そうしたことが、研究所の各所で起きていた。

 メレイ研を、黄衣の集団とそれに付き従う邪神の眷属たちが席巻している。

 その追求の手は当然、宿泊施設にいるフィプリオたちにも及んでいた。

 が。


「クソ、あいつら、『同盟』の連中か!? 何で獣土なんざ連れてんだ!?」

「分からない。邪神の眷属が人間の命令を聞く筈はないんだけど」

「現に犬よろしく従ってんじゃねぇかよ!」


 フィプリオはウルスと共に異変を察知し、大地の同盟の手勢がやってくる前に宿泊室を脱出していた。

 研究所は既に、大地の同盟の構成員たちに囲まれている。

 まだ彼らの手の及んでいない敷地内の暗がりを進みつつ、ウルスが小声でフィプリオに尋ねた。


(そこかしこから眷属の気配がするのが分かるかい、フィプリオ)

(あぁ……巫女の体が覚えてんのかもな、やべぇ)


 すると、そこを目がけて光が走った。


「!?」


 紫色を帯びた光線に照らし出されて、二人の姿が一瞬露になる。


「やべっ!?」


 駆けだす二人だが、その行く手には短棍で武装した黄衣の男たちが待ち構えていた。

 ウルスが前に出るが、彼が大地の同盟の手勢を薙ぎ倒す前に、彼らに声をかける者がいた。


「見つけましたよ、兄さんたち」

「……!?

 レイクス……!?」


 フィプリオはその声を聴いて、思わず動きを止めてしまう。

 黄衣の男たちの集まりを割って歩み出てきたのは、彼女の弟だった。

 黄は大地の同盟の象徴色であり、集団で黄衣をまとっているのは大地の同盟であることを主張する意味がある。

 そこにレイクスがいたということは、彼はフィプリオの知らない八年の間に、大地の同盟と行動を共にする関係になっていたということだ。

 普段の温和な印象とは異なる鋭い目つきで、彼はフィプリオに続きを告げる。


「命と一定の権利を保障します。我々についてきてください」

「……レイクス、お前いつから同盟とつるんでやがった」


 うめく彼女に、レイクスが答える。


「兄さんが家を出た後ですよ。彼らは正しいことを信じていると思ったまでです」

「俺がいなくなって、お前が次期地方長官に内定したからに決まってるだろ!」

「自分の所業も棚に上げて、それを言いますか」

「……俺を盗掘犯として帝国に突き出す気か。親父が庇ったから」

「そんなことはしませんよ」


 うめく彼女に、弟は首を横に振ってこたえた。


「それより兄さんたちには、『復原の秘宝』の起動を手伝って頂きたい」

「……!」


 フィプリオは胸中で悔やんだ。

 やはりあの時、秘宝は同盟の手に渡っていたのだ。

 だがフィプリオは直接その点には触れず、別のことを尋ねた。


「お前ら、アレで何する気だ」

「世界を破局以前に戻すのです」

「何のためにだ?」

「兄さんも知っているでしょう、この世界の歴史を。

 帝国の手で保たれていた平和は、今や列強が弱小国を踏みにじり、その血を(すす)獣境(じゅうきょう)と化している」

「それでやることが、破局前への回帰かよ」

「女神の加護で繁栄していた帝国も今や弱体化し、女神の遺産のような、失われた高度な知識や技術は数知れない。

 それを取り戻せれば、人類はより幸福になれます」

「今の俺たちの世界はどうなるんだよ?」

「弱者の犠牲の上に成り立つ今の世界よりは、良いものになるでしょう」

「やってみなけりゃ分からねぇってか? 古典期は別に理想郷じゃねぇぞ。

 そんな絵空事に俺を巻き込むんじゃねぇ!」

「残念です。ならば、力尽くで押し通すまで」


 レイクスはそう言うと、手に持っていた握りこぶしほどの大きさの艶のある球体を前方へと放り投げ、唱えた。


出でよ(エクセルテ)!」


 すると球体を中心に白い気体が爆発的に広がり、次の瞬間小さな地響きが起きた。


「く、煙幕……!?」

「いや、違う!」


 白い気体はすぐに薄れて、巨大な人型らしきものがそこに出現していた。

 それは山地などに分布する、ペロギガスと呼ばれる邪神の眷属と思しい。

 泥男を重厚に大型化したような形態で、その身長は二階建ての家屋を超える。

 フィプリオは驚愕していた。

 泥の巨人は、レイクスの投げた球体から出現したように見えた。


(あんなデカブツが、あの球っころから……!?)


 レイクス、そして大地の同盟は、邪神の眷属を手懐けているだけでなく、小さく運んで必要に応じて元の大きさに戻す術を持っているとしか思えない。

 そこで、彼女の脳裏に昨日の屋敷での出来事の記憶が蘇った。


「まさか屋敷でハウカを襲ったのも、お前らの手懐けた眷属なのか……!?」


 レイクスが、悪びれもせずに言う。


「本来なら、あれで兄さんたちを捕えるつもりでした。

 性別が同じだからかハウカを襲ってしまったので、助かりましたよ」

「笑い話じゃ済まねぇだろ!?

 どうやって制御してるにせよ、それが万全じゃねぇってこったろが!」

「それはご自身で確かめてください。

 行け。あの人間の娘を捕らえろ」


 レイクスが命じると、二階建てを超える身の丈の泥の巨人が、彼女たちに向かって歩き出す。

 逃げ場はない。フィプリオは先日泥男たちを蹴散らした技を使おうと、ウルスに呼びかけた。


「クソッ! ウルス!」

「あぁ!」


 背中の荷物を捨ててフィプリオに向かって軽く跳躍すると、ウルスは剣に変化してフィプリオの手の中に納まった。

 剣を抜いて鞘も捨て、フィプリオは向かってくる泥の巨人に閃光を放つべく身構える。

 しかし、


「――ッ!?」


 歩みを緩めた巨人の膝から、猛烈な勢いで何かが飛び出した。


(――触腕!?)


 剣となったウルスを握るフィプリオは、彼の技術や経験が一時的に貸し与えられているような状態にある。

 彼女はその力で咄嗟に触腕を切り払おうとするが、触手に当たった剣からは、想像以上に重い衝撃が伝わってきた。


「んなッ!?」

(何だ!?)


 見れば、『涙の剣』にべっとりと粘液にまみれた触腕が絡みつき、強烈に引っ張ってきている。

 粘液には強烈な粘着力があるらしく、触腕を切り裂いて剣を引き戻すことが出来ない。


「このッ!!」


 刀身から閃光を発するが、触腕はびくりとふるえただけだ。

 邪神の眷属相手に、泥男程度はまとめて葬り去る威力を持つ、剣の閃光が通用しない。

 まさか、粘液に耐える仕組みがあるのか。


(フィプリオ、手を離して!)

「ッ!?」


 手元にばちりと衝撃が走り、握る手が思わず緩む。

 それがウルスの意思による行為だったと理解した時には、『涙の剣』は触腕に引っ張られて空中へと舞っていた。

 触腕は泥の巨人の頭部へとそれを運び、泥の巨人は口を開いて剣を飲み込んでしまう。


「ウルス!?」


 しかし更に、泥の巨人の膝から触腕が伸びようとしているのが、フィプリオには見えた。

 次は自分が捕らえられる番か、彼女がそう覚悟すると、


「ギョオン!!?」


 一条の光がその頭部に突き立ち、泥の巨人が鳴き声を上げる。


「フィプリオ!」


 研究棟の屋根の上から聞こえた声に振り向くと、そこに立っていたのは巨大な弓を構えたジャオだった。


「親父!?」

「使えッ!」

「っ!?」


 彼は叫ぶと弓を逆に引き絞り、フィプリオに向かって弓自体を飛ばした。

 思わず走ってそれを受け取ってしまうが、


「と、使えったって……!?」


 それは弓だけで、矢がない――と感じたのも束の間、彼女の頭には使い方が閃いていた。

 これも、女神の遺産なのだ。

 フィプリオはダメージを受けた頭部を抑えている泥の巨人に向かって、その弓を引き絞った。

 女になっている今の腕力で引けるか不安だったが、女神の加護か、大きな弓が易々としなっていく。


「!」


 すると弓と弦との間に、みしみしと音を立てて矢が形成されるではないか。

 驚きつつもそれを放つと、彼女の矢は光となって今度は、泥の巨人の胸部へと突き立って爆発した。

 女神の巫女ではないジャオの放った一撃とは、段違いの威力だ。


「ヒュオオオ!!?」


 巨人は小さな地響きを立てて後ずさり、


戻れ(ヒュポストレプソン)!」


 レイクスが何やら呪文を唱えると、巨人は瞬時に縮小し、先ほどの球体の形に戻った。

 彼がそれを上空に放り投げると、今度は翼を持った邪神の眷属――明らかに鳥ではなかった――が飛来する。

 そして脚を使って空中で球体を受け取り、その勢いのまま飛び去って行く。


「あ――!?」


 小さな球体となった泥の巨人の体内には、ウルスが飲み込まれたままだ。

 攫われたのだと解釈すべきだろう。

 レイクスは、再び弓を構えたフィプリオ――さすがに弟を無警告で撃つ度胸はなかった――に向かって告げる。


「兄さん。見ての通り、女神の剣とウルスさんは預かりました。

 返して欲しければ、ここから北に三日歩いた距離にある、ディサンという村まで一人で来てください。

 そこで我々は、世界復原の儀式を執り行います」

「んだと……!?」

「待て、レイクス」


 そこに、屋根の上からジャオが声をかけた。


「お前が大地の同盟に通じているのは知っていたが……帝国に無断で女神の遺産を使用した儀式だと?

 帝国の前に、私が許さん。カナイド地方軍を相手にするつもりか?」


 それに対抗するように声量を上げて、レイクスが言う。


「父さん、こちらには地神の加護があります。

 女神と並ぶ、本物の神です」

「女神を貶め、邪神を崇めるのか?」

「彼を邪神と呼ぶのはやめて頂きたいところです。

 本来、悪神ではない……女神と争ったのも善悪ゆえではないのです」

「なぜそれが分かる?」

「話してもご理解いただけますまい。儀式は三日後に実行しますが……我々も相応の準備はしています。

 たった三日で地方軍を編成して妨害しに来られるのなら、ご自由になさるといい」


 レイクスは黄衣を翻して、部下であるらしい同盟員たちに告げた。


「退出する!」

「おい待てコラ! 勝手に人の――クソ、拉致ってくんじゃねぇよ!

 返せッ!!」


 フィプリオは弓を引き絞り、レイクスの背を狙いつつ叫ぶ。

 彼は振り向くことなく、


「彼を助けたければ、ディサンまで来ることです」

「マジで撃つぞ!」

「覚悟はできています。私が死んでも儀式は執り行われる」

「……なら、お前の手下を一人ずつ……!」


 凄もうとするフィプリオに、ジャオが呼びかける。


「よせ、フィプリオ。大地の同盟は帝国の協力者だ。

 我が方に犠牲者が出ていない状況で、手出しをするな」

「だって、ウルスが……!」

「……諦めろとは言わん、だがここは堪えろ!」

「う……!」


 弓を引き絞る腕が緩み、足が萎えて膝をつく。

 フィプリオは、既に理解していた。

 この喪失感は、自分のものではない。

 太古の巫女グレッフェの肉体に残った思慕の情が、そう感じさせているのだ。

 女神の巫女の力を受け継ぐために、フィプリオは彼女と同じ肉体に変化させられてしまった。

 そうして変化した肉体には、焼き付いていた記憶まで残っていたのだろう。

 今の彼は、もはや男だったころの記憶が残っているだけの、グレッフェ本人なのかも知れない。

 そう、理解してはいても。

 胸を(えぐ)る悲しみに、フィプリオは嗚咽(おえつ)を抑えられずにいた。

 大地の同盟は研究所から撤退していき、そして、夜が更けていく。

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