僕は女の子になりたい。。
「秘密のアイドル」初回です。
良ければどうぞごゆっくりお読みください!
何だか今日はいつもより暑い日だ。太陽という誰にも負けない光にプラスして何個ものスポットライトが僕たちに降り注ぐ。
僕も負けずに目の前にいる大勢のファンたちに笑顔を振りかざす。
そう僕はアイドル。宇野田光、二十三歳。
小学生の頃、原宿を友達と歩いていたら大手のアイドルが沢山所属している今の事務所の人に名刺を渡された。最初はよくわからなかった。だから駅前でよく配っている広告の入っているティッシュをもらう感覚で受け取ったんだっけ。
でも家に帰って母にその名刺を渡すと
「うそでしょ・・。」
と言って一瞬言葉を失い、「光、凄いじゃない!」とものすごく褒められた。
あまり普段は褒めてくれない母からそう言われてとても嬉しかったことは今でも鮮明に覚えている。
その後一カ月くらいは親戚やら兄弟やらにとても喜ばれた。
その流れで純粋に舞い上がった僕は、アイドルという世界になんとなく足を踏み入れたのだった。
それからの下積み時代は確かに大変だったけれど、昔から顔だけはよく称賛されていたため、デビューまでは周りの同期よりも早かった方だ。今は憧れだった先輩の長井レイと二人で“ミライ”というグループで活動している。おかげ様で僕たちは次に来る若手国民的アイドルと世間では騒がれていた。
「行くぜ!千葉アリーナ!」
レイが会場を沸かす。
「僕たちについてぇ!」
僕もいつも通り甘い言葉を投げかける。
「きゃー!」会場がさらに熱を増す。僕たちもファンの体温は確実に上がっていく。
僕はコンサートしている時が一番好きだ。僕がほほ笑むと周りの人たちは喜んでくれる、僕の名前が書かれた手作りうちわをふってくれる、メンバーカラーの黄色のペンライトで会場を埋め尽くしてくれる。
嬉しい、
楽しい、
とにかく心がワクワクする。
僕はなんて幸せ者なのだろう。こんな日々がずっと続けばいいのにと切に願う。ファンのことは一番に大切に思っているしメンバーのレイのことも大切な仲間だと心から思っている。
でも、僕には誰にも言えない秘密を持っていた。
“本当は僕は男の子が好きで、女の子になりたい。”
小さいころから僕は可愛いものが好きだった。
周りの男友達は皆、好きな色は青とか黒とかだったけれど、僕はピンク色が好きだった。だから小学生の頃、黒いランドセルを背負うのが嫌でたまらなかったし、筆箱も鉛筆もうさぎやくまのイラストが描かれているものが欲しかった。
でも周りにそう言うと、おかしいとか男らしくしなさいと言われる。
周りの反応を見てそのころから、僕は普通の男の子ではないと気づき始めていた。
そんな中、事務所に入所して僕は研究生として活動が始まった。週三日、放課後や休日にダンスや歌、演劇のレッスンが入って学校の友達とも遊ぶ時間も少なくなった。
クラスで孤立するようにもなっていた僕は何度も事務所を辞めたいと思うこともあった。
そんな中、僕は長井レイと出会った。彼は、ダンスも歌もうまく、研究生の中では上級生からも下級生からも信頼されていて頼りがいのある先輩であった。
そんなレイに僕は憧れを抱いた。だからそれからは、積極的にダンスの自主練をしたり必死にレイに目を向けてもらえるように頑張った。とにかく一生懸命僕は初めて何かに必死に努力をした。そのかいあってレイと仕事を共にすることも多くなり、先輩後輩として話すようになって仲よくしてもらった。彼はとても気さくで頼りのある人であった。だから話せば話すほどもっと彼のことが知りたくなった。先輩としても人としてもとても好きだ。
でもその途中で気づいてしまった。この気持ちは憧れなのではない、恋心なのだと。
ライブの終盤になった。
「ここで僕たちから発表があります。」
「僕たち、ミライは都心ドームでのコンサートをやることが決定しました。」
念願のドームでのコンサート。日本最大のキャパを収納できる大人気アーティストだけが開催できる場所と言われていたあの舞台に僕たちが立てるなんて。会場からは大きな拍手と歓声が沸く。レイは僕に両手を広げて僕を抱きしめた。
レイの心臓の音を感じる。僕はドキドキする。
“何を考えてるんだ僕は。”僕はいけないと思って恥ずかしい気持ちになった。
体中がドクドクしているのがレイに伝わるのがたまらなく避けたかった。レイはそんな僕の表情をすかさず見ていたようで「光の顔、それどんな表情なの?」と突っ込んだ。大きなスクリーンに僕の顔が映し出される。“やばい。”僕は一瞬動揺した。「いや、信じられなくて。でもこれもファンの皆さんのおかげです。ありがとうございます。」とごまかしも入れてその場をしのいだ。レイに抱いているこの感情は墓場まで持っていく、そう僕は前から決めている。
ライブが終わり僕は楽屋のソファーに座った。レイはシャワーに行っているようで僕一人であった。「危なかった。」小さな声で言って頭を抱える。レイのことを恋愛対象に思うなんて、レイのこともファンのことも裏切ることになる。そんなことは絶対にあってはいけない。もう僕はアイドルなんだから。でも今でもそんな自分に嫌気がさす。気分転換に僕はスマホのSNSを見てみる。すでにミライのドーム公演決定がトレンドに上がっていた。そこにはすでに多くの期待の声が上がっている。「僕もちゃんとしないと。」そう決心したい気持ちが募ってきた。
「ちゃんとって何?」誰もいない楽屋に女の声がした。僕はスタッフだと思って振り向いた。しかしその女は見たことのない人である。
「あんたさ誰だか知らないけど俺にはわかる。恋してんだろ?」
僕は心臓がドキンと跳ね上がった。「そんなわけあるわけないじゃないですか。あなたスタッフじゃないよね?ここ楽屋だから。」きっとヤバい人だと思い僕は平然を装って「スタッフ!」と声を出して助けを求めに行こうとした。
女はため息をついて「怪しいものではないし。一応雇われてきたんだけど。俺。」女はけだるそうに言う。楽屋の扉が開くと事務所の社長が楽屋に入ってきた。
「社長。お疲れ様です。」
まだ数回しか社長と話したことのない僕は一気に緊張した。
「その子は私が雇いました。」社長はそういう。
「雇う?」
「そう。先ほど海外の警察から連絡があってミライのお前たち二人に殺人予告が出たらしい。」
「え?!殺人予告?なんで。」髪の毛をごしごし拭きながらレイがシャワーから戻ってきた。さっきの話をある程度聞いていたのか大きな声を上げて混乱している。
「それって単なるいたずらじゃないんですか?」
「殺人予告をしたのは海外の史上最強と言われているスパイ集団だ。」
スパイ?殺人?あんなに平和なライブをした後に、アニメのような話を聞いても全くピンとこない。レイは社長の前に立って
「それがもし本当の話ならファンの安全も危ぶまれますよね?ドームのライブも中止にした方がいいんじゃないですか。」と言った。
「ドームの公演は必ず開催する。この話も公にはしない。そこでだ。スパイには強力なスパイをということで、日本の最強のスパイと言われているこの子に二人の護衛をお願いしたんだ。」
レイと僕は女の方に目をやる。よく見てみると僕たちと同い年くらいの本当に護衛ができるのかと思うほど細い体型をしている。女は机の上に座って足を組み
「そういうこと何で。俺はユウリ。ドームまでよろしくな。」
とすました顔で言った。本当にこのユウリという子一人で僕たちを守れるのか心配である。
「ドームは一か月後だ。これからは三人で常に行動してもらう。ドームが終わるまでは事務所で生活をするように。分かったかな、レイ、光。」社長はそうって僕たちに目を向ける。
僕たちには拒否権がないような雰囲気だった。社長も色々考えた末の結果だろう。だから「はい。」と僕は返事をした。レイは少し不安げな顔をしている。「分かったな、レイ。」「分かりました。」レイも返事をした。
社長は話が終わったらすぐに帰り、僕たち三人が楽屋に残された。なんだか不穏な空気だ。これから一カ月、二十四時間ユウリに監視されることになるのか。そんなことされたら僕の秘密がバレる。やばいことになったなと僕は固唾を飲んだ。
「ユウリさん。本当に僕たちを一人で守れるんですか。」レイが深刻そうな顔をする。
「当たり前だ。この仕事、何年もやってる。よかったな、俺を雇えて。」ユウリは自信ありげだ。「そっか。じゃあ僕たちは何をすればいいの?」僕がそう聞くとユウリは指をパッチンとして「まずはこれに着替えろ」と言い、僕とレイに女性もののワンピースを渡して来た。僕は心臓がまたドクっとはねた。「どっかのアイドルの誰かさんは女装して身バレをしのいるんだってさ。」どっかのアイドルって僕のこと?思わずユウリの方を見た。「へえ、その発想は今までなかったな。」レイは納得したように言うが、それを僕がやっていたと知ったらどんな反応をするのだろうと考えてみれば見るほど怖い。ユウリは腕時計をみて「さあ着替えて。」と僕たちを急かした。「はい。」「分かった。」そう言って僕たちは渡されたワンピースに腕を通した。
着てみるとなんだかホッとした。鏡を見るといつものプライベートの時の僕である。「これ逆に変なスキャンダルとかにならないか?」そう言いながらもレイはとっても似合っている。僕はピンクの花柄のワンピース、レイは水色の縞々のワンピースであった。可愛い、ついつい口に出てしまいそうなのを僕は必死にこらえた。
「大丈夫だ。かつらも化粧も俺が完璧に仕上げるから。」
そう言ってユウリは僕たちを鏡の前に立たせてせっせとメイクをし始めた。アイメイクをした後、仕上げにユウリは赤いリップとピンク色のリップを取り出して僕たちの口に塗った。僕には真っ赤な色が口元に彩を足していく。
最後にロングヘアのかつらをかぶせた。凄い、まるで普通の女の子みたいだ。僕も休日はメイクするがどうしても男っぽさが出てしまうのに技術がとても高い。
「よし。二人とも女になった。」僕は思わず「これが僕・・。」と鏡をまじまじと見た。
「何感心してるんだよ。どうしよう、バレて週刊誌とかに載ったら・・。」レイはスカートの裾をぎゅっと握った。まるで女の子のしぐさみたいだ。
「大丈夫だよ。僕も不安だけど、これまで僕たち沢山乗り越えてきたじゃない。」レイはたまに弱音を吐くことがある。根は真面目で繊細なことを僕は知っている。だからこそ僕はいつもレイにポジティブな言葉をかけた。本当は可愛い格好であるレイをみて少しテンションが上がっているだけだけれども。ユウリは自前の大きい化粧箱の中に使った化粧品を中に詰め込み、キャリーケースの中に入れた。「一応これからのルールを言っておく。一つ目、俺から許可が出るまで絶対に離れないこと、二つ目、俺が言う命令は絶対、三つ目、死ぬな、以上。」さっきから愛想が良くないなと思っていたが自称スパイとはこんなものなのか初めてのことばかりでよくわからない。
「俺たちからもいいか。」
レイがユウリにそう言った。
「なんだ?」
「もし君がスパイで俺たちの殺害予告も本当なら、巻き込まれるのは俺たちだけじゃない。君だって僕らだって危ないけど、俺たちを支えてくれるスタッフやファンも同じように危険にさらすことになるんでしょ。そんな中で君は全員を殺さない覚悟はあるの?」レイは真剣である。
「スパイは孤独に見えて実は集団行動している。詳しくは言えないが俺にはお前たちも周りの人間も殺させない。」
ユウリはキャリーケースから銃を取り出した。「本物・・?」僕とレイはユウリから距離をとった。「俺には銃の使用も許可されているしな。バーン。」ユウリはにこりと笑った。その表情は人を殺す目をしている。僕たちは体が硬直した。「さあ、行くぞ。お前ら演技は得意か?」「演技?」「この部屋から一歩出たら戦場だと思え。戦場に演技は武器だ。」ユウリはその場でスタッフの服に着替えだした。「何やってるの。」レイは着替えているユウリから目をそらし後ろを向いた。「ほら光も!」僕も後ろを向かさせられる。ユウリはその様子が気に入らなかったのかレイに「俺は女ではない。男だ。」と言って不機嫌をあらわにしている。
さっきからオレオレと言っているが“どう見ても女なのにな”僕は心の中で突っ込んでおいた。
楽屋から僕たちは出るとスタッフがせっせと撤収準備をしている。僕たちはライブを見に来た関係者でユウリはその案内スタッフとして駐車場を目指した。緊張しながら歩いていると
「あら、水谷さん。」と女性スタッフがユウリに話しかけた。
「おお、中村さん。お疲れ様です。」と深々とお辞儀をした。
「さっきは荷物運び手伝ってくれてありがとね。」
「いえいえ。困った時はお互い様です。」
ユウリは先ほどとは全く違う柔らかな表情で話している。そんな中、中村は僕たちをじろじろ見た。バレる、そう思いながらも僕は会釈をしてみる。「ごめんなさい。案内中だったわね。じゃあ、また一か月後。」そう言って中村は手を振ってさっていった。
「失礼いたしました。では、行きましょう。」ユウリは柔らかな口調でそう言い歩き出した。駐車場に出ると一台の黒いロケバスが止まっていた。「乗って。」僕はレイとうなづきあって車に乗り込んだ。ユウリは運転席に乗り込むとすぐにエンジンをかけて車を発車させた。
「光、本当に大丈夫なの?ユウリさん。」レイが小声でそう言う。
「僕もわからない。車まで乗っちゃったけど。」
「マネージャー心配してるかも。」レイはスマホを取り出そうとした。
「携帯ならここにある。大丈夫だ、連絡は不要。それより二人とも、どっかにつかまれ。」
「いや、いつの間に。」レイがユウリからスマホをとろうとした瞬間、急にスピードが上がった。
一般道でユウリは百二十キロ以上出している。僕たちは体を右に大きく揺らし、前にある棒につかまった。「何があったの?」僕がユウリのに叫ぶと「敵スパイだ。頭を下げろ。」僕たちは言われた通り頭を下げるとバンバンと待ちかねていたように銃声が聞こえた。ユウリは車のタイヤに当たらないように小刻みに球をよける。
僕とレイは必死に頭を下げる。バックミラーから見てみると後ろに一台、僕たちの車を追っている車が見えた。「怖い、怖い。」レイは顔を真っ青にしている。「あー!」僕も気が狂ったように叫ぶ。“バンバン“それでも銃声は止まらない。
死ぬ、殺される。僕は死を覚悟した。
ユウリはスピードを上げながら窓を開け身を乗り出した。
「何やってるの!危ないぞ!」レイが声を上げる。しかし、ユウリは躊躇しているそぶりも見せずに銃を取り出し「チェックアウト」と言ってにやりと笑った。そして”バンバン“と二発銃弾を発射した。パチンと大きな音がすると後ろにいた車が失速していく。銃弾が相手のタイヤをパンクさせたらしい。
「言っただろう。俺は本物のスパイで日本最強だ。」レイはずっとユウリの方をみてぽかんとしている。
「ホントなんだ。僕たち命を狙われているの。」僕はやっとこのことが真実だと気づかされた。
「光はのみ込みが早くて助かる。で、そこのお兄さんは覚悟決めれた?」ユウリは少し速度を落としながらハンドルを握った。「俺は・・。」レイの方を見ると両手が震えている。僕はレイの両手をぎゅっと握った。レイが顔を上げる。
「レイは一人じゃない。僕もレイと一緒だから。一緒に生きよう。夢だったライブも成功させよう。」僕も本当は怖い。死にたくない。でも、こんなにおびえているレイを今度は僕が支えなければいけないと思った。「そうだ・・。そうだよな。ありがとう、光。」僕とレイは見つめ合った。僕はハッとして目をそらして手を離した。ユウリの方を見てみるとなんやらにやにや笑っている。僕は顔を赤らめた。「君達は仲いいんだね。アイドルのくせに。」「うん。俺たちの仲は戦友として友人としてなりよりメンバーとしてずっといい関係だよな。」レイは自信ありげに答える。
戦友、友人、メンバーとして・・。
なんだか胸がチクチクする。
ついさっきまではドクドク心臓が躍っていたのに。僕は心のどこかでショックを受けているみたいだ。でも「もちろん。」と心と真反対の返事をした。”これでいい。これでいいんだ。“と自分に言い聞かせながら。
読んでいただきありがとうございます。
良ければ感想などいただけたら今後の活動の活力になります。
次回もよろしくお願いします。




