第7話 今日は災難だ
午前の三時限目――橋本悠一は教室にいる。
朝は、絃葉、妹の月空詩と共に登校し、現在は授業を受けているのだ。
今のところは平穏に過ごせていた。
元カノの恵麻に振られたりと、大変な出来事に見舞われる事もあったが、今年からは良くなりそうな予感がする。
隣の席の如月絃葉とは良い関係を築けている状況であり、悠一の心も安泰だった。
悠一は窓の外を見て、何となく外の景色を眺めているのだ。
「そこ、ちゃんと授業を受けているか!」
刹那――、視線を感じた。
悠一は体をビクつかせながら、教室の前を見てみると、壇上前に佇む男性の教師から見られていたのだ。
「お前、ここの問題を解いてみろ」
「え、あ、はい……」
たまたま外を見ていただけなのに、最悪だ。
悠一はゆっくりと席から立ち上がり、机の方を見やる。
悠一は数学の教科書を開き、今行っている授業内容を確認するが全然わからなかった。
さっき、この問題を解くための数式の解説を行っていたのだろう。
悠一はある程度勉強は出来る方だが、問題をパッと見て瞬時的に解けるほどの頭の回転力はない。
焦れば焦るほどに、対応に困ってくる。
周囲からの視線も感じ、変な緊張感と時間に苛まれるのだ。
「……橋本、君。これ」
ん?
近くから声が聞こえた。
隣の席の絃葉が、自身のノートに書いている数式と、その答えを見せてきたのだ。
悠一はその答えを見て、先生の方を見て答えだけ告げた。
「そ、そうだな。答えは次数が三で、係数がマイナス六だな。正解だ。ちゃんと聞いていたのか。まあ、授業はちゃんと集中するようにな」
数学の男性教師は面倒くさそうにため息をはいて、平常時通りに授業を続ける。
今、黒板に書かれていたのは、“単項式の次数と係数”だ。
高校一年生の時に習う内容ではあるが、新年度という事もあって去年の振り返りを兼ねた授業になっていた。
ある程度、わかっていても急に当てられるとわからないものだ。
「ありがと、如月さん」
悠一は席に座った後、小声で彼女に伝えた。
「別にいいよ。でも、次からはちゃんと先生の話を聞いておきなよ」
「う、うん」
絃葉も小声で話してくる。
その後、彼女は無言になり、正面を向いて授業に集中し始めるのだ。
絃葉と一緒に話していると楽しい事もあるが、授業を受けている彼女の表情は真剣そのものだった。
絃葉と付き合っていく身として、真面目に授業は受けようと思う。
期末テストで赤点なんて取ったら、夏休みがなくなってしまうからだ。
悠一はノートを広げ、黒板に書かれている数式の解説を書き写すのだった。
「さっきはありがと」
午前中の授業終わり。悠一は机に広げていた教科書とノートをしまい、隣の席にいる絃葉の方へ体の正面を向けて改めてお礼を言う。
「別にいいよ。悠一が困っているところを見たくなかったからね」
「如月さんは、数学って得意なの?」
「んー、どうだろうね。一応、得意な方かも?」
絃葉は少し考えた後、彼女の口からは疑問形のセリフが零れた。
「へえ、そうなんだ」
「橋本君は?」
「俺は普通って感じ」
「そうなんだね。でも、数学って何気に楽しいよね」
「そ、そうかな?」
「だって意味不明な数式を見て、その答えに辿り着けた時には最高に楽しいでしょ」
「確かに、そういう考え方もあるか」
「そうよ。私の家って自営業をしてるの。その影響もあって数字には強いのかも」
「あ、そういう事ね」
それなら納得がいく。
昔から経営者の両親の姿を見て育ってきたら、それが肌に沁み込んでいるのだろう。
「橋本君。今から昼食だけど、今日は購買部行くの?」
「どうしようかな。俺は購買部で買うつもりでいたけど。如月さんは?」
「私はお弁当を持ってきたの。一緒に食べようと思って」
「弁当? え、でも、如月さんって料理が得意ではないって」
「そうなんだけどね。お母さんから作ってもらったの。今日は少し多めに渡されてね、橋本君もどうかなって」
「そういうことね。じゃあ、如月さんが持ってきた弁当を一緒に食べようかな。あ、だったら、今日のお礼として校内の自販機でジュースを買ってあげるよ」
「ほんと、ありがと。だったら、何にしようかな。イチゴジュースにしようかな」
絃葉は嬉しさを零す表情を見せる。
「なんでもいいよ。ただし、一本限定だけどね」
席を立ち、教室を後にした二人は校内の廊下を歩き始め、目的地へと向かって行くのだった。




